「すみません練習中お邪魔して。ペダル取りに来ただけですから」
「べつに大丈夫だから・・」
「失礼します」
ガソリンの、揺れ方。(中篇)
オレは ドロドロ劇 、ってのが嫌いじゃない。
三角関係、不倫、嫁姑。受験戦争、職場の出世争い。
恨みつらみ。
共に高めあうのではなく、足を引っ張り合うためだけに存在する互い。
押しつぶされそうに重い劣等感と、
口の端を上げて噛み締めようとしても、すぐに消え行く優越感。
互いが障害となり生み出すストレスとフラストレーションが、
渾身の思いで作り出すダーク・スパイラルに仲良く陥る犬と猿。
蹴落とそうとし、しがみつかれ、
逆にあっと言う間に蹴落とされ、
それでもプライドに縋りつき・・・
・・もしくは自らばっさりと捨てて這い上がる。
・・オレは、嫌いじゃなかったんだこうゆうの。
それどころか、どっちかいうとスキな部類。
だって、オモシロイじゃん。
タニンノフコウ??
ドロドロ、ドタバタ、グチャグチャ。
くだらなすぎて、ヘタなお笑いより笑えるんだもん。
それになんていうか、
そういうのには爽やかな青春ドラマより、
ひたすら真っ直ぐな韓流臭のする純愛ドラマより、現実味と人間味を感じるから。
でも、『現実味』 とか言ってるオレ自身、
実際、今まで平凡に生きれてるのか、
(平凡ってことは非凡よりよっぽど難しいと思うので有難い)
強運に守られてて影を見ずに歩いて来られたのか知らないが、
オレ自身 『そういう修羅場』に遭遇したことはほとんどない気がする。
とりあえず、記憶にはない。
こんないい加減やって生きてきた割には、
完全に運と人に恵まれて生きてきた・・っぽいオレ?もしかして。
(男のストーカーに追っかけられたりも・・したけどな、あったなそんなこと)
その、 『そういう修羅場』 に遭遇したことがなかった、
『今までのオレ』 が、一瞬でこんなに懐かしく思えてしまうとは。
ドロドロ劇は、
自分自身の周りで起こることがないドラマだったから、喜劇だったんだな。気づけよオレ。
それが、突然現実味を突きつけて、オレの目の前にあるなんて、まったくもって笑えない。
他に知られたら笑われるだろうオレの、オレだけ笑えない現状。
自分の惚れた男の過去の女ひとりの出現に、
まるでこの世の終わりへのカウントダウンみたく怯えてるオレ。
今のオレにとって本日1番会いたくない人物、
半月美鈴が目の前にいて二人きり、という、現実。
最悪。
何、この状況。
・・悪いこと、ってのは、誰かがタイミング、計ってるんじゃないかってくらい重なるものなんだろうか。
その誰かは、落とし穴つくってオレを待ち伏せしてといて、知らん顔して向こう側で手ぇ振って、
早くこっちにおいでって、実は落ちるのを思って笑ってる、トンでもなく酷いヤツに違いない。
・・被害妄想、激しいって?でも、今日はまさにそんな感じのする1日だ。
今まで、こんなことなかったってのに。
彼女・・半月になんて、普段は会おうとしたとしても会うのが難しいくらいなのに。
なんでそれが、よりにもよって今日なんだよ。
神様ってのがもしいるんだとしたら、
その人はよっぽど悪趣味なお方に違いない。
会いたくない人物に、会う。最高に会いたくないときに、最悪に会う。
その理由(ワケ)を??
そう、せっかく、決めたとこでもあった。
今日の神とのイルミネーション、やっぱり見に行こうって。
たかが過去のことを、今さら何言ってんだ って。
清田の言う通り、旧石器時代のことなんだって。こんなの。
石化した死話のことを、掘り起こすまでもないと思おうとした、とこだったのに。
・・・その、 『たかが過去』 がオレと、対峙しているこの状況。
現在。この現状。
今までのオレの生涯、探しても見当たらないくらいの最悪。
それにしても、
なんで、ここまで動揺してるんだ、オレ。頼むよ。
別に、いつも通りに。
数十分前のオレに。あのことを聞く前の対応に、戻らなきゃ・・
そんな俺の動揺など知る由もない半月は、
機材の山から自分のペダルを引きずり出し持ち上げると、
オレに向かって軽く頭を下げ、早々出て行こうとした。
「ス ネア なんだけど、共有の」
半月美鈴が、
オレに声を掛けられたのがドラム絡みでも意外、のように猫目を丸くしてこっちを見た。
それより何より、驚いているのはオレ自身だ。
何故、声を掛けてしまったのか。
さらにはその自分が発した声も、
異様ノドに貼り付いて不自然に裏返ったものだった。
ノドにへばり付き出切らなかった本音が、
痰(たん)のように絡んでオレを軽く咳き込ませた。
情けない。逃げ出したい。
目の前の、ダークエンジェルの美貌が、さらにオレをそんな気持ちに追い込んでいく。
黒い、艶やかな髪から覗くオレを見る目力の強い瞳に、息が詰まりかける。
そのせいで、今までまともに見たことのなかったお互いの顔を、見ることになってしまうなんて。
・・・どのくらい、沈黙が続いたのか。
ヘッドなんて、なんともないのに。本当は。
「藤真さん?」
「え・・?」
「・・スネアが、どうかしました?」
「ああゴメン・・ヘッド・・張り替えた方が、よくない?定演前だし・・」
「?・・古いままでした?すみません。
ちょっと前に張り替えるように1年生に頼んだのですが」
そう言いながら、ありもしない欠陥を指摘された彼女は、
オレの座るドラムセットに、スネアに近づいてきた。
そのとき、彼女全体から甘ったるい、懐かしい煙の香り、が鼻についた。
まじかよ。
そのタバコ、オレ以外に吸ってるやつ、初めて見た。
そういうオレも、タバコ自体やめたけど。
それ以外で、その香りは出せないよな。
マニアックで、葉巻自体が黒くて、重くてグロい外国のやつ。
でも匂いだけは異様に甘くて、フィルター咥えただけで香料が唇にへばりつく。
オレ、入部当時に先輩たちがいるとき部室で吸って、
狭い部屋中にチェリーを焦がしたみたいな
(オレはそれが好きなんだけど)匂い充満させちゃって、
タバコともども締め出されたこと、あったっけ。
半月も、苦労しているのかもしれない。
もし、さっき部室での黒崎先輩の言葉を聞いていなければ今頃、
『ブラックストーンのチェリー、吸ってるんだ!?』 って。
『吸ってるやつ、オレ以外に初めて見たよ。みんな否定するけど、いいよなソレ。
もっとも、オレはつきあってるやつがタバコ嫌うから、やめちゃったんだけど』 って。
・・・話しかけてたかも、しれない。
楽しげに。何も、知らずに。
・・・それで、よかったよ?オレは。
知らない方が幸せなら、それで。
知らない方がいいことは、世の中たくさんある気がする。
なのに。
・・・どうして神様は、そうさせてくれなかったんだろうか。
知ってしまった、今。
こんなにも、近くにいる。
同じ、マニアックな、アブノーマルなタバコを好むもの同士が。
ひとりの男に抱かれたもの同士が、こんなにも。
女の子なんだから、もし子どもを産むつもりがあるってなら、
それに男ウケ狙ってくってんだったら、控えた方がいいとは、思うけど。
・・あの甘い煙は、どれだけでもくれてやる。
実際、オレはもうやめたんだから。
今でもときどき、激しく吸いたくなる誘惑をガマンしてまで、
オレは愛する男の希望に沿うことを選んだのだから。
ブラックストーンは、好きなだけ吸えばいい。
オレの目の前ででも、見せ付けるように美味しそうに吐き出してればいい。
でも、
あいつに抱かれるのは、オレだけだ。
あいつに抱かれるのは、過去も今もオレだけでよかったのに。
黒のレザージャケットの奥の、ふくよかな胸元が。
切りそろえられた、鎖骨くらいまでの黒髪。の間から覗く、白いうなじが。
本当に生身の人間か、と疑わせる、嫌味なほど締まったウエストと、下半身が。
すべての彼女を構成している美しい要素を、
オレの愛する男の過去を持ち去ったこの構成物。
・・・醜く壊れれば、いいのに。
あいつの視界に入っても気づかれないくらいに、粉々に。
「は んつきさんは大変だねドラムキャプテンまでやっててさ」
「え?」
「農学部って、2年生が1番踏ん張り所だって・・神 が、言ってたから」
「・・それなら大変なのは、神くんも同じじゃないですか?勉強と、練習と、キャプテン業」
「・・そう、かも」
「で、スネアなんですけど・・・」
「・・あ、さっきのは・・ウソ、キレイに張り替わってる・・かも実は」
「・・はい?」
「えっと・・・その・・ちょっとイジワル、言っちゃった・・ゴメンね」
あーあ。もう。
だめだぁオレ。
頭、悪いだろ間違いなく。
誤魔化せるだけの余裕も、イジワルを続けるだけの知恵もない。
何もいい訳らしい言い訳は浮かばず、そのままを言ってしまった。
冗談、で済まされそうにはない。
先ほど自分の口からでた言葉は、決して軽い口調ではなかった、から。
それに、冗談を言い合うほど親しい仲ではないこと、お互いが一番わかっている。
オレのこと、 『は?』 って思ったにちがいない。
それとも、
『掴み所がない』 とか、 『支離滅裂』 とか
『可哀相、頭が弱いのね?』 まで思われたかも。
でも、
なんでもいい。
頭が弱くても、なんでもいいから、
置いてってくれ。神の過去。
どうか1つだけ。神だけ、オレから奪っていかないでくれ。
「は、あははははははっは・・・あはは」
「・・半月さん?」
「ははっ・・はぁ、ああ、すみません笑い出しちゃって!だって・・もうおかしくて。
・・・藤真さん、って、本っ当に可愛いですね、『イジワル、言っちゃった』 なんて・・あははっ」
突然笑い出した彼女。
オレを真似たらしい、舌足らずなトロい口調。
オレって、そこまでアホっぽいしゃべり方してるっけ?
なんて、
責められるはずがない。
これでおあいこ、だから。
なんて奇妙で、気持ちの悪いワケわかんないおあいこ。
彼女は、まだ、笑ってる。謝りながら、堪えながらも。
この空間を作り出したのはオレ。でも、
・・・早く、早くこの状況から逃げ出したい。窒息しそうだ。
何も、なかったことにして。
あえて、聞かなかったことにして。
早く、一刻も、早く・・・。
なのに、
「あはははっはぁ・・ねぇ、藤真さん・・宗一郎って」
ダークエンジェル、が濃い目のベージュの口紅が乗った唇から発した、
ソウイチロウ、という単語が、
神の名前・・とオレの脳足りんな頭が理解できるまでに、少し時間が掛かった。
そして、
さらにそのマットな質感の、
あの黒く甘ったるいブラックストーンの葉巻を咥えるんだろう、
口角の端だけ吊り上げた唇から発された言葉は、
「宗一郎って、体位はバックが1番好きだよね?」
・・俺の喉もとを完全に捕らえて、
声を上げることも、その場から逃げることも許さない、最高の呪詛の言葉だった。
そしてその言葉は、鼓膜を通過してしばらくしても、
なんのことだかさっぱりオレにはわからなかった。
頭が拒否したんだ。
理解することを。
敢えて聞かない、敢えて見ないことにして、
神の側に、いつも通りに。
今日はこの練習が終わったら、19時になったら、8号館裏のベンチで待ち合わせで。
ひどく透き通った、ちょっと冷たい闇に散らばる星に、
オレを出迎えるあいつのストイックな微笑みに、オレは、一瞬で酔わされて、
『やっぱりドライブより、今すぐ、しよう』 って、
イケナイってわかってるのに、
ワガママ言ったら痛くされるってわかってるのに、それでも誘う。
・・・・そう、すればよかったのに。
聞かなかったことに、したかった・・のに、すべて。
ねぇ、ダークエンジェル。
なかったことに、してくれないよね??
『イジワル言ってみちゃった、けど、実は全部冗談だったの』 って、
言って・・・くれないかぁ。
ああ、やっちゃった、しくじった。
もう、逃げられないっぽい。泣いちゃいたいんだけど、いい??
だって、だって・・・
神・・・・も、ヤだ・・・オレ、もうヤだよぉ・・・
<<妄想誘発剤な御ブツら。>>
参考音源・・・ガソリンの揺れ方(ブランキージェットシティー)
『アルバム・CORK SCREW』(黒夢)
『アルバム・教育』(東京事変)
『アルバム・TITEL』(ストレイテナー)
『アルバム・The Way I am』 (Ana Johnsson)
参考文献・・・NANA(著者・矢沢あい)
使用香料・・・ブラックストーン・チェリー(煙草)
ローパケンゾー・プールオム、
バーバリー・ウィークエンド・フォーメン(共に香水)
<<本人もよくわからない解説。>>
ペダル・・・キック、とも呼んだりする。バスドラムを叩くために取り付けて、踏む。
ノーマルなワンペダル、主にメタルやハードコアなど重く激しい音楽をやるときに使用する、ツインペダルがある。
多くの人は個人機材としてこれを持っている(物によって踏み心地がちがうため)
スネアのヘッド・・・スネアドラム。これも、個人で持っている場合が多い(音も叩き心地もそれぞれ全然違う)
またヘッドとは、叩く面のこと。消耗品で、張替えが必要(ギターでいう弦)
<<後書きみたいなもの。>>
2人に共通のタバコ吸わせることは、 『NANA』 を読んで決めました。
そして私も今日生まれて初めてタバコを買い、吸ってみました。
もちろん、ブラックストーンのチェリー。見つけるの、苦労したってばさ・・・。
感想。甘い。ひたすら。
そしてそんな、言われるほどキモくもない。
でも、煙が鼻に抜けたりノド通ったり肺に入れたり、
つまり煙が通ったとこすべてがピリピリする虚弱体質ですので、たぶんもう吸いません(笑)
さて、貴女はビシッと辛口・クレバー&クールにカッコイイ半月(大崎ナナ)派?
それとも被害者ぶりっ子泣き落としで男を手中に収める藤真(小松奈々)派?
さぁ、どっち!?(何