ガソリンの、揺れ方。(前篇)
「・・と、言うわけで今週土曜、7時半開始だからな!わかったか!?」
「えええ〜!!!まじっすか!?」
「なんだ??喜べよ〜あのS女大とコンパだぞ?」
「だって黒崎先輩!俺・・実はコンパとかなんとか・・
・・その・・苦手なんすよ行ったことあるけど恥ずかしくて!」
「なんだぁおまえがか!?意外だな?
まぁ何にせよ完全縦割り社会のこの軽音部において、先輩の命令は絶対だ」
「えええ〜!!そんなとこまで!?職権乱用っすよ!!」
「いいじゃん清田、行ったら行ったで楽しいかもしれないぞ?」
「藤真さん!ひとごとだと思って!!」
海南大学軽音楽部部室、現在午後5時50分。
いつもは暇人の溜まり場になるこの部室において、
この時間帯にこの人の少なさはめずらしい。
その夕方の部室、に顔を出してみると、先客は2人。
4年生、ナンパ系ロックバンド・ボーカル担当の黒崎先輩。
7時からのバーテンのバイトまで暇をもてあましている。
と、B04のドラマーであることは言うまでもない、藤真さん。
藤真さんは、6時から地下の練習室にドラムの個人練に入るらしく。
・・ね〜ね〜藤真さん?
ヤバいんじゃないすか男と個室に2人きりだったなんて(?
そんなとこ神さんに見られたら、
また氷みたいな雹(ひょう)みたいな、
雷どっか〜ん! で、お仕置き(?)くらっちゃうんじゃないですか?
もう、この人はそこらへんわかってるんだかいないんだか・・って、絶対わかってないか。
・・当の天才左利きドラマー・藤真さんは、練習室の予約を書き込む、
部室入ってすぐ左手に貼ってある大きなスケジュール表のある部分を、
嬉しそうに夢見心地、明らかに意図を持った手つきでなぞってる。
その、なぞられてるのは少し大きめの、
いかにも 『お習字習ってました』 的なキレイで線が細く少し大きめの、清楚な字。
俺も何度も目にしたことのある、
そのお手本のような美しい字体は、紛れもなくB04の参謀ベーシスト、神さんの字で。
今時女子高生でもこんなこと、しないと思う。
・・・藤真さんとは、そんな 『こんなこと』 を無意識?で日常的にやっちゃうお人だ。
もう、だいぶ見慣れたけど。
(ちなみに関係ないが藤真さんの字は小さくて奇妙に傾いてて、一度見たら忘れられないほど哀れな特徴的な字だ・・・)
・・じゃなくて!!!
人の(先輩の)心配ばっかりしてる場合じゃなくて!
「とりあえずお前はもう頭数に入れたから」
「イヤっす!無理っす!!絶対行きませんから!!!」
「却下、問答無用!・・・で、藤真ちゃんは」
「すみません、オレは無理です〜だって、」
「ちっ、 コ レ か」
「そうコレコレ。半端じゃないヤキモチ妬きだからウチのカレシってば・・
そんなとこ行ったりして、バレたときにはもう手もつけられないくらいにキレちゃいますから」
・・・た し か に そうっすね。
『コレ』 と言って親指をお互いに立てて笑ってる、黒崎先輩と藤真さん。
小指を立てるのは 『カノジョ』、親指を立てるのは 『カレシ』、 なわけで・・
黒崎先輩は親指を立て、
見てるかわからないくらい興味なさ気に昔の定期演奏会のアルバムをめくりながらも、
まさか、藤真さんにほんとうに彼氏がいるなんて思ってないんだろう。
冗談、で先輩がやることに冗談(ほんとはマジだけど)で藤真さんが返してる。
(黒崎さんはふつうに 『藤真ははっきり言わないけどカノジョがいるから無理』、なんだって思ってる・・はず)
・・・冗談、ってわかってるんだけどこういうやり取り、どきどきしてしまう。
それも、
先輩たちが
『アイツ(藤真)、なんかいいよな』
って話してるのとか聞いたこともあるし、
俺たち後輩・・1年の中にも
『藤真さんまじでアツい!』
とか言ってるやつは結構いる、から。
その、 『いい』 、 『アツい』 は、
たぶん、そ ー いう 意味で。
黒崎先輩だってその舌打ちは、まんざら冗談じゃないはずだ。
どうやら藤真さんには性別を超えて人を狂わせる、 「何か」 があるようで・・
・・よかった、俺にはなんでかその色気があんま通用しないみたいで。
おかげで命が繋がった・・・。
そう、俺は命拾いしたのだ。だけど、他の人たちは・・・??
だって藤真さんに何かあったら、あの人が、黙ってないじゃないですか!
そうするとせっかく助かったはずの俺の寿命だってバッシバシに縮むんだから、もう!!
「あ〜あ藤真ちゃんノロケちゃって・・
そいつと別れる気はないの〜?お兄さん寂しいよ〜」
「う〜んその予定はないな〜ていうか
オレから別れるっていう選択肢はないんですよ。
向こうにポイされない限り、オレからってのは有り得ないです、愛しちゃってるし。
黒崎先輩、カッコイイんだからモテるでしょ?恋人、作らないだけのくせに」
「なんだよまたノロケかよ〜藤真ちゃんをポイする男なんているわけないだろが!
まったくカッコイイなんて褒めてもらったって全然嬉しくな・・・お」
と、
藤真さんと冗談を言い合いながら、去年のアルバムをめくっていた黒崎さんの手が、止まる。
「な〜清田?」
「なんすか?」
呼ばれた俺が覗き込んだそこには、去年行われた夏の定期演奏会の写真が。
(俺はその頃まだ高3だったワケだけど、海南大軽音の定演は全部見に行ってた)
さらにその集合写真の、黒崎さんが指差した先には、
当時1年生だった、今よりほんのちょっと髪の毛の長い神さん(幼く見える・・)と、
「この二人って、まだつきあってんの?」
同じく当時1年のドラマー、
通称ダークエンジェル・半月美鈴(ハンツキミスズ)先輩が隣に写っていた。
「・・うおっ!?」
「おまえ、昔から神と同じバンドで仲良いし知ってるよな?こいつらって、デキて」
「わわわわわわわわわわわわあ!!」
「!?何だよ清田急にうるせぇなビビるじゃねぇか!」
最 悪 だ !!!!!
黒崎さん!
なんてことを!
言わなきゃわからなかったものを!過去のことを!
(ここで言わなくてもいつかどこかから漏れる可能性は十分だけど何も今、ここでバラす必要はないってのに!!)
「・・・だれとだれが?」
「ふ じまさん・・・!」
こちらも クールビューティー、
・・と男のくせに(さらには 『あの人』 が絡むとクールとは程遠いくせに)呼ばれる人物だったが、今はそれが逆に恐ろしい。
俺の決死の誤魔化しも虚しく、恋人のことに関しては宜母○子並に第6感が働くらしい藤真さん、
神さんの名前を出されて、反応しないわけが、なかった・・・。
黒崎さんの膝の上の写真に視線を落としながら、問うてくる。
・・・・やっぱりこのこと、知らなかったんだ!!
「あ のですねこれはですねなんというか」
「黒崎さん、誰と誰がつきあってたんですか?」
「おお、神と、半月美鈴ちゃんだよ。なぁ清田?」
「おおおおおお俺!?」
「そうなのか?清田」
「か 過去のことすよ遠い過去!俺まだそのとき高校生だったしくわしくは!!」
あわわわわわわわわわ・・・!!!
視線痛い!
目が全っっ然笑ってないんすけど!!
南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無妙法蓮華経・・・・!!!
・・・ほんとうに、俺もよくは知らないんだってば!!
ただ、まだドラムが牧さんだった約1年前のその当時、
(もちろん3ヶ月前にこの大学に来た藤真さんと俺たちとはまだ出会ってもない)、
俺たちは外のライブハウスで定期的にライブをしていたんだけど、
神さん大学1年の夏・・くらいから、美鈴先輩は俺たちのライブに顔を出すようになった。
牧さんが美鈴先輩を、
『同じサークルの後輩で、神の彼女だ』
と言ったので ふーん さすがキレイな人だなぁ と思った、覚えがある。
でも牧さんも多くは語らないし、
(意識してしゃべらないようにしてたんじゃなくて、単にそういうタイプなんだと思う)
神さんも美鈴さんもそーいうことを積極的に公言するタイプの人たちではなく・・
ただ、 「彼女すか?」 って聞いたときに、否定はしなかったから、
=ほんとうにつきあってるんだ〜 ・・と思ったくらい!
で、冬頃にそういえばあの人、来なくなったなぁって思ってたら、
あの2人なら別れたぞ多分 って話を、牧さんからそれとなく聞いたきがする。
・・覚えてないんだってソレ以外ほんとに詳しくは!
・・・そのくらい、二人のつきあいは淡白だったんだから!
(その淡白なはずの片割れ先輩が、今やこんなふうになってしまうとは・・・)
「そっか。藤真ちゃんはまだこっち来て3ヶ月だもんな、
知らなかったか。神とそういうは話しないの?」
「しないですね〜、初めて知りましたぁぁ意外だな〜」
「は なす、必要ないですもん
わざわざ終わったことを何でいうんすか何で今頃!!」
「おーおーコレ!・・こいつら、たしかピロウズのコピーやってたんだよ、この時」
「うおっ!!??」
さ ら に 最 悪 だ ! ! ! !
俺の話を聞かない(何を自分がしでかしてるのか思ってもみない)黒崎先輩が、
アルバムの次の次のページをめくると、そこには演奏中の写真が。
ギターボーカルの男の人こそ知らないが、
ベースを弾いているのは確かにあの神さんで、ドラムは美鈴先輩。
「1年だったのにすげー演奏でさ。
でもセッションバンドだったし、ギターが定演後すぐに辞めたからこの時限りだって。
もったいねー、って3、4年はみんな言ってたよ。
美鈴の繊細なドラムと、神の丁寧なベースラインの絡みはめちゃめちゃ聴いてて気持ちよかったぜ。
美鈴ってキツそうだけど頭はいいしスタイル抜群、顔なんかモデルみたいじゃね?
ちょっと幸薄そうなのがいいよな〜そんでもってドラムはすっげうまいしよ・・
・・『♪アレのリズムも最高〜』 ってか!?羨ましいよ神が。ま神も、相当イイ男の部類だしな〜」
「黒 崎 先 輩 今の俺の話聞いてたんすか!?
過去っつったでしょ過去って!死語っすよ!死話!!
もう別れたんですよとっくの昔ですよ旧石器時代!
先輩情報化社会完っっ全乗り遅れてますよ!!!!」
「おい!なんでそこまで力強く否定する必要あるんだ?何かあんの?」
「ふ〜ん、そうなんだ・・つきあってたんだ」
「・・藤真ちゃん?」
「藤 真さ」
「ふ う ん」
・・・・いつもの先輩対応用スマイルではない。
もっと、何十倍も、ニコニコしていた。いつもでも、いつ何時でも、ありえない程に。
その微笑が、返って藤真さんの怒りとか、悲しみとかを数秒間で数百倍に増幅させているようで・・・
それは、ぐっちゃんぐっちゃんの頭や腹の底を、隠すときに神さんがよくやることで。
(3年間も側にいれば神さんの 『そーいうとこ』 くらい、俺だって気づくやい!)
似てくるもんっすね・・毎日、あんだけべったり側にいれば・・・そりゃそっすか。
・・・てか、やばいよなコレ!?
間違いなく、やばい。この事態。
「あ、6時だ というわけでオレ、練習室入りますんで失礼します」
「・・お、おお」
「ふふふふふふ藤真さん!」
「何だ?」
「あの・・その・・大丈夫っすか・・?」
「・・何が?」
・・・・・藤真さんは超絶の笑顔でひと言そう言って、 『何が』 かの、俺の答えも聞かず地下の練習室に消えて行った。
ど、 ど 〜 し よ う・・!!!
・・・って、今さらどうしようもね〜!!!!
「な、何だぁ?どうしたんだ藤真ちゃん今のは・・?
笑ってた、けど、怒って・・たんだよな?
・・もしかして、藤真ちゃん、美鈴のこと好きだったとか?」
「・・もしそうなら、どれだけいいか・・」
「・・・?なんかさ、よくわかんないけどダイジョーブなわけ?おまえら、B04」
「・・大丈夫じゃなくなったら、黒崎さんのせいっすかんね・・・」
ああ、神さん。俺、いろいろ無理でした。すんません。
・・・そんなこんなで、 『ちょっと危険な感じのsea side jet city』 にて、
『ドキドキするようなイカれた人生』 を、イカれた人たちと嫌がおうにも共有すべく、今日も俺は振り回されてる。
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廊下に出ると、隣のゴスペル部の部室から聴こえてきたキレイなバラード、に、
汚れた考えに心を包まれたオレは、思わず唇を噛む。
『愛してるって最近言わなくなったのは 本当にあなたを愛し始めたから』・・・
・・・その透き通る歌声を遮るように、そっちの方がまるで悪者のように、
オレは地下の練習室に続く重く硬質な鉄の扉を、命っきり大きな音を立てて閉める。
『愛してる』 なんて、
・・・毎日のように言わせているけど?
口に出さなきゃわかんないことってのは、あるだろ?
言ってもらいたいセリフってのは。
例え、言わせている、としても。
例え、心で想ってないと・・・しても。
特に俺は悔しいが鈍感らしいし(よく人にそう言われる)、
でも、人の気持ちに敏くなろうとも思わない。
だって鋭くなろうと努力したところで、無駄だろうし、なりたいとも思わない。
・・オレは、たったひとりの気持ちに聡ければいい。あいつだけの、ことに。
でも、悟れなかった。オレはもしかして、勘違い?していた・・・??
さっき、耳に入った、話は。オレの血を一瞬にして凍らせた、話は。
ただの過去。そうなの?それで、間違ってないよな?いいんだよな??
でも、信じられないんだ。
ただの過去だとしても、許せないんだ。一寸たりとも知りたくなかったんだ。
そういうことに関して、今まで語ろうとしなかったあいつ。
オレも、気にはなってたけど聞かぬが仏と、聞いてもオレとあいつの 『今』 には何も関係のない話だと。
それなのに。
・・なんでオレさっき、部室にいたかな?
暇つぶし、だったら他でもできたのに。
西洋建築史のレポートも、しなくちゃいけないのに。
来週の、火曜5限に提出だ。図書館、行って少しでもやればよかった。
なんで黒埼先輩、アルバム見てたんだろ。しかも、去年の夏の定演の。
他にも何十冊もあるのに、なんでよりによってソレで、先輩は余分なことまで思い出しちゃったんだろう。
・・・そうすれば鈍いオレは何も知らないまま、気づくこともないまま・・・いれたのにな、神。
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地下廊下に人はおらず静まり返っていたが、B04練習室の中からは人の気配がした。
(防音なので、中の声は聞こえない)
その、重たく冷たい銀色の防音扉を、力なく引いて空ける。
温度差を感じる。
廊下の、今のオレの心の冷たさが一層強調される、
練習室の湿った、演奏という行為で温まった部員たちの体温を。
・・部屋の中にはやはり人がいた。
オレの前の枠のバンドのメンバーが、片付けをして今にも部屋を出ようとしているところだった。
「・・おお、藤真ちゃんじゃん!相変わらずべっぴんだ!」
「皆さん、お疲れ様です」
「何、この後ってB04の練習だっけ?藤真に会えるとは、ラッキーだ」
「いえ、オレの個人練なんです」
「すまん藤真。もう時間だな、今出るところだ」
・・・そう言いながらドラムセットを立とうとするのは牧。
「牧のバンドだったんだ、オレの前」
「ああ、・・・どれ」
そういいながら、ドラムのセットをオレ用に調節、移動しようとする牧。
(セッティングは人によって違う。オレはサウスポーだから人よりさらに時間がかかる)
「あ、いいよそのままでオレ、やれるから」
「しかし、ひとりじゃ面倒だろ、遠慮するな」
「いいって・・大丈夫、だから」
そういって牧の、シンバルのネジを緩めようとしていた手に、自分の手を重ねて諌めた。
視線を上げると、牧の少し驚いたような様子の瞳と、
オレの、どんな色が浮かんでいるか自分でもわからない瞳とが、ぶつかる。
「藤真・・今日、どうかしたか?」
「なんで?いつも通りだけど?」
「・・ほんとうに、ひとりで大丈夫なんだな」
「オレをなんだと思ってるわけ?もう10年もドラム、叩いてんだよ。そのくらいひとりでで」
「・・そうか、わかった」
「じゃ〜な藤真ちゃん!練習頑張れよ!」
牧のバンドの、先輩メンバーたちから声を掛けられる。
「ありがとうございます!お疲れ様でした」
「・・藤真」
「牧も、お疲れ」
「・・なんかよくわからんが、元気だせ」
「何がだよ」
「・・いや、その・・よくわからんが」
「・・なんだよソレ」
・・・ちょっとおどけた牧に、
笑って小突いて返しながらも、オレは何故だか泣きそうになった。
いつもだったら牧が急いでて帰ろうとしていても 『セッティング手伝って!』 と強請るオレ、だからなぁ。
でもほんと、あいつ鈍いくせに、いつもなーんか気づいてんだよ。
まいっちゃうよな、敵わないよそういうところ。
頼むから、優しくしないでくれ今のオレに。
優しくされたら、泣いちゃいそうなんだ・・おかしいだろ?みっともないだろ??
もう、終わったことで。
女、ひとりのことで。
誰にでも、オレにも、一つや二つあって当たり前のような過去のことで。
好きな男、ひとりのことで。でも、そのことだけがオレを動かすすべてで。
・・不安で、泣き出しそうなんだ。オレ。変だよな??
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
やっと・・いつもより倍以上時間が掛かって、ドラムセッティングが完了。
深呼吸をひとつして。心の中で始めるカウント。
思い出す、イントロの、流れるようにフレットを滑るギターリフ。ギターだけの初めの4小節。
・・・・・・・・3・4、1・2・ 3 ・ 4 、
バシャーーン
オレはシンバルを力任せ、無遠慮に叩いて演奏を始めた。
自分の鼓膜を通って入ってくるそのやかましい雑音に、オレの心のやかましさも増長する。
1、拍目と同時にベースとドラムが同時に入る。
2・3・4、 1・2・ここで2拍ブレイク(3・4)、
1・2・3・4、 1・2そして、
ブレイク部分に、静かに、誰も音も、何もない部分に、3・4拍目に入るボーカルだけの呟きを、
『ラブリーベイベー』
自らで、たったひとりでやってみる。
人前では絶対歌わないし、
1人でもめったに鼻歌すら歌わないけど、今は歌ってみる。
オンチに。拍子抜けに。
すっごい、間抜けだ、オレ。
『ラブリーベイベー』 って、
今この瞬間、この言葉、
神に、神だけに、オレのためだけに、囁いてほしいけど。
それをやられたら、オレはたぶん・・いや間違いなく、泣いてしまうだろうけど。
おまけに、
ぐちゃぐちゃのままの心の波動を手まで伝えても、
もちろん刻むリズムはめちゃめちゃな、大層粗末なもので。
こんなドラム、清田が聴いたら、いつかみたいに
『腹痛いんすか?』 って聞かれちゃうだろう。ちげーよバカ。
神に聴かれたら、
『こんなドラムじゃベース、合わせられませんよ』
ってひどいこと、言われちゃうかも。呆れられちゃうかも。
なんか、呆れられるのって、ヤダなぁ。たぶん、耐えらんないよ。
怒られる方がまだいいや。叱ってもくれなかったら・・
・・ヤダなぁ。泣いちゃうよ、オレ。
今日このあとホントは、7時に待ち合わせしてる。
隣町のイルミネーションが情報誌に載っていて、
『見に行きたい』 って、言い出したのはオレだ。
・・はっきり言って実際は、イルミネーションなんて、二の次で。
神の、運転する姿を見てみたいとか、たまにはデートらしいことしないと、飽きられちゃうかもとか。
そんな邪(よこしま)な動機でおねだりしたから、バチが当たった?とか??
これ、この気持ち、バチ??
この、胸が中から引き裂かれそうに膨れ上がる痛みは、
喉元からせり上がってくる、息するのも塞き止めちゃいそうなこの嘔吐感は、バチ??
やだ。
苦しいんだけど。
耐えられそうも、ないんだけど。死んじゃうかも。
こんなバチに当たるくらいひどいことオレ、した??
してないよたぶん。助けて。お願い。誰か。
誰か・・・神・・神・・・・神。
・・どうしよう。
会いたくない。
神に、会いたくない。
こんな嫉妬に歪んだ顔、
見せたくない。見られたくない。
嫉妬したくない。そんな、どうしようもないことで。
どうしようもないことで神を、困らせたくない。
オレ自身、困ってたくなんかない。
それなのに・・・どうしよう。
どうしよう、会いたくない。
黒崎さんのバカ。あの女の、過去のバカ。
大好きだったはずのピロウズも、きっとオレはもう聴けなくなる。
・・・1・2・3・4、 1・2そして、
ブレイク部分に、静かに、誰も音も、何もない部分に、3・4拍目に入るボーカルだけの呟きを、また、
・・・・・・・・・・・・『ベイベーラブリー』
調子の外れた声で歌いながらも、
ドラムを、やかましいくらいに叩きながらも、
吹っ切れるどころか、今だけは忘れられるどころか、
そのくだらないことは、オレの頭でどんどん大きくなって。
頭にはやっぱり神のことだけ浮かび上がって、
神とくだらないこととを一緒に考えるのがすっごいイヤでイヤで、
オレは、自分のことをバカバカって思って、やりきれなくて、
・・・もう、ただどんどん泣きたくなってきて、何故だかそれが酷く悔しかった。
ワケもわからないままの不安定でボロボロのドラムは、Aメロの頭に差し掛かかり、
オレはまた歌いだしたのだけど、
目から溢れ出て邪魔するなんかのせいで、
その声は、巻き舌は、オンチの上にひどい掠れ声で、ちょっと笑えた。
『ガ ソリンの香りがしてる・・・・』
BGMおよび参考音源:
※ガソリンの揺れ方(ブランキージェットシティ)
※ひとり(ゴスペラーズ)
2005.01.17
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