ウエスタン・シビィライゼーション at Ramen House
 


「あー、食った食った!・・でも、まだ食べれるな」
「いつもながら、ぎょうさん食うわな」
「おまえは、見かけによらず少食だよな」
「おまえが見かけによらず大食いなんや」
「そーかね?」
「ここの、普通でも量多いやろ」
「えー!?そうかぁ?こんなの、甘くね?」
「自分、替え玉するか」
「いいの?」
「そんくらい、好きにせや」

岸本のそのセリフ気をよくして、店員を呼びとめようとした藤真だったが
その時ちょうど店内のテレビでK電産のCMが流れ出した。
K電産製の代表的な生活家電から自動車が映り、最後はロケットが飛び立つ。
そして優しい男性の声で
『私たちは、技術で理想の未来を形にします・・・K電産』とナレーションが入って終わった。

・・・岸本と藤真は、共に無言でそちらを観ていた。

「・・・はー」
深いため息とともに、藤真は箸を置いた。
「ん?どうした。替え玉はいいんか?」
「もう、今のCMでお腹いっぱいんなった。ていうか胸やけしてきた」
「何やて?」
「胸やけだよ。もう、退社後まで会社のCMなんて観たくない。興ざめした」
「・・藤真からそんなセリフ聞くと思わんかったわ」
「何。俺、そんな会社大好き人間に見える?」
「少なくとも、嫌いにはみえんな」
「・・まぁ、どちらか言えば好きな方だろうけど・・
それでも、大好きではないさ。忘れたい時だって往々にある」
「・・なのに俺とおったら、忘れたくても嫌でも思い出すな」
「あっ、そっか。同僚だもんねおまえ。忘れてたわ」

・・・鼻の下を無造作にこすりながら、そういって笑う。
その横顔が、学生のようにあどけなく、
岸本は自分が学生時代に戻ったかのように錯覚してしまいそうになる。
少なくとも、ふたりでこうして過ごしている時、藤真は
『エンジン生産技術部2課の藤真主任』ではなくなっている。
一筋縄ではいかないはずの曲者インテリ集団を、
一糸の乱れもなくまとめ上げる若手のエリート社員には。

本日ふたりで訪れたのは、会社の最寄り駅近くにある
豚骨魚介のつけ麺屋『五感』。美味いのだ。いつものように、カウンターに座った。
このつけ麺屋に来たのは、久しぶりで。
以前は2人でちょくちょく行っていたのに、
ここのところお互い忙しくて、ろくに顔もみていなかった。

岸本は今となれば、藤真との会社での最初の出会いもよく思い出せない。
社内で・・・確か藤真が入社した年、研修期間中・・西工場に工場実習に来た時、話したのが最初。
あの時、自分はもちろん藤真のことを覚えていて、藤真も自分のことを覚えていて、
お互いそれなりに驚いたものだった。

お互い現場と設計で土俵が違ったが、携わる製品が同じで。
仕事で時々関わるようになり、気がつけばたまに一緒に食事に行き、
それなりにプライベートなことを話す仲になっていた。
いや、プライベートを話しているのは岸本だけかもしれず、藤真はもしかしたら
ほとんど岸本に打ち明けていないのかもしれないが。
それでも、岸本が藤真について知っていることは、それなりに多いと自負している。


・・回想に浸っていた岸本を、藤真の気まずそうな声が引き戻した。
「この間は、悪かったな。本当に・・」
「もう、やめ。おまえだけのせいじゃあらへん。
俺も、俺らの方もいかんとこぎょーさんあったわ」
「いや、ないだろ。おまえにも、あいつらにも・・あれ?
じゃあなんで俺がおまえにメシ奢られてるんだっけ?」
「やからそれは」
「まぁ、奢ってくれるっていうものは、素直に奢られるけど」
「・・相変わらずえー性格しとるのぉ」
「だろ?」

あの日・・怒りを抑えておけなくなった岸本が、
藤真のいるA館14階、エンジン生産技術部に乗り込んだ。
ひとりで向うつもりだったが、同じく憤慨する同僚たちも行くと言って聞かなかった。
・・普段は岸本の指示に逆らう事などないのに。それだけ、周りも限界だったのだ。

だが、そこで突然部下の赤塚が倒れて。
藤真が、てきぱきと応急処置をしてくれた。
あの後産業医たちが来て、担架に乗せて赤塚を運んで行ったが
その時にはもう、本人も意識もはっきりとして受け答えをしていた。
診断は藤真の見立て通り、貧血とのことで。
・・赤塚は、かつての岸本と同じで工業高校を卒業してすぐに
K電産に入ってきた2年目社員であった。
1人暮らしをしているのだが、何と、長きに渡ってまともな食事を取っていない事が判明した。
倒れるという事態に陥る程に・・・。


「この前はほんま、ありがとうな。赤塚のこと」
「ん?・・ああ、あの時倒れた坊のことな。
良かったなただの貧血で。しっかし、今時の日本で栄養失調直前だったって?」
「ああ。メシを食うのが面倒だったらしいわ」
「俺の食欲を分けてやりたいよ。最近の若者は、生に執着がないのかね」
「よおわからんが、それも一種の病気やろな。人騒がせなやっちゃ」
「俺に飯奢る前にそいつに食わせてやれよ。管理責任問われんぞ、現場監督!」
「む・・」
「あれ?で、俺、何でおまえにメシ奢られてるんだっけ?もう食べちゃったけど」
「しかも飲んだしな」
「だって、麺にはビールだろ」
「だって、の使い方がよくわからん」
「おまえみたいなコテコテの関西人にはちょっと難しいかもね~」
「・・そういう問題やないやろ」


藤真をここに連れてきたのは、赤塚を救ってくれた礼だ。
もちろん、それ以外で、自分が単に久しぶりに藤真と食事に行きたかったという他意もあったが。


「藤真、おまえ、やっぱすごいわ」
「ん?」
「赤塚が倒れた時・・動けへんかったわ俺。
気が動転するって、ああいうこっちゃな。情けないし・・恥ずかしいわ。
だけどおまえはあないにキビキビ動いて、助けてくれた」
「ああ、あれね・・・気にするなよ。俺が動揺しなかったのは、
きっと単にあの坊が、俺の知らない人間だったからだぜ」
「・・どういうことや?」
「あれが知ってる相手だったり、自分の身内だったりしたら、
情が先に動くからやっぱり俺も、固まっちまったと思うからさ」
「そうかぁ?・・それに、あの後、結局おまえひとり謝りにこさせてしまって」
「だって、おまえらの当初の目的は、それをさせることだろ?
それで、設計室まで乗り込んできたんだろ?」
「・・おまえひとりにさせる気はなかったわ」
「そうかもしれないけど。まぁ、いいよ。こっちが悪かったし」
「もうええって・・十分や」

あの後、赤塚が診療所に運ばれて行って
どうやら大事はないらしいとわかって皆がほっとしていると、
「さぁ、行こうか」と藤真が先陣きってすたすた歩き出した。

「ちょっと待・・!行くってどこに?」
「え?もちろん西工場に」
「ええ!?」
「何故、驚くんです。今すぐ、行きましょう」
「・・もう、ええわ!メンバーには俺から話すで、来んでええ!」
「何、言ってる。大事なオトシマエだろ。行って当然さ」

同僚の赤塚を助けてもらって工員たちはすっかり戦闘意欲を削がれてしまったというのに、
そのころには藤真は、すっかり皆の前で謝罪する気になってしまっていた。
清田や伊藤、他1課2課社員たちが幾人も
「俺たちも連れて行って下さい!一緒に謝ります!」とぐずるのをなだめすかして
「こいつらは勘弁してやってください」と岸本たちに頭を下げ、
結局300人もいる工員の不満・怒りが渦巻く渦中の西工場に、藤真は単独で謝りに来た。

・・西工場のエンジン製造ライン。
拡声器を持ち、ラインを止めた皆の前へ出る。
『エンジン製造部の皆さん、初めまして。私はエンジン生産技術部所属のエンジニアで
2課の主任をやっております、藤真と申します。本日は皆さんに謝罪がしたくて参りました』

・・・あの時の藤真の挨拶は、ずっとあとまで忘れられそうにない。

『本来ならばもっと早くに訪れなければならないところをこのように遅い訪問となってしまい、
無礼をお許しいただきたいです。本当に、申し訳ありませんでした。
・・しかし、図々しいのは承知で、どうか今回の納期に間に合うように、
皆さんのお力添えをいただきたいのです!このW車向け新型エンジンには
K電産の今後の社運がかかっていると言っても過言ではないのです!・・・』

・・結局、藤真の言葉が終わった後には誰も悪態1つつかず、
それどころか皆やたらやる気になって持ち場へ戻って行った。
納期に間に合うか間に合わないか・・終わってもギリギリだと思われていた作業は
なんと、丸1日早く完了してしまったのだった。
あれが、藤真のカリスマ性の成せる技なのだろうか。

岸本は盗み見るように自分の左側に座る藤真を見た。
(藤真は、左利きで腕が当たるから、と言ってカウンターでは必ず岸本の左側に座った。
そしてそれは空いていれば必ずカウンターの一番隅の席で、藤真の左側には誰も座らない)
・・ぐびっとビールのジョッキを掻きこむ藤真。
遠慮がちに出た白い喉仏が上下するのが・・やけに色っぽいと思った。

「俺さ~、慣れてんだよね。謝るの。思えば、
学生時代からみんなに謝ってばかりの人生だったなぁ」
「何やそれは」

高校時代の、バスケ部のことを言っているのか。
3年の時には、選手兼監督をやっていたと噂で聞いている。
そこで、謝ったと?
バスケ部・・藤真がいた神奈川の翔陽高校と、岸本がいた大阪の豊玉高校は、
共にバスケの強豪校で、高校2年生の時にインターハイで対戦したことがあった。
鮮明に、覚えている。
その時に・・・藤真は・・自分のチームメイトに・・親友に・・左のこめかみを・・・。
もしかして藤真がいつも自分の左側に座るのは、左側を、取られたくないからなのか?
もしかして・・・トラウマ――?こいつに?

「あのさ~、3課の、不良出したやつなんだけどさ」
・・色々想いを巡らせていた岸本にはまったく気付かず、藤真がおもむろに話出す。
岸本は、少し慌てた。
「お・・おお」
「そいつのこと・・何か聞いてる?」
「いや」
「そいつ、まだ2年目で・・全然慣れてなくて。
あ、もちろんだからと言ってミスが許されるワケじゃないけど。
だからこそ、先輩や上司みんなでサポートしてやるべきだったのに、
みんな自分でいっぱいいっぱいでザルチェックでさ。ダメだよな。
そいつ、3ヶ月くらい前から調子悪くて、心療内科にも通ってたみたいなんだ。鬱っぽくてさ。
上司も、通院のこと知らされてなかったし、気付かなかったらしい」
「・・・そうか」
「うん・・結局そいつ、今回不具合出したことで完全に病んじまったみたいで、
しばらく会社休むことになったよ・・みんなでそいつのこと、潰したようなものだな。
不具合も見つけられなかった上に、後輩まで潰しちまった」
「それは、気の毒やな」
本気でそう思った。自分の部下でも、心を病んで休んでいる部下がいる。
そういった時、岸本は自分の無力さにほとほと嫌になるのだ。
・・先輩なんて、上司なんて、何のためのものなのだろう、と。

「後輩は可愛いけど、先輩や上司って立場は辛いよな」
「辛いか。藤真主任」
「んー、たまにしんどい。岸本現場監督はどう?」
「俺か・・どうかな~。普段は何も考えんと、仕事こなすのが精いっぱいやけど
ふと我に返った時なんかに、俺、こんなんでええんか?
監督って名前だけちゃうか? って思うな・・・特に、今回みたいな時は」
「・・岸本でもそういうこと、思ったりするんだぁ」
「その台詞、まんまおまえに返したるわ。藤真でもそんな弱気なこと言うんやな」
「言いますとも~・・清田のこともさぁ」
「・・清田言うんは、ロン毛黒髪のあいつやな」
「そう、ロン毛。おまえよりは随分短いけど」
「じゃかあしいわ・・にしてもあの若造、鼻息荒かったなぁ」
「あいつ、同期なんだけど年は下だしコースも違うから、
一応俺が上司ってことになってるんだけど」
「一応、って、おまえが上司やろ」
「うん。そうなんだけど・・こないだは、みんなの前できつく叱り過ぎなぁ」
「・・あんなんで萎れるタマやないように見えたけどな」
「そうそう、いつもは注意すると ずーん ってめちゃくちゃ落ち込むんだけど、
その後すぐに立ち直って、逆にめちゃめちゃやる気出してくれんの。
”リベンジさせてください!”みたいな。超可愛くね?」
「可愛い・・かぁ?」
「可愛いじゃんよ。でもなぁ。今回、何かまだ元気ないんだよなぁ。
俺も・・頭にきたっていうより、悲しかったっていうか・・
何よりも、清田にいい加減な考えのまま働いてほしくなくて・・
つい・・でも、感情的になりすぎたな。もっと言い方があったよ。反省しちまう」
藤真は長い睫毛を伏せて、口元に左手をやり、考え込むような様子を見せた。
岸本はそれを見て 羨ましい と思った。
会社のことなど退社後は忘れたいと言っている上司の藤真に、
こうして真剣に考えてもらえる、部下の清田が。だが。

「・・ある意味、おまえの後輩たちは可哀想かもなぁ」
「可哀想?」
「上司が優秀すぎるってのも、部下は辛いやろ」
「どういう意味?」
「例えば上司が無能だったら、反発して、下同士で結託すればええ。
共通の敵がおるっちゅうんは強いで。共通の味方がおるよりずっと。
部下同士の横の繋がりが強くなるんや」
「・・なーるほど、それはそうかも」
「やけど逆に、上司が優秀すぎると下が委縮する。
先輩ってだけで年功序列でも経験でも勝てへんのに、
さらにそいつが完璧だったら、自尊心を保てる隙っちゅーか、口実がどこにもあらへん」
「俺が優秀すぎ、完璧、っていうのはすぎる言い方だと思うけど」
「奇遇やな。俺もたった今、そう思えてきたわ」
「・・は?何。俺今、褒められてたんじゃないの?けなされてたの?どっちだよ」
「俺も、どうしたいんかわからんくなってきたわ」
「おまえって・・変なヤツ!知ってたけど!」
そう言って、屈託なく笑う。

だって。
藤真は、会社では優秀すぎる上司だが、実は驚くべきところが抜けていたりする。
(それを会社の人間に簡単に見せたりはしていないと思うが)
その片鱗は、このつけ麺屋でももちろん垣間見えているワケで。
もしかしたら、仕事で集中力や持続力を使い果たしてくるから、反動でプライベートの時には子どもっぽいのかもしれない。

例えば――、藤真は、車の仕事をしているくせに車に興味がなく、それらの名前が覚えられない。
覚えようとしている感も伺えない。

岸本はそれを如実に表す、小さなエピソードを思い出した。
岸本渾身の愛車、赤の”アルファロメオ”に藤真を乗せた時だ。
『この車、何て言うんだ?』ときたものだ。

『・・アルファロメオを知らんのかい!?車屋のくせに!』
『え、だって俺の担当製品じゃないし・・それにしても不思議な名前だな』
『不思議やて?』
『藍色のシャツを着たロメオ』
『は?』
『・・みたいな名前じゃね?』
『みたいじゃ、ないやろ!それはブランキーの歌やろ!!』
『ブランキージェットシティーのこと好きな人が乗る車なのかな?』
『・・・・・・・!!』

藤真は驚くべき所で抜け落ちていて、突然子どもっぽくなり
そして、言葉遊びが好きだ。
おかげで、岸本の自慢の愛車も彼の前にはかたなしであった・・・。

今も藤真は、すでに麺がなくなったと思われる濃厚スープを箸でぐるぐると
お世辞にも行儀が良いとは言えない仕草でかき混ぜながら唐突に
「・・なぁ、聡は元気にしてるか?」と上目遣いで問うてきた。
とても26歳の男がやる仕草には見えない。
大きな潤んだ瞳に捉えられて、少したじろぐ。

「・・聡は、元気過ぎるくらい元気や。で、相変わらずおまえのことばっかゆっとる。
”藤真はどうしとる?藤真に会いたい”ゆとるで。会いに来たって」
「まじかぁ、嬉しいな。俺も聡のこと好きだもんなぁ、両想いだなぁ」
「ほー、さいでっか」
「でも、聡には将来的にもっといい相手が現れると思うんだ。俺なんかより」
「・・ガキ相手に、しかも男相手に真面目な受け答えすんなや。
ガキは嫌いやゆうとったんは、どこのどいつやねん」
「子どもは基本、苦手だよ。だけど、聡はひとりの人として好きだもん」
「ほー」
「それにあいつ、全然ガキっぽくなくね?妙に落ち着いてる。何でだろ?」
「まぁ、親から見てもそう思うわ。誰に似たんやろか」
「精神年齢的にはたぶんおまえと同じくらいだろうな」
「・・何やて?」
「だっておまえと聡が一緒にいたって、全然父親と息子に見えねーんだもん。
いや、見かけはそう見えるけど、話してるの聞いてると受け答えが同レベルだもんね。
親子って言うより、兄弟とか同僚って感じだな」
「それは聡の精神年齢が高い、言いたいんか?
それとも俺の精神年齢が低い、言いたいんか?」
「どっちかな」
「どっちなん?」
「・・どっちも、かな」
「こいつめ!!」


サトシ・・聡、というのは岸本の6歳になる小学1年生の息子のことだった。
実は岸本は、19歳の時に1度結婚をしている。いわゆる、できちゃった婚というやつだ。
紆余曲折あり、その生活もわずか3年ほどで破綻し、今に至るワケだが。

「聡のヤツは最近、野球に夢中や。土日は少年野球チームに行っとるからな。
あいつの行っとる小学校は、4年生になると部活動始まるんやけど、
あいつ絶対野球部に入るて言いよったわ」
「へー、いいじゃないか野球部」
「何でやねん!理解できへん・・・バスケ部違うんかい」
「・・子どもは親の思うようには、ならないものだなぁ」
「何呑気なことゆってんのや!もとはと言えば、おまえのせいやぞ」
「え?なんで?」
「おまえ、前に聡と堤防でキャッチボールしたやろ」
「ああ・・そんなことあったな」
「それや! 俺も藤真みたいなカーブ投げたい! ゆうてな」
「聡・・そう言えばあの時、そんなこと言ってた。でもまさか、それで野球を?」
「そのまさか、や」
「・・こういう場合、責任とった方が良いのか?」
「ほー、どないしてくれるん?」
「責任取ると言えば、けっこん、とか」
「アホか」
「聡が18になるまであと12年か・・げ!俺、38歳!?
あ、意外と げ って言う程の年でもないか・・まだ若い。いけるよな?」
「何にいけるんや。聡はやらんで」
「えーっ、何でだよ両想いなのにぃ」
「男同士は日本では結婚できひん」
「これだから一般人は・・明治時代のあの文豪も言ってるぜ、
”結婚について神の定められた法律はただ一か条ある。曰く、愛!”バーイ、石川啄木!」
「・・まともに答えてる自分がアホらしなってきたわ・・でも聡が本気やで、悲しいかな笑えへん」
「本気?」
「あいつ、小学校でモテるみたいなん」
「そりゃ、おまえに似ずにあのルックスに育ったからな。良かったな。
それだけでも、充分親の義務を果たしたと思うぞ」
「おまえ、さっきからちょくちょくムカつくわ」
「・・とにかく聡が美少年ってことは、俺も知ってるぜ」
聡は岸本に似ておらず、ジャニーズ系なのだ。
赤ん坊の頃は ”笑えるくらいお父さんにそっくり!” とよく言われていたはずなのに。
・・しかし成長すればするほど自分に似ている要素はなくなり、
今では耳の形と髪の質くらいしか似ていない。。
しかも元嫁にも少しも似ていないので、遺伝子というのはよくわからない。
「その美少年の俺の息子が、クラスの女子を全然相手にせんらしい」
「まだガキだからだろ?」
「いんや」
「野球に夢中だから?」
「ちゃうわ。それもおまえのせいや!」
「何?また俺なの!?」
「・・”クラスの女子なんて、藤真に比べたら鉛筆か消しゴムくらいにしか見えん”のやて」
「ぷーっ!何ソレ!!その例え笑える!!」
「笑ろうてる場合か!・・あいつは本気なんやぞ。俺はどないすれば良いんじゃ!」
「あーごめんごめん・・そんなの、今だけだろ。放っとけよ。そのうちすぐに忘れる」
「だとええがな」
「あー、にしても俺って罪な男ぉ」
「死罪やな」
「無理。軽罪にしてくれ」

・・聡は本当に、そのうち忘れてくれるだろうか。
だが、血は争えないと言うではないか。
今、岸本自身が藤真に対して抱いているこの感情。
遺伝子的に息子が持ったとしても、おかしくはない。
この自分の気持ちがあるからこそ――、だからこそ、
子どもの言う事と言えど、笑い話で終わらせられない気がしてしまう。


「先週は、W車向け製品の切羽詰まった納期のせいで夜勤もしてたんだろ?」
「そやな」
「そういう時、聡はどうしてんの?24時間保育って小学生になっても預かってくれんの?」
「・・ゆってなかったか?半年前から俺のお袋、こっちに来たん」
「え?そうなの?」
「ああ。だから聡の面倒はお袋が見てくれてる。今、社宅に3人で住んでんのや」
大阪で生まれ育った生粋の関西人である母親は、その地を離れることを最後まで渋っていたが
父も数年前に他界し、岸本の姉夫婦も転勤で九州に行ってしまい、
いい加減ひとりが寂しくなって、ようやく決心がついたらしい。
今では、デパートにしょっちゅう出かけていて、「関東も悪くないやん」なんて
結構ご機嫌で過ごしている。
何より、孫の聡の世話ができるのが彼女の生活にハリを与えているようで、良い影響だった。

「そいつは良かったな」
「ああ、俺も保育所やら学童やら、気を回さんで済むし大助かりや。
何より聡もお袋も楽しそうにしとるで、こうなって良かったわ」
「うん、本当に良かった・・・おまえの母親って、おまえに似てるの?」
「似とるっちゅうんは、昔ちょくちょく言われとったな。
バリバリの関西人やで。ヒョウ柄とショッキングピンクが好きやねん」
「何かすげー強そう!!」
「1度、会いに来たってぇな・・・あ、あかんかな。
聡どころかお袋までおまえに骨抜きにされたら敵わん」
「え?俺、そんなにすごいの?」
「おまえは外面ええもんな。猫っかぶりやもん」
「むっ、猫なんてかぶってないぜ・・それにしても、どうしようかなぁ。
今流行りの熟女か、これまた流行りの年下男子か。究極の2択、迷うなぁ」
「迷わんでええわ!!・・そう言えばおまえ、犬飼っとるらしいな」
「え?・・ああ、聡から聞いたのか」
「聡が見たいゆうて、騒いどったで」
「・・まじかぁ、どうするかな」
「犬、なんて1人暮らしで飼えるんか」
「まぁ、何とかなるもんだぜ」
「・・おまえ、世話してくれるやつとかおるんちゃうか?」
「そんなのいねーよ」
「そうか?今は・・その、おらんのか?」
「何?」
「だから・・お付き合いをしとる人は」
「・・ああっ!もう!!どのツラ下げて お付き合い とか言うんだよ!気持ち悪いやつだな!」
「む・・」
「聞くなら聞くで、もっと単刀直入に聞けよ!おまえに含みは似合わねえんだよ」
「き、聞いていいんかわからんかったから!」
「・・・もしかしておまえ、気ィ使ったの?」
「あ?」
「・・もう、大丈夫だから。あれから何年経ったと思ってんだよ」
藤真が、長い睫毛を伏せた。

・・岸本には、藤真が言っていることの意味がわかっていた。
むしろ、それを知っていたからこそ藤真のそういった方面のプライベートに
踏み込めなかったワケで。


確かあれは・・3年ほど前だった・・海岸通りのラーメン屋で鉢合わせしたのだ。
藤真と・・あの男に。

『おまえは・・・!!』
『・・どっかで・・あー、思い出したわ!豊玉の岸本、やろ自分?』
『岸本・・』
『藤真、何でこいつとおるん?』
『まぁまぁ。僕、大学から関東に来とって。で、就活で偶然藤真くんに会ってな、意気投合や!
それからやな。ちょこちょこ2人で会うてるんわ』
『ちょこちょこ、やて・・?』
岸本の戸惑う様子を余所に、その男は薄くニヤリと笑って、藤真に『なぁ』と同意を求めた。
藤真は、少し困った様子で・・男のその言葉には答えず。
『岸本は今、俺と同じ会社で働いてるんだ』
その関西弁の男に事情を説明する。
その様子に、 順番違うやろ。まずは、俺の方にせんかい ・・と、岸本は頭の中でひとり突っ込む。
まずは自分に事情を説明してほしかったのに。藤真の口から。
『ああ、それ。前に聞いたで』
色素が薄くて妙に清涼感のある、まるで韓流俳優のようなその男は
藤真の言葉にそう言って微笑み、わき腹を肘で小突く。
・・久しぶりに身近で聞いた関西弁は、同胞であるはずなのにまったく懐かしさを感じない。
藤真といるその男の使う言葉は、京都寄りの訛りがある。
岸本の使う、こてこての大阪ミナミの関西弁とは、異質のものに感じる。
『藤真・・おまえ』
どうしてそんなに、気まずそうに振る舞う?
そして岸本自身も、すぐにこの場を去りたいくらいに気まずかった。
この時間にこの店に来てしまったことを、後悔した。
知らないままでいたかったのに、知ってしまった。もう、戻れない。
『こんなとこでバッタリあったのも何かの縁や。
異郷で同じ関西人に会うっちゅうんは、えらい嬉しいな。
せっかくやし、一緒しようやないの』
岸本と藤真の重たくてだるい空気感が漂う中、
京都寄りの訛りのその男だけが、清々しく楽しそうに振る舞っていた。

・・あの時に、あの瞬間に岸本は知ってしまったのだ。
藤真が、あの男とただならぬ関係であることを。
直接本人の口から説明があったワケでもなかったが、わかってしまった。
いかにも曲者の、あの男のことだ。
ワザと、わかるように会話や仕草の端々に種を仕掛けていたのかもしれない。
そして、岸本がそのことに気付いたことを、藤真も気付いたようだった。
それについて藤真はその後、言い訳も隠しだてもしなかった。
岸本も、問い詰めることをしなかった・・・。

それから数ヶ月後――詳細はわからないが――
藤真とその男の関係はどうやら終わるのだが。
あの頃、あれから1年間程、藤真はいつもどこか憔悴した面持ちだった。
あの男との別れが、藤真にとってそれ程大きなものだったのか。
そのことが、無性に腹立たしい。何故、よりにもよってあんなやつに。
自分だったら、藤真にあんな顔はさせないのに・・・。


「・・岸本こそ」
「あ?」
「恋人とかいないの?再婚、とか考えないワケ?」
「・・余計なお世話じゃ。オンナは、もう懲り懲りや」
「あ、そう」
「それよりおまえや・・今はもう、そういつのことは、ええんやな?」
「・・しつこいなおまえも。もう、忘れたよ」
忘れたと言いながらも、少し寂しそうなのは何故なのだ。
「忘れた、言うんなら」
「ん?」
「今度は・・俺、なんてどうや」
「・・・はい?」
「聡やうちのお袋がアリなら、俺もアリやろ?・・むしろ、俺が1番アリやろ?」
「・・何がむしろ?むしろ、おまえだけはないだろ」
「何でやねん」
「何でも、だ!おまえがオンナは懲り懲りなように、
俺だって関西弁で同い年の男はもう懲り懲りなんだよ」
「な・・・んやて、あないな奴と俺を一緒くたにすんなや!」
「おまえだって地球上に何十億人いるオンナを一緒くたにしただろ」
「ああ言えばこう言うなや!」
「男同士は結婚できないって、さっき自分で言ったくせに!」
「結婚がなんや!俺は、結婚ももう懲り懲りや!」
「ふんっ、おまえの事情なんて聞いてねえんだよ。
いいか、だいたいおまえはオンナがダメだからオトコ、なんて
発想が安直すぎんだよ。この単細胞が!」
「単細胞やて!?」
「ああ、そうだね!寝ごとは寝てから言え。そんな甘いもんじゃないんだよ、
オトコ、抱いたこともないくせに」
「!」
岸本を見下すような視線で、薄笑いを浮かべて言い放つ。
その様子にカッとなった岸本は、藤真の右手を掴み上げて壁に押し付けた。
座ったままの小さなイスから、藤真がバランスを崩して落ちそうになる。

「たっ!・・・何するっ」
「抱かせろや」
「あ?」
「オトコ、抱いたこともないくせに、やと?
やったら・・せやったらおまえのこと、抱かせろや!!」
「!!・・何、言って」

・・そんな切羽詰まった場面だというのに、岸本と藤真が視線を感じてそちらを見ると
厨房から、若い男性店員2人が彼らの様子を猫のように目を丸くしてじーっと見ていた。

「わわっ・・・!」
慌てて離れて、うつむく岸本と藤真。
藤真は開けていたYシャツの第一ボタンの部分を左手で合わせて、首をすくめた。
その白い首筋が、頬が、紅潮している。

「こ・・んなところでバカなこと言い出すなよ!」
「バカなことやない」
「え?」
「冗談やないんや。俺は・・俺は・・。
今のは、散々考えた上のことなんや」
「岸本おまえ、自分が何言ってるのかわかって――」
「ああ。俺は、本気や。藤真」
「ウソだ・・」
「ウソやない。マジや。おまえが聡のこと、ひとりの人として好きやゆってくれたように
オトコとかオンナとかそんなことどうでもええんや・・・
俺は・・ただ、おまえのこと、ひとりの人として好きなんや・・愛してんのや」
「・・そんな・・・!」
「藤真」
「いきなり、そんなこと言われても・・」
岸本の真剣な告白を受けて
・・今度こそ藤真は、完全にうつむいてしまった。

その時、
「「「「「いらっしゃいませー!!」」」」
店の入り口が開いて店員たちが一斉に元気の良い挨拶をした。
「あーっ!!」
そして、その数人の挨拶にも負けないくらい大きな声が発せられた。

岸本と藤真がそちらを向くと・・・そこには清田と伊藤の姿があった。

「・・清田!?伊藤?」
「藤真さん!さっき仕事あがりました。ところで、岸本さん!!」
「はい?」
清田の勢いに気圧されて、つい丁寧に答えてしまう。
「先日は、大変申し訳ありませんでした――っ!!」
そう言うと、身体を深く折り曲げて、キビキビとお辞儀をした。
「清田、おまえ・・・」
「岸本さんに、ずっと謝りたかったんです。今日、会えて良かったっす。
俺、あの時、仕事ナメた発言してしまって・・藤真さん!」
「お、おう」
「藤真さんも、すみませんでした!
俺、俺・・・あんなことを藤真さんに言わせるようなこと言っちまって」
「清田・・・もういい」
「良くないです!!・・あれ、俺の本心じゃないっす。
確かに甘えてました。失敗するたびに認めたくなくて、自分や周りに言い訳してたんです。
だけど、だけど!不良を出しても仕方ないなんて少しも思ってないっす。
ただ・・・あの時は・・俺の大切なエンジン生技部が・・
俺の上司の藤真さんが、攻められてるのが見てられなくって!」
「・・俺をかばおうと思ったんだな。そんな風にかばってもらっても嬉しくないのに。馬鹿だな」
「・・はい、全然俺、ダメでした。あんな言い訳じゃ、あなたのこと守れなかった・・
それどころか、余計足引っ張るような事に・・恥ずかしいし、情けない」
「・・・なぁ、もういいから。俺も、あの時は言いすぎたから。
何よりおまえの本当の気持ちや考えがわかって、良かったよ」
「・・清田はあれからずっと悩んでいたんですよ」
伊藤が清田に 「な?」 と優しく問うた。
「・・おまえ、そういうことは早く言えよ。らしくないな」
藤真が、悔しがって沈痛な面持ちの清田の背中を、愛しそうにさする。

・・・何なんだ、この光景は。
悪くはない。感動的でさえある。
けど、何故、今日。何故、今なのだ。
毎日嫌と言うほど職場で顔を突き合わせているはずなのに、
何故ここでおっぱじめるのだ。
おかげで完全に、自分が除け者のような空気感。

おまけにさっき清田は 『藤真を守る』 と言った。
清田は、藤真を守ろうとしていたのだ。

岸本は思う。
・・・藤真は、やっぱり上司として完璧だ。
本当に完璧な上司には、リーダーには、必ず隙があると聞く。
かのパナソニック創設者・松下幸之助がそうであったと言われるように。
その隙――人間的で愛嬌のある部分を見て部下たちは、
”この上司の役に立ちたい” ”この上司を助けなければ、守らなければ”と奮起するのだ。

藤真には、その隙も備わっているということだ。
つまりその不完全さまで、完璧なのだ。
一体どこまでこいつは、完璧なんだ。
部下たちにとって、上司として完璧。
おそらく上司たちにとって、部下としても完璧。
そして、岸本にとって――?

王子のように勇猛果敢で、高潔で。
女王のように美しく、賢く。
そして江戸っ子のように人情に厚く、愛嬌がある。
そんな人物を、誰が愛さずにいられるだろう――?


「よし!今夜はとことん飲むぞ!テーブルに移動しよう・・ほら、おまえもだよ!」
「あ?俺もか?」
「当たり前だろ?俺らの大事な財布じゃないか」
「ああ!?なんで俺がおまえらの分まで出すことになってんねん!
おまえらの方がもらっとるやろ!?」
「夜勤、あったんだろ。あれは手当てがべらぼうにつくからなぁ」
「岸本さん、ごちそうさまです!」
人の良さそうな伊藤が気持ちよくそう言ったので、岸本は言葉を失ってしまった。
まったく、エンジン生技のやつらは・・・。
「岸本さん!現場の何たるかについてぜひご指南ください!!」
清田が、少し謙虚に、でも元気よく発する。
・・こいつのことを可愛いと言った藤真の言葉が、わかった気がする。
「おっ丁度いい、教えてやってくれよこいつらに!今日はエンジン喋り場@つけ麺屋だな」
そう言う藤真は、いつの間にか 主任の顔 になっていた――。

今回、思わぬ邪魔が入ってしまったが――。
それは始めから覚悟の上。
きっとこの恋は、延長戦、長期戦――。
今日はとりあえず、とことん飲むか。
この、憎めない、少し遠い同僚たちと。
この、愛すべき男と。
そう、愛すべき藤真と。

 

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終わったー!長かった。
でも、ずっと書きたかった岸本と藤真のやりとりがかけて満足です!!
まとめとしては、岸本は、子持ちっぽい!!
でも、藤真に恋している!!

BGMはやっぱり、大人っぽく、男らしくBon Jovi!!
Livin' On A Prayer と Born To Be My Babyで!!
Bon Joviの歌は、鬼のように働いてる歌が多いなぁ。男のロマン。
あと1つヘビーローテは、NEW FOUND GLORYのアルバムで RADIOSURGERY。      

(2013.03.13)

 
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