ときは昭和34年。春。4月。愛知県名古屋市南区。

今日もこの土地は、働き者の大人、勤勉な学生、やんちゃな子供たちで
溢れている・・・。

















「・・・・健司、今日からお隣の純さんちにあなたと同じ年の男の子が来るんですってよ」

朝食の卓で、突然思い出したように母の都貴子が話し出した。
『純さん』というのは、藤真の家の右隣に住んでいる魚住家の家主のことだ。

「え、なにそれ。初めて聞いた」

「だって母さんだって昨日初めて聞いたんですもん。
 なんでも純さんの妹のお子さんなんですって。
 こっちの高校・・・あなたと同じ高校に通うために、
 地方から出てきて純さんの家に下宿するらしいわよ」

「へ〜、そうなんだ・・・」

・・・入学式からもう1週間が過ぎたってのに。変な時期にくるもんだな。

「なんでも今日の夕方には見えるそうだから、ご挨拶にいかなきゃね」

「はいはい・・・って母さん、もう仕事行かなきゃ」

「あらやだ!健司、アンタもちゃんと朝御飯食べて出てくのよ。
 じゃあ、あとお願いしますね」

「はいはい・・・」



 

 藤真は中学教師をしている母親と2人暮らししている。
 
 父親は、藤真が幼いころに病をわずらって死んだのだ。
 
 2人暮らしでも、母の元からの家柄と教師という職業・知性のおかげで
 何不自由ない生活をしていた。

 母との2人暮らしを寂しいと感じたこともなかった。
 ・・・そしてそれはにぎやかな隣の家のおかげかもしれなかった。




「よう藤真!!早いな学生さん!!」

「大、おはよう!!」

学校に行こうと外にでたら、さっそく賑やかな隣の魚住家の長男、大が声をかけてきた。

「そういうおまえは仕事まだ大丈夫なのかよ??」

・・・大は中学を出てから高校には行かず、近くの鉄工所に勤めている。

「実は危ね〜の!!遅刻かも!!」

「おまえ、オレと話してる場合じゃねぇだろ!!早く行きやがれ!!」

「お〜、あいかわらずおっかねぇ!!じゃ〜、行ってくらぁ!!
 おめ〜も気をつけて学校いけよっっ」

「お〜、またな!!」



・・・大は藤真と同い年。付き合いも一番長く、仲もよい。
藤真は幼いころから大を兄貴のように感じていた。

さっぱりした、親分な性格。

そしてそれは自分の性格にちょっと似ているとも思う。

昔は引っ込み思案で体も弱かった藤真がここまで明るくたくましく育ったのは、
間違いなく大のおかげだと思っている。



・・・なんてちょっと昔の感傷に浸っていたら、背後からの元気な声に現実に戻された。
「藤真さ〜〜ん、おはようございます!!」

「・・・おお!!宏明、おはよ」


・・・・魚住家の、次男坊の登場だ。
県内で一番偏差値の高い高校に通っている宏明。

明るくて礼儀正しい、藤真にとって弟と変わらないやつだ。

「実は昨日学校でやった数学でちょっとわかんないとこがあって・・・
藤真さん、学校から帰ったらちょっと教えてくれない??」

「オレでいいなら見るけど」
まぁ、数学なら大丈夫だろう。英語は無理だぞ。

「よかった!すみませんが、お願いしますね」

と、そこに。



「ぎゃ〜!!寿のバッキャロ〜〜!!!」

「うるせぇテメぇ!!弟のくせに!!呼び捨てにすんなっっ!!」

・・・今度は、子供特有のきんきん声が聞こえてきた。
そして、この声の主は・・・・・。


「こら〜、寿、リョータ!!おまえら、なに朝からケンカしてんだ!?」

「げっっ!!・・・藤真!宏明兄!!」

魚住家三男の寿に、四男のリョータ。


「馬鹿野郎リョータ!!藤真さんのことはちゃんと『さん』付けで呼べって、
いつも言ってるだろ!?」

「まぁまぁ。今更気にならないし。それに無理やり直せっていっても、直んないよな??」

・・・そう言いながらリまだ小学3年生のリョータにかがんで目線をあわせて、
頭にぽんって手を置いて撫でてやると、リョータは赤くなってモジモジしだした。


「それで寿、リョータ。なにをケンカしているんだ??」

「あのよ〜、コレだよ、カエルだよ!!」

寿の手にはだいぶお疲れな、グロッキーな様子の小さなカエルが1匹いた。

「・・・カエル??カエルには時期が早いな」 

「オレが見つけたんだいっっ!!裏の土掘ってたらでてきたんだ」

リョータはこのカエルを、藤真家と魚住家の裏に流れる小川のそばで発見したらしい。
というか、冬眠中のものを無理やり引きずりだしてきたらしい・・・・。

「だからオレ、ストローをケツの穴に突っ込んで、ぱんってやろうとしたんだよ!!
なのに、オレが見つけたカエルなのに寿が取り上げたんだ!!」

「だって、オレの方がアニキなんだから、いいだろケチ!!
オレだってカエル膨らませてぇんだよ!!」



ごん!ごん!!

・・・・宏明が2人の弟、寿とリョータにげんこつをくらわした。

「痛ってぇぇ〜〜!!何しやがる!!宏明兄ィィ!!」
「わ〜〜〜〜ん!!兄ちゃんがぶった〜〜!!!」

「馬鹿野郎!!・・・なんで自分たちがぶたれたのか、わからないのか?!
生き物をこんな風にオモチャにして・・・何が楽しいんだ!!」


そのやりとりを見ていた藤真は、
幼いころは自分も惨酷なことをたくさんしでかしたものだと、昔を振り返っていた。


夏になると、ザリガニを裏の小川で釣った。
1匹捕まえておいて、そいつを剥いてエサとして使い木の枝で作った竿につけ、
さらに何十匹と釣る。
庭に円を描いてその中にザリガニを入れ、その円からでたものを木の枝で突く。

・・・もちろん、寿とリョータと同じようにカエルをおもちゃにして遊んだこともあった。
カエルの肛門にストローを突っ込んで、息を吹き込み、お腹をふくらませる。
そして、ふくらんだところを・・・地面に叩きつけるのだ。
すると『ぱん』って爆ぜる音がして、もちろんカエルはあの世行き。

・・・・・・・よく、大と一緒にやったものだ。
遊び、ってのが今よりなかった時代だった。
今みたいに白黒であろうが、TVなんてものもありはしなかった。
今思うと、ひどいこと極まりない。何が楽しかったんだろうかって思うけど。
でも。
あれがあったから、惨酷ってなんなんだって、生き物の命ってどれだけ大切かって、
わかった気がしている。
・・・・あれは必要だったんだってな。


藤真は泣き出した寿とリョータの頭に手をやって、優しくしゃべり始めた。

「・・・実はオレも大兄と、昔カエルをよく膨らまして遊んでいたんだ」
「藤真さん?!」
宏明が驚いた声をあげた。

「・・・藤真も、大兄も??オレたちみたいに??」

「ああ。でもある時な、夢にカエルの親分みたいのが出てきてこういったんだ。
『よくもやってくれたな、今度はおまえの番だ』ってな」

「なんだそれ〜〜!!」
「馬鹿みて〜〜!!ウソだよそんなの〜〜!!」

その2人の言葉に、藤真は前髪を上げて左のこめかみを見せた。
そこには・・・・。

「ひっっ・・・・・・!!!」
「藤真?!どうしたんだよソレ!!!」

藤真の左のこめかみには、ひどく縫った後のようなものが残っていた。
これには寿もリョータも絶句した。

「・・・だから、カエルの祟りだよ。トラックに轢かれて縫ったんだ。
最初はもっとひどかったんだぜ。死にかけたよ」

「そ、それで・・・・?!」

「もう生きるか死ぬかってときに、目の前にまたあのカエルが現われたんだ。
『もうやらないと約束するなら、命だけは助けてやる』ってさ。
絶対にもうしません!!って誓ったよ。
だから・・・・・今生きておまえらの前にいられるってワケ」

「ほ、本当に・・・・???」

「あ〜、カエルもなかなか馬鹿にできないぞ〜。殺されちまうからな」

そう言い放って2人の方を見てにやっと笑ってやったら、2人は大声をあげて余計に泣き出した。


「あ〜あ。だから寿もリョータも、これからやらないって神様に約束すれば、絶対許してもらえるよ」

「・・・・ぜったいかよ・・・??」

「うん、ぜったい。だから、もうこんなこと、しないよな??」

「・・・・・・わかった・・・」


・・・・・どうしたらやめさせられるかと咄嗟に頭に浮かんだ話を使ってしまったが、
どうやら寿とリョータには効果を発したようだった。

カワイイとこ、あるじゃねーか。


「・・・藤真さん、ありがとうございます」

宏明が頭を深々と下げてきた。

「いや、オレはなにもしてね〜よ」

この傷だって、1年も前にバスケの試合中にやられたものだった。

「いえ、やっぱ藤真さんはすごいです。さすが寿たちの母親代わり・・・痛って!!」

「こら、母親はないだろ、宏明くん??」

「いやはや・・・・・」


でも、寿やリョータたちが自分に母親のような役割を求めているってことは薄々感じていたし、
自分でも本来の世話好き、小さい子好きから、そのような役割を担っていると思う。

魚住家には、母親がいない。

今から5年も前、五男を生んですぐに彼らの母は他界したのだ。
・・・・・・・こいつら、まだ小さいのに。寂しいんだろうな。
自分にも父親がいないから・・・・・。


そんな風にまた感傷に浸っていたら、急に後ろから小さなタックルをくらわされた。
というか、勢いよく抱きつかれた。
「おっっ・・・・・」

「楓!!」

・・・楓。こいつが魚住家五男。
無口で大人びているようにもみえるが、一番年下。まだまだ甘え盛りだ。


「こら楓。藤真さんから離れろ!!」

「いいよ宏明、構わないさ。おはよう、楓」

「・・・・・・・きょーも・・・」

「今日も、なんだ??」

「・・・・きょうも夕がた、あんたン家いくからな」

「ああ、いいぜ」

「月光仮面、みせろ」

「ははは。目的はそれか・・・いいぞ、見に来いよ」

「ちげー。バカ・・・・」

当時はテレビが・・・白黒テレビが発売されたばかりで、
一台200万円から300万円もした。

うちにはほとんど見ないのに何故かあった。
逆に、楓たちのうちにはなかった。

・・・・そんなに意識したこともないが、
それだけ藤真家の暮らしは裕福だったのかもしれない。

「こらっっ楓!!藤真さんになんて口の利き方だ!!」

・・・・またいいって言ってるのに宏明が怒り出した。

まったくいつも賑やかだ。

こいつらのおかげでオレは、
兄弟いなくても、父親いなくても、
寂しいなんて、ちっとも思ったことないんだ。


「お、遅刻しちまう!!・・・オレもう行かなきゃ」

「え、藤真さん今・・・え〜!?オレもヤバいです!!」

「ホラ、おまえらも早く学校いけ!!」

「わかったよ〜〜」

「いってきま〜〜す!!」




こうして、オレたちはそれぞれ学校、仕事に、いつものようにでかけていった。

あ、そういえば今日越してくるっていう男のことを聞き忘れたな。

まぁ、それも。

もう少したてば、わかること・・・・・・・・・・・・・・・。








カエルのお腹を膨らましてパンってのと、ザリガニの話は実話です。
昔の子供は、そうやって遊んでいたらしいですよ。
逆にそういう惨酷なことを幼いころにしていたので、
命の尊さってものもわかっていたんだと思います。

このお話は台風がくる前のお話です。
となりの魚住家に引っ越してくる高校生とは・・・・・??
次回に続きます。





 
   




君よ、共に。