直感・トライアングルジェラシー 前編(紳一の部屋)
 

「紳一、浮気してる?」

藤田明美は単刀直入に聞いた。

「・・はぁ?」

尋ねられた張本人、婚約者の牧紳一は呆気にとられた顔でこちらを振り返った。
そんな彼の様子を少しでも 可愛い と思ってしまった自分を律して、詰問を続ける。

「ねえ、どうなの?」

「まったく覚えのないことを突然喧嘩越しで吹っ掛けられて、”どうなの?”と問われてもな」

「した?してない?」

「”してない”としか答えようがないだろ。何の話だ」

あっけらかんとのたまう、紳一の顔に嘘はない。


『明美さんに特別に教えちゃうけど、紳一は嘘がつけないの。
たまーに頑張ってついても、鼻がヒクヒクするからすぐわかっちゃうのよねぇ』

・・・義理の母親が何故か楽しそうに耳打ちしてきたことを思い出す。
そして、どうやらそれは真実であるというのも
具体例を忘れたが、半年前からの交際中のやり取りで
わずか1度か2度ではあったが・・・確証を得ている。

そう、見たまま、なんと単純な男であろうか。
だから紳一は、明美に嘘などつけないのだ。

そして今・・・紳一の鼻は微動だにしていない。
浮気をしていないというのは、嘘ではないようだ。

「事実無根だな。むしろ、
俺がそんなにモテると思っているなんて、幸せなやつだな君は」
派手に、笑ってみせる。
そして
「相手になってくれる物好きな女性もいなければ、興味も、する時間もない」
と続ける。

「あ、そう」

「聞かせてくれるか?何故そう思ったのかな?」

「だって・・・じゃあ聞くけど、これは何?」

明美は親指と人差し指で摘まんだ”物証”を紳一に突き出した。
紳一はそれがよく見えないらしく、目を細めながらどんどんこちらに近づいてきた。

・・そして、やっと認識できたらしい。

「・・・何だそれは?」

「髪の毛。紳一のじゃないよね?もちろん私のでもない」

「髪の毛・・・?」

紳一はゆっくりの瞬きを2度、した。
思い当たる節がないらしい。

「ベッドのマットの隙間に、入り込んでたの」

「ベッドの」

そこまで言うと、紳一は目を少し見開いた。
・・・これは、どうやら何かを思い出したようだ。


「あ・・ああ・・それは、たぶんバスケチームの、誰かのだな。
先輩たちが先月、みんなで押しかけて来たんだ」

あ、嘘!
鼻が、ヒクヒクしだした。
言葉も、急に歯切れが悪くなった。この男、解りやす過ぎる。


「先輩たちは、大勢来たの?」

「・・ああ!当日、突然来ると言い出して・・散らかっていたから、焦ったよ」

嘘つけ。
3日に1回、お手伝いの峰木さんが掃除してくれているから
紳一の部屋は、散らかるはずがないのだ。
それに・・・なんだその胡散臭い鼻は。


「女の人はいた?」

「は?」

「女子マネとか、チアガールとか、女子社員とか、何でもいいんだけど
その時も今までも・・・とにかく家に来た人の中に、女の人はいた?」

「・・峰木さん」
「彼女は、いいの」
「お袋」
「それも、いいの」
「・・・を除けば、君以外いない」

あれ?
嘘、ついてない。

「でも・・じゃあ、これは?」

また物証の話に戻る。

「だからそれは・・男の、だろ。先月押しかけて来たうちの誰かの」

あっ。
嘘。


ちなみに明美が疑っている髪の毛だが、長くはない。
後ろ髪だとしても、若干長めのショートか、短めのボブくらいだ。
色は、寒色系のアッシュ。外国人だったら地毛がこんな色の人もいるだろう。
明美が入れている、暖色系・・オレンジとは異質のものだ。
紳一のダークブラウンの髪とも違う。
だいたい、彼の髪の毛はもっと、硬くてごわごわしている。

この髪の毛・・・確かに、男性も有り得るだろう。

それでもこれを明美が女性のものだと決めてかかった理由は。

・・・最近、紳一の様子がおかしいことに他ならない。。
食事をしていても、ベッドを共にしていても、どこかうわの空で。
知りあってまだ長くはないが、彼がこういう表情をする人間だと知っただけで
明美は戸惑っていた。

・・紳一のことを、もっと解りやすい部類の人間だと思っていた。
嘘を鼻で見分けられるなんて、実際十分解りやすいではないか・・・と言われそうだが
もっともっと、単純明快な人間だと思っていたのだ。

そして、出逢った当初から・・そう、4月の年度初めまでは、
明美の思った通りの彼だった。
落ち込む時はガンっと落ち込んで(滅多にないが)、立ち直るのも早く、
基本、快活で明瞭。裏表がない。扱いやすい人間。

それなのに。
この半年・・・そう決めてかかっていた婚約者の、
こんなにもアンニュイな表情を見ることになろうとは。


そして事実はどうあれ。
今、明美の指に挟まれている髪の毛は・・綺麗すぎた。
女性の自分からしても、とても美しい。
自分はロングヘアが好きだし、今もそうしているが
今、自分の手にあるこの髪は、短くても十分に綺麗だ。

明美は元来、ショートカットやボブカットといった短い髪形が嫌いだった。
それは厄介なことに、個人の好みの粋を超えて、だ。

若い女の短い髪型を見ると、理屈抜きでムカつくのだ。
何と勝手な・・と言われるだろう。もっともだ。

しかし、短髪は、美人にしか似合わない。
これは明美の持論だが・・
素材だけで勝負しています、と言ったような化粧も薄く、自然派の女たちが
洗いざらしでやっているイメージがあるから、嫌いなのだ。

・・自分が美しいと、実は自覚している者たち。
しかも、それを鼻に掛けない者たち。
・・・それが逆に、鼻持ちならない!
考え過ぎだと言われようが、明美のその偏った見方は、今さら揺るがないのであった。

そしてこの、誰かが紳一のベッドに落としていった髪の毛。
・・つるつるとすべる手触りに、透けてしまいそうな色素をしている。
女性のものなのか、男性のものなのか、
前髪なのか、後ろ髪なのかすら、わからないが・・・

この髪の毛は、とにかく美しすぎた。


「誰かのって、誰の?」

「・・・何人も来たっていったろ。わからんよ」

「実際、何人来たの?」

「うーん、途中から来た人間や、途中で帰っていった人間もいたからな・・・」

紳一は、さっきから嘘をつきづめだ。鼻も、ずっとヒクヒクしている。

「何人泊まっていったの?誰がベッドに寝てたの?」

「もういいだろ、馬鹿馬鹿しい」

「逃げるの?」

「・・何だって?」
”逃げる”。紳一にとっては屈辱的な言葉だ。
勝負の世界に生きる、男にとっては。
実際、紳一の瞳の奥が一瞬にして ぎらり と光った。

「・・・もう1度聞くけど。この髪の毛、女の人のじゃないの?」

「違うと言っている」

明美の目を見て、まっすぐに言う。
嘘は、ついていない。
あれ・・・?


(じゃあ、何よ。どういうこと?本当に男の?
じゃあ何で、何を私に、隠す必要があるの?
いつ、誰をここに寝かしたの?この髪の毛、本当に誰の?)

やっとれん・・・と言い残して仕事関連の雑誌、
日経BPのオートモーティブ・テクノロジー 7月号を読みだした紳一を尻目に、
明美は晴れない心を無理矢理気分転換しようと、コーヒーを入れることにした。

・・・紳一はコーヒーが好きではないので、自分では買わない。
前に、買っておいてくれと言ったら、伝えたのと全然違う銘柄のものを買って来て以来、
明美は自分でコーヒーを買って、置いて行く事にしている。

コーヒーにはこだわりがある。
豆からドリップするのではないと気が済まない。
コーヒー豆は、絶対にモカ。

・・と、ここでコーヒー豆を入れたスケルトンの瓶を手に、違和感を覚えた。
前見た時より減っている・・・気がする。気のせいだろうか?

「ねー、紳一?」

「・・・今度は何だ」
紳一が、本から顔を上げずに答えた。

「コーヒーなんだけど、どうかした?」

「コーヒー?」

「・・減ってる、みたいなんだけど」

明美の声に顔を上げた紳一は、
読書の時にだけかける眼鏡が、ギャグみたいにずれ落ちてしまっていた。

「あ・・・ああ、それ、泊まりに来た連中がコーヒー飲みたいって言い出したから。
少し、使わせてもらったな。うん。すまん忘れていた」

紳一のヒクヒクする鼻が・・・明美を苛立たせる。
「・・嘘よ!!」
明美は、大声を張り上げた。

「何・・を感情的になってるんだ!コーヒーがどうした!?
良いだろそのくらい・・いくらでも買ってやる」

「使ったのを怒ってるんじゃないわよ!!どうして嘘つくの!?」

「嘘!?・・・嘘など、ついていないぞ!!」

「ふーん、そういうこと言うんだ」

「事実以外に、言い様がない」

「本当に女の人は、来てないのね!?」

「しつこいぞ!!」

紳一は、ぴしゃりと明美を撥ねつけた。
明美は、まったく納得していないけれども・・・。


(女の人が来ていないのは、嘘じゃない。
・・じゃあ、何?男?一体、誰を庇ってるの?
隠してるの?何故そうする必要があるの?)


明美の疑念は、一気に心底に渦巻き始めた。

************************



自分は大安吉日に宝くじ購入ではなく、
駄文更新をするのが縁起が良いと信じています。
そして牧藤のはずなのに藤真の出番が無いとは・・・。

2013.06,27 大安


(お手数ですが、ブラウザでお戻り願います)