嗅覚テレポーテーション第4話  
できない相談

 

「今夜は朝まで飲むぞー!!かんぱーーい!!」

一体何度目の乾杯なのか。
20人程の団体は、完全に出来あがっている。

本日の発表の打ち上げ、と称して80人程で会社近辺の福利厚生施設で酒の席があり、
その後、2次会と称して今、何故かM駅近くの巨大クラブにいるのだ。

クラブとは、もちろん部活動のことではない。
DJがいて、酒が出て、男女とも開放的に熱気ムンムン夜中踊り明かす、ダンスホールのことだ。

ちなみに牧がクラブに来たのは人生で今夜が初めての事だった。
・・・爆音に、耳がじんじんする。こんなところに、長くいられる気がしない。

1次会の打ち上げに来ていたのは全員が役職持ちで、発表者は全員で8名だったから参加者のほとんどが関係ないわけだが、つまり皆、騒ぐ口実が欲しかっただけだろう。

牧は酒をほとんど飲まないし(好きでもないし、強くもない)こういう席も不得手な方だから
参加するつもりはなかったのだが、何と、藤真が一緒に出てくれと頼んできたのだ。

藤真が牧に頼みごとをするなんて、珍しい。
さすがの藤真も、役職持ちの中では極端にひとりだけ年下なので心細いのかもしれない。
・・牧は、すぐに行く気になった。

だが、さすがに2次会まで参加するつもりではなかったのに・・。

藤真も発表前は連日残業・・それこそ今週はずっと徹夜に近い状態で、
相当疲れているだろうし、帰りたかったはずだが、広報部の香坂室長が離さなかった。

・・香坂室長は、藤真に相当入れ込んでいる様子で
1次会でも隣の席をキープして、べったりだった。

ちなみに”入れ込んでいる”とは、広範囲の意味が含まれる。
藤真のカリスマ性にも・・・性的にも?
カンベンしてくれよ、と牧は思う。

香坂室長は牧たちより一回り年齢が上。
それでもキマっているし、よくモテる。

有名ブランドでモード系に固めている、スポーツ選手みたいだ。
実際、学生時代は大学でサッカーをやっていたらしく、名前のある選手だったらしい。
また、バブル時代経験者だけあって
派手で血の気が多く、
大人の遊びをたくさん知っている。社内で女の噂もいくつかあった。

ちょい悪、と呼ばれているが、悪いのが果たして”ちょい”程度なのかはわからない。
そういう方面で悪いのは・・ちょっとではない気がする。

もっとも牧はそういう方面のことに疎かったし、あまりわかりたくもなかったけれど・・。

とにかく、この2次会会場のこのクラブを提案したのは香坂室長だ。
・・ノッってきたのはまだまだ遊び盛りの30代中心。
いずれにせよ1次会も2次会も、牧と藤真がその集団の中で1番若年者なのであった。
そして香坂室長に引っ張られるように2次会へ連れて行かれようとしていた藤真が、
牧のジャケットの裾を引っ張って離さなかった。

やれやれ・・・と、牧は1人溜め息をつく。
しかしさすがに、この状況で藤真をひとりにするわけにはいかない。


「藤真!と、牧くん」

2人に呼び掛けるテンションがあからさまに違う室長。解りやす過ぎる。

香坂室長が近寄ると、ムスク系の香水の匂いが
フェロモンのように微かに鼻腔をかすめる。
強い、雄の匂いの象徴。

・・・これに、女性社員たちはイチコロってワケか。  

「君たち2人は同じ部署で、同期なんだろ?エンジン部の双璧って有名だぜ」
「はぁ、大袈裟ですよね」
「謙遜するなよぉ二大巨頭!みんなそう呼んでる。1課の牧、2課の藤真。
あ、1課の帝王・牧に2課の女王・藤真、だったかな?」
「え?」
「香坂さん!それはちょっと」
「はっはっは、冗談だよ、冗談!」

・・・バーカウンターで室長は牧と藤真に酒を勧めた。

牧には好きなものを選んで良いと言ったが(牧はウーロン茶を選んだ)、
藤真には「おまえには、俺がぴったりの酒を選んでやる!」と得意げに呼びかけ、
おもむろに藤真の腰をグッと自分の方に引き寄せた。
おいおいおい・・・!

「・・これは、ブルームーン、青い月って意味のカクテルだ。
このロマンティックな淡い紫色が良いだろ?藤真の色だよ。藤色だ」
「・・・はぁ」

室長から出されたカクテル。
藤真は猫が一点を凝視する時のように、それを穴が開く程見つめている。

「Once in a Blue moon と言う言葉がある。
極めて稀なこと って意味さ。実際青い月が見られるのは非常に稀なことなんだ。
3年に1度とも、5年に1度きりとも言われている。それくらい、有難いってこと」
「はぁ・・」
それって・・何だかおまえみたいだろ?藤真みたいな人間、他にはいないからな。
・・それにこのカクテルには”完全な愛”って意味もあるんだ」

歯の浮く様なことを次から次へと・・何言ってんだか、香坂室長!
牧は、隠そうともせず呆れた顔をさらしていた。

・・・この人、藤真のことを本気で口説くつもりか?
「はぁ・・・」
しかし熱のこもった室長の言葉にも、当の本人の藤真は相変わらず気の抜けた返事しかしない。
・・・こいつ、大丈夫か??
普段は酒に強い藤真でも、疲れていればもろにアルコールをくらってしまうのかも知れず。

「藤真。本当に広報部へ来ないか?おまえは絶対にうちの仕事に向いている」
室長は人事にコネでもあるのか、随分と無茶なことをさらりと言ってのける。
「はぁ」
「・・それに、それとは別に。
何度も言うが、藤真という人間自体に俺は興味があるんだ。
・・・今夜、この後俺の部屋で2人で飲み直さないか?」

隣にいる完全に牧を忘れたように、香坂室長の口説きに拍車がかかる。
し、室長、さすがにそれ以上はいけません!
「はぁ」
藤真は相変わらず室長のカクテルに関するウンチクと織り交ぜられた口説き文句を、
うつろな目で流していた。 聞いているとも聞いていないともとれる態度で。
「なぁ、良いだろ」
良くないだろ!!・・・牧は1人、心の中で突っ込む。
「室長!!」ついに溜まりかねて牧が意見しようとすると
・・突然藤真が
差し出された ブルームーン を
一気に ぐびっ と飲み干した。
そして空になったグラスをバーテンダーに返し、
「御馳走様でしたっ」 と室長に向かって豪快に頭を下げる。

「藤真??」
呆気にとられた香坂室長は目が点だ。
牧も、例外ではない。

「ブルームーン・・以前に飲んだことがあるのを、思い出しました。
ご存知でしたか?このカクテル、”完全な愛”って意味もあるけど、
まったくの逆で”できない相談”と言う意味も、持ち合わせている事を」
「”できない相談”?」

「はい。解釈は”あなたの愛の告白を受けることはできない”、
”あなたとその相談、つまり恋愛はできません”、

言ったところでしょうか・・・今の私の気持ちと、一緒ですね」

一気にそう捲し(まくし)立てると、

「牧、行くぞ!」と
茫然としている香坂室長をバーカウンターに置き去りに、
同じく茫然としていた牧の手を引いて、大股で歩き出した。



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BGMは、櫻井翔の Fly on Friday で。
ブルームーン

「ブルー・ムーン(現象)」とは

①ひと月のうちにある二度目の満月のこと(通常、一ヶ月に二度の満月はない)。
大気中の塵の影響により月が青く見える現象のこと。
次に観られるのは2013年8月という説と、2015 年7月という説がある。



「ブルー・ムーン(カクテル)」とは

一ヶ月に二度の満月、または青い月を見ることは大変難しいため(3~5年に1度と言われている)、
19世紀半ばには"once in a blue moon"は「極めて稀なこと」「決してあり得ないこと」といった意味で使われる慣用句となった。
この「極めて稀なこと」「決してあり得ないこと」から派生し、ブルームーンは「できない相談」「あなたとお付き合いしたくありません」という意味で口説きの断りに使われるようになった。
だが一方、「完全なる愛」という意味もある(材料とされているバイオレットリキュールの商品名が「パルフェタムール (フランス語で: Parfait amour:完全なる愛)」であるため、そこから言われるようになった)。
残念ながら、前者の意味で飲まれる事が多い・・・らしい。
薄紫色で、とても美しいカクテル。ジンベース。




2013.04.14


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