嗅覚テレポーテーション第5話  
Step on The Floor
!
 


「おい、藤真止まれ・・藤真っ!!」
「何」
「香坂室長にあんなこと言ってしまって、良かったのか!?」
「・・じゃあ、おまえはあのまま俺に室長の部屋まで行って夜の接待しろって言うのか?」
「!よ・・夜の接待って何だ!?」
「夜の接待は、夜の接待だろ」
「そ、そんなものは聞いたことがないわ!」

「ふんっ・・ああいうのは、少しくらい突き放してやったって良いんだ。いくら上司でも。
どうせ呆れるくらい凹たれないさ。さっき、俺が腰やケツを触られてたのを、見たろう!?」
「おまっ・・!臀部(でんぶ)も触られてたのか!?」
「臀部って・・言い方がやらしいんだよオヤジかてめーは!」
「オヤジはよせ!!・・・し、しかし問題だぞ、これは」
「ふんっ、何もこんなの今日が初めてじゃないぜ」
「!!・・室長・・・本当かよ・・それはないぜ」
「まったく、どうかしてんだよあのエロ室長。仕事はできるのによ。
何がブルームーンだ。サカってんなよ」
「そう言えばおまえ、よくカクテルの意味なんて知ってたな」
「・・前にも違うやつに飲まされたことがあったんだよ」

・・その時の返事は、『完全な愛』だったのか、『できない相談』だったのか。
たぶん、後者だったのだろう・・・と牧は思いたかった。

それは、何故だろう?自分の、希望的観測から?
まったく、皆どうかしてんじゃないのか?
以前、藤真にブルームーンを飲ませたと言う奴も、
香坂室長も、藤真も、そして・・・、牧自身も。


「・・せめて、今夜くらいすべて忘れたい・・捨てたい、全部、失せてほしい」
「あ?」
「だって、せっかくおまえといるんだし」
「俺?」
牧が上げた声が、素っ頓狂に裏返った。
「おまえとクラブ来るなんて、ないだろ」
「・・おまえとじゃなくても、クラブには来ないな」
「だろ?こんなレアな夜は、なかなかないんだ。それこそ類稀な一夜、ブルームーンだぜ」
「今宵はブルームーンか・・それは良い」

・・・一夜など、さも足早に過ぎ去ってしまう。

戻ることのない時は儚いが、それ故にきっと美しく残るに違いない。

・・・だが、今はそんなことすらどうでもいい。

その渦中にいる人間たちは・・・時間が流れること自体、忘れたいに違いないのだ。

時間だって自分たち次第で止められると?

まだまだこの夜は終わらないと思いたい?

この夜に終わりがあることすら、忘れたい?

明けない夜もあると、思いたい?

 

・・相変わらず容赦ない人混みのダンスフロアは、
鼓膜を激しく揺さぶるダンスビートに合わせてデタラメに踊る、若い男女で溢れかえっている。

煩雑な香水とアルコール、好き勝手に煙草の混じった、夜の立ちこめる匂いが
牧の鼻の粘膜に纏わりつく。
苦手だ。だが、これはこれで良いのかもしれない。

ここは、牧がいつもいる世界ではない。
そこにはK電産も、実業団も、設計室も実験室もない。

まるで、異国に、違う星に、違う時代に、テレポートしてしまったようだ。
だが・・。
ここはここで、熱気に溢れ、刹那的で、圧倒的で、故に美しい。

 
・・ふとと鼓膜に、メロディアスなエレクトロニックサウンドが
唐突に切り込んできた。

フロアに流れていた曲が、
さらに盛り上がるナンバーに変わったのだ。

周りの人混みから、
それを賞賛するように一層高い歓声が上がった。

 
「あ、俺これ知ってる」

藤真が、遠くの物音を聞きつけた草食動物のように、大きな目をくりくりさせた。

「誰の曲だ」

「踊ろう!牧」

藤真が、牧の問いには答えず駆け出す。

「あ!?・・おい藤真!!」


それはテクノポップと言うのダンスミュージックと言うのか詳しくはわからないが、
感情を抑えてエフェクターをかけたノリの良い女性ボーカルのナンバーで。

・・・藤真がフロアの中心に躍り出て、ステップを踏みだした。

コケティッシュに踊る。
スーツのジャケットを着たまま。ネクタイをしたまま。

革靴で。まるでタップダンスのようだ。よく、脚がもつれない。

その様子は・・
洗礼された大人の男性なのか、可憐な少女なのか、わからない。
どちらとも言えそうだ・・・実に不思議な感じを受ける。

これはもう、お遊戯や余興のレベルではない。
プロのダンスを見ているようだ。

その証拠に、牧の周り(というか藤真の周り)にはいつの間にか人だかりができていた。

皆、今まで思い思いに踊っていたのに、
まるで蛍光灯に引きつけられる虫のように、
男も女も催眠にでもかかったかのように惹きつけられている。

そして・・・彼が踊っているのを、ただ見続ける。

牧も、その中のひとりになっていた。

 

あれは、どこだったろう。いつだったろう。

藤真がこんな風に観衆を惹きつけて踊るのを、
牧は以前にも観たことがある気がする。
もちろん、自分も踊る藤真の姿に、見惚れていた。

その時も、藤真は今のように輝いていた。
まさにダンシングクイーンだった。

まだあの時は、お互い17歳で・・?

17歳?10年前?だが、もっとずっと昔だったような・・・。

遠い昔だ・・・場所はどこだ・・ここではないどこかだ・・

ここではないどこか?ここではない世界?

・・牧の思考は、フラッシュバックなのか、テレポートなのか・・・
とにかく覚醒の直前だった。

 

だが、不意に 

アイ キャント ストップ マイ ラブ フォー ユー

 藤真が、歌に合わせて牧に投げキッスしてきた。

柔らかく微笑み、ウインクまでして。

 

牧の思考回路は、ショートした。

・・“アイ キャント ストップ マイ ラブ フォー ユー”??

・・・I can't stop my love for you だと??

事態が、呑み込めない。

なんだ、何なんだこれは・・・・!

突如クラブに連れてこられて、藤真が香坂室長に執拗に口説かれて、

・・それからやっと逃げて来たと思ったら、今度は藤真が突然踊ろうと言い出して・・

終いには、不意打ちの投げキッスで。

・・・まったくトンデモナイ1日だ。まさにブルームーン。

 

しかし・・・。
ここが暗闇で良かった・・・、と牧は思った。

・・これなら誰にも表情を悟られないで済むから。

今、牧は相当頭に血が上っているのを自覚している。

おそらく、自分はひどく赤面している、のぼせ上がっている、と。

もちろんその理由は、公衆の面前で投げキッスをされたという、
単純な恥ずかしさから、のみではない。

・・しばらく茫然と藤真が踊るのを見ていた牧だったが、やっと我に返った。
そして未だに踊り続けている藤真の手を掴むと、人混みをかき分けて爆走した。


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・・3Fフロアから2Fフロアへ階段を駆け下りてきた。

「はぁはぁはぁ」

「ちょっ・・何?俺、せっかく良い気分だったのに」

藤真が、抗議の声を上げる。

牧が、藤真の方を きっ と振り向いて問う。至って冷静に努めて。

「・・さっきのあれはなんだ」

「あれって・・ダンスのこと?」

「あ?・・・ああ」

・・・勘違いされてしまったようだった。

牧が問うたのはダンスのことではなく、投げキッスのことだったのだが。

・・何やら恥ずかしくて、牧はもう、2度と言い出せそうにもなかった。

勘違いしたまま、藤真は続ける。


「夏に、高野が結婚しやがったの」
「高野?」
「ああ、翔陽の3年の時のスタメンだよ・・って、おまえが覚えてるはずねえか」
「むっ」

牧が人の名前と顔が覚えられない(他人に興味がないのもあるが、記憶力の問題も大いにある)と言いたいようだ。確かにその通りだが。

「いや、わかるぞ。あの、デカいののどちらかだろう」

“花形”と“かずし”(藤真が名前で呼ぶからで、名字はわからない)はわかるから、
あとはデカブツの2人のうちどちらかなんだろう、と単純に推測した。

「そうそう、その2人のうちのタラコ唇の方・・が去年結婚してさ。
その時に他の4人で余興に踊ったんだ」
「・・何だと?あれは女子の踊りだろ?」
「そうだけど。余興って、そういうのあるだろ?」
「ふ、服装はどうしたんだ!?」
「全員でセーラー服着たぜ。巨漢サイズのセーラーが手に入るかわからなかったが・・
今の世の中、ある程度何でも手に入るんだな」

「うっ・・・」

み、見たくはない・・あのデカブツたちが愛らしいダンスをセーラー服で踊る姿・・
さぞかし気持ち悪かったことだろう。

招待客にも・・ウケたのか?
・・牧が客であったら、大いに引いたに違いない。

それに、翔陽のスタメン4人ということは・・花形もあれをやったというわけで・・。

・・・牧は、花形をやっぱり良い奴だと思った。
あいつ・・・嫌でも断れなかったんだろうな、と。
(余談だが、牧のその予想は当たっていた)

ただ、藤真に関しては特別だ。

さっきフロアで踊っていたように、余興でも何の違和感もなかったに違いない。
それどころか、ハマり役だった。
あれをセーラー服で踊る藤真か・・ちょっと見てみたい・・気がする。

「おい、何をニヤけてやがる!想像すんなよ」
「にっ、ニヤけてなどおらんわ!」
「・・結構大変だったんだぜ、ダンス作り込むの。
何でこんなことすることになったのか、意味不明だったし」
「まったくだな・・誰がそれに決めたんだ」
「一志」
「何!?」
「一番、ノリノリだったぞ」
「・・・・」

あの、無表情で堅物なイメージの男がか。
人間と言うのは、つくづくわからない。

「それよかさー、解せないのは高野の嫁さんだよ」
「解せない?」
「・・解せないね!嫁さん、キレイなの!!これが。
何で高野に!?って思うだろ!?アイツなんて、嫁さんの横でタコみたいに赤くなって、
終始クネクネしちゃって・・超気持ち悪いの!あんなタコ野郎に何故!?

・・・高野とタコでも、俺だったらタコを選ぶのに。何故なら食べられるから!!」
「かつての仲間よりタコを選ぶとは・・!!
おまえ、酔っているとはいえちょっと過ぎる発言だぞ」
藤真にとって、普段のジョークは挨拶や敬語のようなものであるから、
今回もそうだと・・思いたかったが、何故か目がマジだ。

「抜かせ!!高野とタコでどちらが勝っているか・・・
当たり前に人間の方が価値があると、思ってる時点で間違ってる!!
地球上の動物の中で自分が1番偉いと思ってるのは人間様だけだろうよ!
・・・環境を破壊するのも人間様だけなんだぜ!?偉いかよ!?」
「そ・・そんなこと言ったって、タコとは結婚できないから、仕方ないだろ!!」
まともに答えているのが馬鹿馬鹿しくなるようなやりとりだが、
藤真が何故か真剣なので、牧も取り合わないわけにいかない。

「・・おまえも世の中も、間違ってる!
クネクネしやがって!情けない!!高野め!」

・・・ふんっ、と鼻息が聞こえそうなくらい啖呵をきる。 

・・藤真は相変わらず口が悪いし、全然素直でもないけど、
慣れれば結構わかりやすい奴で。顔にも意外と出る奴で。

今だって牧には、藤真が高野の悪口を言いながらも、
本当は友人を嫁さんに取られた気がしてヤキモチを妬いているだけなんだろう・・と
手に取るようにわかっていた。

・・本人に言おうものなら確実に蹴りを入れられるとわかってるので、いちいち言わないが。

だが、藤真は牧が黙った事で 言い負かした と思ったのか、
気を良くしてか顎を上げ、腰に手を当てて尊大な態度で続ける。

「いやホント、世の中間違いだらけだろ?牧くん」
「・・牧くん!?」
「この世の中、間違い探しより、正解探しの方が圧倒的に難しい!!

そこらじゅう、矛盾だらけさ。どうなのよ。こんな世の中は」
「・・・でも、それが世の中だろ?」

「ああ、その通り!!真実はいつもグレー!パラドックス!!
そこで日夜働いてる企業戦士の俺たち!ビジネスファイターは辛いねえ!!」

「ふ、藤真!?」
「・・明らかに間違ったことに対しても、例え上司にケツを撫でまわされようと・・
本当だったらハイキックの100発くらいくらわしたいところを、
立場やしがらみで実行できない時だってあるさ!!」

「な・・何ゆってるかわかってるのか!?おまえ」
「まぁ聞け・・世の中の矛盾の中を前進するための、俺の対処法を教えてやろう。
・・何ぃ?教えてほしくないだと?・・そんな釣れない事言うなよ!ベイビー」

「・・ひとりノリ突っ込みとかするんだな・・」
・・・牧は、藤真のことが少しわからなくなった。

「技をお教えしよう!・・理不尽なことを言われても、どれだけ誰に何されても、
これはすべて社会人流のギャグだと自分に言い聞かせるんだ!
そして笑って・・一気に呑み込め!!消化しろ!!
喉元すぎれば熱さを忘れる!・・何たって人間は忘れる生き物だからな!!

そうすれば少しは気が楽になる!!俺は・・・毎日そうやって過ごしている!!」
「毎日・・・」

 ・・こいつ、相当ストレス溜まってるのか?
牧は藤真の勢いに圧倒されっぱなしだった。
みるみるうちに、演説じみてきた藤真に。

・・クラブの大音量の中なので周りに筒抜けているではないにせよ、
大袈裟な身ぶり手ぶりはかなり目立ち、
さらにこのルックスで彼が周りの目を引いているのは間違いない事実で。

・・おまけに上司たちがどこで見ているかもわからない。結構まずい状況だ。

「一体どうしたんだ今夜は。発表が終わったからと言って、
おまえらしくないぞ。羽目を外し過ぎだ。少し落ち着けよ!」
「何おう?俺らしくないって・・じゃあ俺らしいことの定義はなんだ定義は!
おまえが本人である俺を差し置いて、それを語れるっていうのか!?
それに俺は今、充分落ち着いているぞ見ろほらこんなにも$%#’&”☆」

藤真の足元がもつれて、斜めに傾く。

「あ!?」
「ダイオード・・ギア通して・・そこから分岐%#’&”☆」
「藤真!?」
「・・48ピンを実装・・$%#’&”☆・・・」
「お・・・おいっ!しっかりしろ!!」

・・・床に崩れ落ちそうになる藤真を、牧は寸前で何とか受け止めた。

そう、藤真は、完全にできあがっていた・・・。

しかも、落ちる間際でも藤真は
仕事の図面、装置のことを考えていたようだった。

ストレスが、限界か・・・。

それでも、相当、仕事が好きか・・・。

きっと、両方なのだろう。

だって、真実はいつもグレー。パラドックス。


「・・いずれにしても、俺はどうすればいいんだ」

今夜は本当に類稀な1日。ブルームーンだ。

熱気でむせ返るダンスホール。牧の腕の中には、酔い潰れた藤真。

 ・・この状況に牧は、仕事に行き詰った時でも滅多につかない、 盛大な溜め息をついた。

それでもこの夜は、まだ始まったばかり・・・。

 

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<参考音源>

*Step on The Floor  capsule


*Sugarless GiRL  capsule

*Dancing Queen ABBA

*WORLD ORDER  WORLD ORDER

*Fly on Friday 櫻井翔


・・やっとこさ次回から牧が藤真と二人きりになってくれそう~
しっかりキメろよ!!帝王!!・・って、そんな簡単に行くわけないよなぁ(>おめー次第だ)




2013.04.16


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