嗅覚テレポーテーション第10話  
冷たい足
 


倒れ込んだ藤真を抱えてベッドに寝かせ、牧はやっと風呂に入った。
湯はもう随分と冷めていたので、追いだきをした。
それだけ藤真と夢中で話し込んでいたということに気付き、苦笑した。


そして当然の事だが、自分が浸かっている湯に藤真も浸かったのだと思うと
何だかひどく恥ずかしいような、気まずいような気持ちになった。
オールスターの合宿の際など、風呂が一緒だったこともあるはずなのに・・
その時は、何も思わなかったはずだ。
その証拠に、その当時のことが何1つ思い出せない。

なのに、何故、今夜は。

身体はすっきりしても、頭の中の回路は相変わらず混線状態だ。


・・数十分後、牧が風呂から上がっても、藤真は牧が寝かせた時の姿勢のまま

ベッドの上でまるで何かの標本の様に定位置に張り付いていた。

爆睡しているのだ・・・
否、爆睡、というよりは・・
まるで死んだように・・息もせずに倒れている、といった感じだ。

牧は、少し心配になって近づき、覗き込んで確認する。

・・・よかった。生きている。呼吸をしている。

布団が、かすかに上下しているのが見てとれた。

・・と、近くで見る無防備な寝顔に どきっ とした。

また、自分の身体が自分では予測不可能な反応を示す。
不甲斐ないこと、この上ない。

牧は大袈裟に頭を振って・・そしてひとつの疑問を提議した。

俺は今夜どこで寝るのだ? と。

 

あの狭いソファでゆっくり等、休めるわけもない。

一方、このベッドはダブルなので、ふたりで寝ても何ら支障はない。

ここで寝る・・・か。
藤真の隣で。

・・いいのか?

・・・いい、よな。

・・・やっぱりダメか。

・・・いや、男同士、そしてこれは俺のベッド。ダメな訳あるか!!

牧は、ひとり突っ込みを一通り終えると、
電気を消してベッドに・・藤真の横に潜り込んだ。

 

「・・・・・・・・・・」

ダメだ、寝られん。まったく眠くない。

隣が気になって仕方がない。 

無理矢理閉じていたまぶたを開けると、暗闇に慣れてきた目に
藤真の寝顔がぼんやりと、しかしどアップに映った。

「ひっ・・・・・!」

思わず声を上げそうになる。
こいつ・・!さっきは逆の方を向いていたじゃないか!!

藤真が、この上なく近い。

もう、少し顔を近づけるだけで、口づけできてしまうくらいの距離にいる。

さ さすがに、これはない・・・。

 
牧が反射的に後ろに離れようとした瞬間、
藤真が布団からにゅっと手を伸ばして
牧の首根っこに抱きついてきた。

夢の中と同じ、冷たい手。肌。

 

「・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・」

牧は、混乱した。

何だこの図は!!

有り得ん。無理だ。

この前の、夢が頭をよぎる。

藤真に愛しそうに呼びかける自分の声が、甦る。

『藤真・・愛している』

・・夢の中で散々口づけを交わした端正な顔が、こんなに近くに。
夢の中の赤くて薄い、形の良い唇のまま・・。

そして冷たくて心地よい、彼の肌・・・。

 

「ふ、ふじ・・・!・・ぎゃっ!!!」 

なんと。
混乱している牧に、たたみかける様にさらなる予測不可能な事態が襲った。

藤真が牧に抱きつくように身を摺り寄せてきたのだが・・・

これが・・・想定外だった。

藤真の肌は、確かに冷たく。

そして、中でも、足が。特に。
・・・ぞっとするくらい、氷のように冷たいのだった。

牧の、のぼせて浮ついていた気持ちは
藤真の氷の足攻撃によって、一気に醒めた。興ざめだ。

「ふ、藤真っ!やめろっ!!足・・っ!離せっ!!」
「・・・・・・・・・・・・・」

「つ、冷たい――!!冷たすぎるぞ!ひっつくな!!」 

・・牧がどれだけ騒いでも、
藤真はその行為をやめる気配も、起きる気配もまったくない。

力ずくで藤真を引き離した時には、牧の息は上がりきっていた。

女には冷え症が多いと聞くが・・・それでもこんなに冷たい足の女を、牧は知らなかった。
(第一、藤真は女でもない)
藤真は寒がりで(というよりは暑がりの寒がりで、特に寒がり)それを公言しており、
実際に手も腕も冷たいのだが・・まさか。足が。
ここまでとは・・思ってもみなかった。

「・・・ったくこの野郎っ!冷え症も大概にしろ!!」

牧は相変わらず気持ち良さそうに眠っている藤真にひとつ毒づいて、
乱れた息を整え、気を取り直して再び寝ようとする。
・・・もちろん、できるだけ藤真から離れて。

それなのに。

「つ!!・・冷てえー!!!」

藤真は、どこまでも牧を追いかけてきて、氷の足を擦りつけてくるのであった。
まるで、起きているかのように。
なのに、完全に眠っているから始末が悪い。
もうこの状況は、牧にとっては下手なホラー映画よりもホラーであった。


・・・かくなるうえは!!

牧はしつこい藤真の手を振りほどいてベッドを飛び出すと、自分の新品の靴下を出してきた。

これを、履かせてやる!!

靴下を履いたまま寝るのはよくないと聞いたことがある気がしたが、
今はそんなことは言っていられない。

 
「・・これでどうだっ!!」

大きくてダボついてはいるが、しっかり履かせた。

先程までの擦り寄りは、本当に地獄だった。

こんな経験初めてだが、冷たい足をひっつけられるのは拷問だとまで思った。

それにしても、本当に冷たい足・・・。

藤真のことを、不憫に思うくらいに。

冷え症だと言っていたが、ここまでとは。

だが、擦り寄せられる方の身にもなって欲しい。

こんなことでは、自分は寝られない。

当の本人は、こんなに気持ち良さそうに眠っているというのに。

本当に、寝顔は愛らしく、まるで天使だ。

だが・・・牧は知ってしまった。

『藤真は、悪魔の足を持っている』
大袈裟などではなく、本当にそう思った。

 

・・・灯りを消して再度ベッドに潜った牧。

そんな牧を待っていたのは・・爆睡中にも関わらず、器用に靴下を脱いで
またあの氷の足を摺り寄せてくる、
冷え性でどこまでも熱を求める、ひっつきたがりの藤真だった・・・。

今夜・・牧は藤真に寝かせてもらえそうもない。



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BGMは、嵐のCosmosで。
藤真は冷え性。おまけに低血圧がいいなぁ。
4月の終わりは、こんな牧藤でシメ。
ああ・・牧さん・・せっかくのチャンスがギャグになっちゃったよ・・・(おめーのせいだ)

2013.04.30


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