Fを束縛する3つのパターン

Jの場合

 

 

男が相手を束縛する場合、ケースが3つあると言われている。

 

    自分に自信がない場合

    相手に経済的、精神的に依存している場合

    相手のことを1番、何よりも好きな場合

 

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雑学番組でのひとコマ。

寝っ転がってテレビを見ていた彼が、大きな瞳だけ動かして俺を捉えた。

 

「神は、束縛なんて言葉とは無縁だな」

 

「それは、する方ですか?される方ですか?」

「もちろんする方のこと。しないだろ、お前は。だけどされる方は」

「される方は?」

「・・束縛してる?俺。おまえを」

「してるって思うんですか?」

「たまに」

「えっそうなの?」

「あっ、そうでもなかった?それは良かった」

彼の行動の、どこに束縛があったのだろう。

あまり思い当たらない・・しいて言えば、あの時のことか、それともあの時。

・・いずれにせよ、全然足りない。

俺は、もっとあなたにがんじがらめにされても一向に構わないのに。

 

「藤真さんが俺を束縛してるのって、例えばどんな時です?」

「うーん・・嫉妬した時、とか。嫉妬から派生するだろ、束縛は」

「嫉妬・・してることなんてあるんです?」

「よくあるよ」

「本当ですか?」

「だってお前、みんなに優しいだろ」

そう言いながら、ちょっと拗ねたような表情になる。

「・・そうしてるつもりはないけど、言われる時もありますね」

「言われるってことは、そうなんだよ」

「特別苦手な人や嫌いな人が、いないだけなんだけど」

だって、俺にとって『特別』は藤真さん以外にあり得ないから。

どんな事柄も感情も、彼に対しては特別になってしまう。

だからこそ、良くも悪くもあなたには過剰に反応してしまうんだ。

果たしてこの事実は、良いのか悪いのか。わからない。少しだけ辛い。

 

「みんなに優しい神を見た時・・・そういう風に振る舞う神って、

振る舞える神って好きだな、って思う。

だけど同時に俺だけに優しくしてくれれば、

他のやつなんてどうでもいいのにって思う。

・・これってたぶん、嫉妬だろ?

あれ?嫉妬っていうか、独占欲か?」

「成程ね。でも、俺はあなたには特別優しく接してるつもりだけど、どうです?」

「ホントかよ!まだちょっと足んねーな」

そう言ってコロコロ笑う。

・・彼も、俺のことを足りないと言う。

そう言えば、優しさの定義って何だ。

彼は何を持って優しいと言う?わからない。辛い。

 

 

「みんなに優しいって・・・そうだな、昔よく言われたな~」

「誰に?」

「誰だったっけな」

「オンナとか。昔付き合ってた」

「ははは」

「図星なのか。もしかしてお前、俺にだけ 優しさ 足りてねーんじゃないの?

これの、どこが特別なんだ。イジワルめ」

そんなことは聞きたくなかった・・と呟きながら背を向ける。

聞いてきたのは、自分なのに。

どうしてだろう。

どうして彼のことを特別優しくしたいのに、実際そうしているつもりなのに、

同時に少しだけ、傷つけたいんだろう。自分で自分がわからない。とても辛い。

 

「藤真さーん、嫉妬しないで。機嫌直して」

「してねーよ!まったく、お前も少しはこの気持ちを味わえば良いのに。なんで俺ばっか」

「藤真さんは、俺のこと束縛や嫉妬とは無縁だと思ってるんだ?」

「お前が無縁なのは、する方限定だぜ」

「でも俺、答えてないですよ」

「え?答え?・・でも、俺されてないじゃん、実際、お前に」

それは、単にそれだけ俺の演技が完璧だってことで。

あなたに悟られないように、それらを隠し通せてるってことで。

 

 

「束縛も嫉妬もされないのって、楽ですか?」

「まぁ、楽は楽だぞ。だけど・・」

「だけど?」

「俺、されてみたいかも。俺のことで余裕のない神も見てみたい」

そういう状態の俺を想像したのか、彼は悪戯っ子のように含み笑いをした。

 

過剰すぎるのは、俺の羞恥心や見栄か。

彼に全てを見せて、嫌われたくないという恐怖心か。

 

 

藤真さん、俺ね、

あなたと一緒にいて、余裕なんて持ったことほとんどないです。

それこそ、嫉妬しない日もないですよ。

どんな小さなことにだって、俺は嫉妬してしまっている。

束縛だって、いつもがんじがらめに縛ってしまいたいと、思っているのに。

 

 

「・・神?」

俺は無防備な藤真さんの上に馬乗りになる。

彼はまったく状況を理解していないらしく、大きな瞳をゆっくり瞬きさせた。

恐怖の色は、まったく映っていない。そこにあるのは、俺の不可解な行動に対する純粋な疑問だけ。

 

・・時が来たのだ。全部見せざるを得ない時が。

全部見せて彼がもし、俺から離れて行ったとしても。

・・今、きっと、そうするしか選択肢はない。

 

いつかこういう日が来ると思っていた。

俺の、必死で堰き止めていた感情が決壊する日が。

ずっと前から飽和状態を、亀裂を感じていた。よく持った方だと思う。

もし、彼が好んでいたのが俺の「優しい」というペルソナだけだったとしても。

それでも今。

 

 

「ねぇ藤真さん。本当にされたい?束縛も、嫉妬も」

「え?」

「余裕のない俺を見たいって、さっき言いましたよね?」

俺は、彼の細くて白い首に手をかけた。

ここでこのまま力を込めてしまえば。

俺だけのものに、なるだろうか。

 

俺を見上げる彼には、未だに恐れの色は浮かんでこない。

「どうしたんだ、神」

「藤真さん、一緒に死んでくれますか?」

「・・お前、泣いてるのか?」

 

泣いている?俺が??

・・否定しようとしたけど、彼の頬に滴り落ちるのは。

紛れもなく、上に乗っかる俺の涙のようだ。

 

ああ、もう、全て終わりなのかもしれない。

彼が、俺の前からいなくなってしまうのかもしれない。

でも、もう、こうするしか。今は、こうするしか。止まらない。

 

 

・・彼が手を伸ばして、俺の涙を優しく拭う。

「藤真さ」

「ずっと、苦しんでたのか」

「え?」

「お前、たまにすごく辛そうだったから。でも、それを出してこなくて」

「気付いて・・たんですか」

「当たり前だろ。見くびんな」

「隠し通せてると思ってた・・」

「隠さなくても、良かったのに」

「でも、あなたが・・優しい俺が好きだと」

「・・俺のせいだったのか?俺のために隠してたと?」

「いえ、そんなことは・・」

「・・ごめんな」

「違います・・単に俺が、あなたに嫌われない・・ためだったから」

「嫌いになんかなるかよ。辛そうな神でも、残酷な神でも」

「そんな俺のこと・・怖く・・ないですか?」

「まったく怖くないと言ったらウソになるけど・・

怖い神もいないと、優しい神と比較できないだろ?」

「比較?」

「怖さがあるから、優しさがあるんじゃないのか?」

「そういう、もの?」

「トランプも・・ジョーカーがなくちゃつまらない。

善と悪の、両方ないと。比較もできないし、成り立たない」

「・・何か、ちょっと解りました」

「うん。ジョーカーの割合くらいで怖い神が出てくるなら全然アリだな」

毎日は無理だけどな。身が持たない。

そう言って彼は冗談めかして微笑む。

 

「・・一緒に死んで?か。お前の告白、結構嬉しかった」

「ほんとに」

「お前の好きな、太宰治の真似事でもする?」

「は?」

「名付けて、オサムごっこ」

「何です、それ」

「えっと・・腰越の辺りの・・こゆるぎみさき、で」

「カフェの女給と入水自殺?

「うん、それ。心中。情死」

「でも・・あの時は女しか死ななかったんです」

「あ、そうなの?

・・片方だけ生き残ったりしないように、手かせでも付けて沈むか」

「・・本気で言ってるの?」

「それもそんなに悪かない。でも・・」

「でも?」

「もう死ぬ気なら、これからのお前の時間、全部俺にくれないか?」

「え?」

「『特別』なんだろ?俺は、お前にとって。どうせなら、一緒に生きないか?

一緒に生きて・・甘いもの吸い尽くして、美味いもの貪り尽くして」

「それで?」

「それで・・それからでも遅くないだろ、死ぬのは。

いつでも死ねるし、いつかは俺もお前も、みんな死ぬ。

放っておいても、どれだけ足掻いても、

100年経ったらみんな。それじゃダメか?」

 

・・だって俺、もっとお前のこと見ていたいんだ。

時間はいくらあっても足りない。

本当に、100年じゃ足りないくらいだと思うんだな。

・・そう言って優しく微笑んだあなたを。

縋りつくように抱き締めた。

 

 

「神。大丈夫か?・・辛いのか?」

「いいえ・・」

俺は今、震えているのだろう。彼が、背中をさすってくれる。

 

さっきまでは、確かに辛くて泣いていた。

でも、今は。

 

ふと思った。

辛いと言う漢字と幸せという漢字は酷似している。

たった横棒、1本の違いだ。

だけど、その1本を得るまでには、

長い長い、果てしないとも思える程の、気の遠くなるような時間がある。

その間に、

何度も訪れる漆黒の夜をいくつも自分の中に取り込み、

消化し、乗り越えてきた。

いつでも、そうやってきた。

でも、最後にもうダメだと思ったその時に。

暗闇に呑み込まれてしまいそうだったその時に。

 

・・あなたがその横棒1本をくれたんだ。

ついに埋まったんだ。

辛くて辛くて仕方がない道のりだったけど、

これも今この瞬間の彼を得るためにあったのなら。

それまでの時間にも感謝できそうだ。

・・幸せだから、俺は今、泣いている。

 

 

今なら、ありがとうが言える。色々な感情に。道のりに。そして、

そしてそう思わせてくれた彼に、1番のありがとうを。

 

 

「・・ずっと言いたかったんです。藤真さんのこと、束縛してもいい?」

「良いよ。お前にだったら、何されても」

「どんな理由でしようかな・・①②③の・・②の、経済的でもいい?」

「ヒモか?それはカンベンしてくれ」

「何されても良いって言ったのに」

「ははは。それだけはやめてくれれば」

「じゃあ、②で、精神的に」

「それは良い。そうしろよ。俺がいなくちゃ生きていけないくらい」

「もう、そうなってます」

「雛が親鳥を追うくらいに」

「良いね」

「良いだろ」

「藤真さん」

「ん?」

「ありがとう」

「ん」

  

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 次は王道メガネのH。
おめーだ、おめー!!

 2013.01.24

<BGM>
Jimmy Eat WorldのDizzy