仙藤祭2013 
湘南グライダー:青春プロローグ

⑥別れは逢うの始め
 

>>2004年7月中旬、翔陽高校グランド


「・・・・!」
「よぉ」
「ああ・・」
「何しに来た、って言わないんだな」
「俺も会いたかったから」
「・・・そんな素直に言われると気持ち悪りーよ」
「そうか?」
「今日は、甲子園予選の激励に来たんだ」
「そりゃ、どうも」
「ううん・・・今のは嘘・・いや、それもあるけど・・・」
「何」
「おまえ、あの日、体育倉庫に来たよな?」
「・・・・・・・・・」
「7月4日の、練習試合があった日の日曜日だよ」
「・・・・・ああ」
「やっぱりな・・」
「目が、合った」
「・・・そうだな」
「体育倉庫には、入れなかったんじゃなかったのか
「!」
「トラウマって、ゆってた」
「ああ・・俺、あいつを利用したんだ。
トラウマ抱えたまま、引退も卒業も、するのが嫌で」
「・・・何だその理由」
「おかしいか?」
「負けず嫌いめ」
「ふん」
「・・・それでトラウマは上書きなのか、消去なのかできたのか?・・あれで」
「あれって」
「残酷だな。言わせるのか、俺に」
「悪かった・・・おまえには、ひどいところ見せちまったよな」
「・・あの男のことが、好きなのか?」
「え?・・・ああ、仙道のこと」
「センドー?」
「あいつ、陵南高校のエースなんだ」
「エース・・・」
自分と藤真も、翔陽でそれを、ずっとやってきたはずで。
双璧と呼ばれてまで。

「・・・あいつのことは、好きだよ」
「そうか」
「そりゃな・・でなかったら、あんな」
「藤真・・・もう知ってるだろうが、俺は・・・おまえのことが好きだ」
「・・・日下・・・」
「だけどおまえは、あいつが・・センドーが好きなんだな」
「・・俺はっっ・・日下のことも好きだ」
「・・・無理すんなよ、おまえが二股なんて全然笑えねー」
「違う・・・!そんなんじゃなくて・・・
おまえのことは本気で大事だ。他の誰にも変われない程。もちろん、仙道にも」
「・・・・・・・」
「だけど・・・それは恋とか愛とは違う。
おまえにキスされたいとか、抱かれたいとは・・思わない」
「・・・ナルホドな・・だけど、あいつにはそう思うってワケだ」
「日下・・・!」
「俺よりあいつを選ぶんだな」
「!・・・違う」
「違わねーだろ」
「どうして解ってくれない・・・!?
方向性が違う感情を、同じ秤に乗せられるはずがないだろう?
あいつとおまえを比べることなんて・・俺にはできないよ」
「・・・藤真」
「俺はおまえが大事だし、好きだ。
俺には兄弟は今はいないけど・・・
もし年の近い兄弟がいたら、こんな感じだったかもと思うくらい」
「だけど俺は・・・おまえの兄弟じゃねー・・」
「それは・・・そうだけど・・・」
「俺は、おまえとレンアイしたいんだ」
「それには・・・答えられない・・けど・・・」
「・・・だよな」
日下は、腰を浮かした。

「・・・行くな、行かないでくれ・・・以前のように・・・
おまえと一緒にいたいんだ・・・卒業しても友人として・・・
ムシの良い話かもしれないけど・・・」
「今の俺には、無理だ」
「日下!俺を・・・俺を捨てるなよ!」
「・・・俺のことを捨てるのは、おまえだろ」
「日下ぁ!!」
「藤真、俺を許せ」
「はぁ!?俺がおまえを恨むってのか!?
何だよそれ・・意味解んねーよ!恨むワケないだろ!?」
「・・キレイになったな、おまえ」
「はぁ?何言ってんだおまえ・・・違うだろ、汚れたんだよ俺は」
「いや・・・おまえは、キレイだよ」
「日下・・・・っっ」
「藤真、幸せになれよ」
「待てよ!」
「・・じゃあな」

もし、これが本物の愛だったら。無償の愛だったら。
どんな形だったとしても・・・相手に必要とされれば・・否、例えされていなくても・・・
影から、押し付けがましくもなく、出しゃばらず、ただ静かに、空気のように・・・
相手がもしかしたら自分の支えを必要とする時のために・・・見守り続けるのかもしれない。

だけど日下は、藤真にも自分を愛して欲しいと、望んでしまった。
これが自分のワガママさなのか、若い彼には、これが初恋の彼には解らない。

そして・・・これが叶わないと知った今・・・
ただ・・・ただ藤真には幸せになって欲しい。

その幸せが、自分によって
もたらされるものでなくなってしまったのが、悔しいけれど・・・それでも。




*************************




>>2005年2月下旬 湘南・腰越港の堤防


まだ、随分寒い。
春はそこまで来ていると言うけれと、まだ這い出すのに足りない。

・・・この海岸で彼と出逢ってから、どのくらい経ったのだろうか。
考えたことがなかったが・・・あれは一昨年の11月・・
空には色とりどりのグライダーが舞っていた。
橙、紫、赤、緑、青・・・

そうだあの時は・・
その中の、青色と緑色の距離がやけに近い気がした。空中接触するかと思うくらい。
他の派手な色より、その2つが何故か妙に眩しくて・・思わず目を細めた。

今は、グライダーは1つも舞っていない。
そういえば、ここのところはずっと。
冬場だからだろうか。冬場は、遊覧禁止、とかあるのだろうか。
詳しくないので、解らない。

とにかく・・・もう軽く1年以上が、あの出逢いから
経過していることになる。

・・・長かったような、短かったような、
それはひどく動物的で、奇妙で、滑稽で
少しいびつで、楽しく、素晴らしい時間だった。




去年の夏の日・・・7月4日の体育館倉庫――。
あの日を境に、藤真からのメールや電話は一切なくなっていた。
こちらから仕掛けても、応答もない。

バスケでも――選抜でも、直接対決することもなく、
会場で出逢った時もお互いチームメイトと一緒にいたし、軽い挨拶しか交わせなかった。
(もっとも、彼はそれ以上何もするつもりがないように見えたが)
まるで、ただの知り合い程度の対応だった。

・・藤真が何を考えてそうしているのか、完全に解るはずはなかったけれど、
何が彼の心境を変化、または決心させたのかも解らないけれど・・・
彼の答えに・・・仙道は、それとなく、早い段階で気付いた。

・・・藤真は、自分との関係を終わらせようとしている、と。

いや・・・彼の中では、もうとっくに終わっているのかもしれない。
もしかしたら、始まっていたかさえも・・・
(・・・ああ、それはないか、彼の性格上)

呆れるくらい潔癖な、あの性格上。
(そこも好きになったから、仕方ないよな・・・)


どのような感情にせよ、彼がずっと
誰かを想っているのは解っていた(それが恋でなくても)。
そして、彼がその人物との関係で悩んでいたのも・・・。
(思えば、最初にここで出逢った時から彼は、そこのことを悩んでいた)
仙道はそれについて詳しく聞かなかったし、藤真も打ち明けてこなかったけれど。




7月4日の日曜日のあの日。

翔陽高校と陵南高校は、練習試合をした。
(何故あの日程なのかは、ずっと以前から決まっていたからだ。
陵南は翔陽との練習試合を切望していたが、あの日程でしか実現しなかっただけのこと)

「体育倉庫で抱いて」と、藤真から誘われた。

彼からそういう誘いを仕掛けてくるのは、初めてのことで。
さすがに、彼にしてはおかしいと思った。

聞けば、1年の夏に、そこで上級生4人に輪姦されそうになったと言う。
それから・・・トラウマになってしまって、倉庫へ入ることができなくなった、と。
それならば、何も辛い思いをして無理に入る必要はないと仙道は言った。
これまで入らなくて、済んできたのだから、これからも。
そして――春には卒業だ。

だが・・・藤真は言った。
「仙道、頼む。おまえにしか頼めない」と。
彼はそのトラウマを・・・必死に払拭しようとしていたのだった。
自分を甘やかすことが許せない、彼らしい発言だと思った。

だけど。


(あなたが前に進むと言うのなら、それはそれで良い事だけど・・・)

ずっと思っていた。
どうしてそんなに頑張るのか。
不真面目になるにも、真面目になるのか。
そんなに、すべてのことに必死にならないで欲しい。
その熱があるのなら・・少しでも自分に向けてくれたらいいのにと思う。

そうやって・・・実際の衝突や揉め事などなくても
少しずつ、そっと・・・2人の温度差や距離は開いていった気がしている。
それはまるで、どうあがいても埋めることのできない2人の歳の差のように。

たった1年でも、いつも藤真がほとんどのことで仙道の少し前を行く。
この距離も・・あと10年も経てばないものとして過ごせるのかもしれないが。
そんなものは、到底確認できそうもない。
すでに、精神的にも物理的にも離れてしまっているんだから。

(例えそれがどうしようもないことだとしても――
せめて・・できるなら、そんなに早く答えを探さないで欲しかったな)

だけど、藤真の慎重なのに大胆というか――
常にどこか早急で真摯なところも、好きだった。
自分にはないものだから。
多分今後も持つことはない。それを彼は持っていた。

・・・そう言った情動は面倒臭いし、暑苦しいと思っていたはずなのに。
自分の価値観は、彼によってだいぶ変えられたようだ。
自分は人によっては変わらないと、思っていたのに。変わる必要などないと。

それなのに、彼は変えた。
風のようにそっと。波のようにずっと。

・・・仙道の脳裏に、青と緑のグライダーが浮かんで消えた。




***********************************




・・・今日も腰越港の堤防の先端で、仙道は釣り糸を垂らしている。
トライセラトップスの、フィーバーを口ずさみながら。

最近・・・この曲と自分の気持ちがシンクロしすぎていて
今まで考えたこともなかった歌詞の意味が、ちょっと重たく感じる。
だからやめたいのだけど、癖になってしまったのか
気付くと、やっぱり歌ってしまって・・・自分に、苦笑する。


・・・そんな時だった。
藤真が、この場に現れたのは。

そう、待ち焦がれた藤真は、少々意外な――
でも、不思議だとまでは思わない人物と、一緒だった。




********************************




「・・あれー?牧さん藤真さん、二人揃って。もしかしてデート?」
「違えーよ馬ぁ鹿。ただのドライブだ」
「・・・何だ、全然釣れてねーじゃねえか」
「ははは、そもそも何を釣ろうとしてたんだろうな、俺」
「は?魚だろ。変な奴だな。な、藤真」
「ああ・・」
「お2人は今からどこへ?」
「当てなんてねえよ。ただこいつが海が見たいって言うから」
「あ、藤真さんのリクエストだったんですね・・・海は、良いですよね」
「うん・・」

久しぶりに見た彼は、明らかに元気が無く
そして、少し痩せたようだった。
それは、何のためか?
監督業、受験勉強、部活の引退・・・思い当たることが多すぎるが
それでも、もしかして理由は。

「どうしたおまえ、もしかして車に酔ったか?」
「え?何で?」
「いや・・・調子、悪そうだぞ?」
「そんなことはない」
「ならいいが」
「・・・仙道、おまえも車乗れ」
「「え」」
「おまえ、どうせ釣る気なんてないんだろ。
こちらも行く当てがあるワケじゃないんだ、旅は道連れって言うだろ。付き合えよ」
「・・・良いですけど」

・・・藤真は運転手の牧の意志を無視して、勝手に決めてしまった。

(本当は2人きりが、良かったんだけどね)

2人きりにならないのが、藤真の答えな気がした。
今度こそ――この再会が、最後になる。

仙道は、ふとそう思った。




**********************************




牧の運転する緑のボルボで、随分と走った気がする。
何を話すでもなく、どこへ行くでもなく。

彼が大好きなシフォンケーキの店も、何も発することなく通り過ぎた。
いつも、買っておくと大騒ぎして喜んだのに・・・ないと、大人げなくショゲていた。

(俺も、藤真さんを助手席に乗せて走りたいな)
仙道は、牧を羨ましく思った。
どうやらその願いは・・・時間が経っても叶いそうもないからこそ、尚更。




・・・そして何時間か走って・・また出発地点の腰越港に戻ってきた。
早いもので、まだまだ日が短いこの季節、すでに空には月が出始めていた。
空気が澄んでいるせいなのか、海面のせいなのか、
ここから観る月は少し青みがかって観えた。


牧はここから近いという、サーフショップの店長に少しだけ会ってくると言って
2人と車をここに置いて、歩いて行ってしまった。


そう、2人は、2人きりになった。




*********************************




沈黙は、長く続いた。

――そうだ、最初は・・・一昨年この港で出逢った時は
この沈黙が心地良かった。

それなのに、今日はこんなにも重苦しい。

”大学はどうなったの?”
”神奈川を出るの?”
・・・聞きたいことはたくさんあるはずなのに、うまく言葉になって出てくる気配が無い。

少しいじけた気分になって黙ったままでいると、藤真から切り出された。
「仙道ごめん」と。



「・・・ごめんって、何がですか?」
「とにかく、ごめん」
「どういうつもりなのかな~藤真さん連絡しても出ないし、くれもしないし。
もう半年以上、音信不通って尋常じゃないよね。捜索願い出そうかと思っちゃいましたよ」
「本当に、ごめん」
「・・そういう言葉が聞きたいんじゃないんだけど」
「でも、もう決めたんだ」
何を、とは聞かなくても解った。



「もう、おまえとは終わりだ」
「何それ」
「終わりは終わりだ」
「別れる、ってこと?」
「そもそも、付き合っていたのか?俺たち」
「・・・驚いたな」
「え?」
「藤真さんってさ、好きでもなくて、付き合ってもない人間と
セックスしちゃうような人だった・・・ってこと?」
「違っ・・・」
「そうだよね、元はと言えば、雰囲気と俺に流されたんだもんね。
いきなり手を出した、俺も悪かったけど。
心外だよね。あの鉄壁にキッツイ藤真さんが、
俺にあんなに簡単に抱かれちゃうなんてさ」


あの時。去年の11月にここで偶然出逢って。
帰ると言う彼を、帰せなくなった。

いつもその時々の感性で行動して
、ある程度好き勝手に生きている仙道だった。

それでも・・・あの時はそれが何か解らなかった・・・
あんなに激しい独占欲や支配欲は、味わったことがなかったから。


「なんだよ、キッツイって・・・おまえの言い方の方が、きついだろ」
「半年以上音信不通で、やっと会えたと思ったら
今度は一方的に別れ話切り出されれば、そりゃきつくもなるでしょ」
「仙道でも、誰かに対してそんな風になるんだな。それが俺に対してなんて・・・」
「え?」
「いや、何でもない・・・もう、いいよ。
おまえ正しいよ。俺、確かに元はと言えばおまえに流された。
おまえのこと、よく知りもしないのに・・・抱かれたんだ。滅茶苦茶になりたくて」
「滅茶苦茶に?」
「あの時俺さ・・・悩んでたことがあって。同じ翔陽の友達に、告白されて・・・。
そいつのこと、忘れたくてさ・・・おまえのこと、利用しようとしたんだ」
「ああ・・そう言うことだったんだ」
「気付いてた?」
「半分くらいは」
「そう。おまえ、優しいな」
「優しい?俺が?」
「うん。解ってて追求しないって言うのは、優しいだろ」
「そうかな・・・」
そんな風に言われたのは、初めてで。
「あ、もしかして追求するのが面倒だっただけ?」
「・・・もうっっ、藤真さん~、本当に今日、意地悪ですね」
「あはは、ごめん」
「・・良いですよ利用してくれたって。俺だって、漬け込んだんだから」
「漬け込んだ?」
「初めての日。あなたが弱ってるって、見れば解ったから」
「そっか・・おまえって、やっぱ喰えないやつ」
「お褒めの言葉、光栄です」
「別に褒めてないぜ」
「あ、そうなの残念」
「ほら、そういう切り返し。やっぱり喰えない」
「はっはっは・・・で、藤真さん」
「何?」
「俺らスタートはお互い駄目駄目だったけど、
それはおあいこってことで次行きません?」
「次?」
「だって、過去は変えられないでしょ。
でも、未来は自分次第で、2人次第で変えられる」
「・・哲学みたいなこと、言えるのなおまえでも」
「そりゃ少しは?」
「・・・でも、ないよ次は」
「何で?決めたから?それとも、好きなの?その翔陽の人が」
「そいつのことは・・好きだよ。
でも、恋愛にはならない。家族みたいな感じなんだ。それでも」
「それでも?」
「俺は、そいつをこんな形で裏切った・・・」
「裏切り?何で?俺とのことが?」
「おまえ、彼女いるだろ」
「え」
「俺のとこに、電話かかってきた。おまえの携帯見たって。
”藤真さん”としか入ってなかったから、女だと思ったみたいだ。
浮気を疑われたんだよ、おまえ」
「本当ですか・・・」

正直、もう忘れかけていた。
ふとした時に、彼女のことを何とかしなければいけないとは思うものの
仙道にはもうどうする手立てもなく、あとは時間が解決してくれるのを待つのみだ。


確かに、仙道には一昨年の11月の時点で彼女がいた。
だが・・・藤真とそうなってからは、彼女と1度も寝ていない。

他の誰かと、そうしたい気がなくなってしまったのだ。
だから彼女には別れを・・・切り出したのだが
まったく聞き入れてもらえておらず、学校も一緒のため
異性の友人のようにずるずると・・そして今に至る。

「迷惑かけてごめんなさい・・・」
「別に。だけど彼女・・可哀想だった」
「それ、いつのことです?」
「3月か、4月だったかな」
「まったく気付かなかった・・・」
「あれさ、俺も悪いんだ」
「藤真さんが?」
「だって・・春にはおまえの彼女の存在に気付いていながら、
そこからも俺・・・おまえと会い続けていただろ?そんなの、卑怯じゃないか」
「・・藤真さん、聞いていい?」
「何だ」
「彼女のこと知ったのに、俺と会い続けていたのは、何で?」
「・・おまえの身体が良かったから、とか言ったら満足?」
「藤真さん」
「ごめん、冗談が過ぎた・・・そうだな、正直言ってしまえば・・
おまえと過ごすのが、楽しかったからかな。ダメだと解っても、やめられなかった」
「・・・それなら!これからも」
「それはできない」
「何で?彼女とは別れるつもりで、ずっと前からそう伝えてるんです」
「で、納得した?」
「いえ・・・でも、そう!もう別れるんです。だから、彼女のことは関係ない!」
「仙道。俺は、他人の不幸や犠牲の上に、自分の幸せを塗りたくることはできないよ」

こんなの、日下だって納得しない――って、
くさか って言うんだ、翔陽の人。初めて知った。


(・・・ああ、あなたってそういう人だよね)

物事も順番とか環境とか秩序とか・・・
周りの人たちの事情にまで・・全部にこだわるのだ、きっと。
そんなこと言ってたら、いつまでも1人のままかもしれないのに。
恋愛だけじゃなくて、色々なチャンスを逃すかもしれないのに。
それに気付いていながら・・・潔癖であり続けようとする。

仙道のように、フワフワと生きてはくれない。異質な人物。

(この世界には・・・一緒に色々なことを楽しんだり、
一緒に色々これから起こることを飛び越えてみたい人がいて・・・
俺にとってはそれが、ただ藤真さんだった って・・・それだけのことなのに)

・・・こんな理由では、藤真は絶対に納得しない。


去る者追わずを絵に描いたような仙道が、
こんなに別れの際に駄々をこねたのは、初めての経験だった。
でも、駄々もワガママも泣き落としも、きっと何も通用しない――。

・・・この潔癖な藤真の、強い意志の前には。


仙道が黙り込んでいると、
藤真が上目使いで、こちらをじっと見つめてきた。
そうだ、思えば・・・
この密度の濃い睫毛が、大きな瞳が、自分は最初から好きだった。

藤真が、おもむろに発した。命令口調で。


「最後に、キスさせてくれ」
「は・・・?」
「だめ?」
駄目な理由が見当たらない。
仙道は、まだ、藤真のことを――。
この海岸で最初に出逢ったときよりも、もっと、ずっと。

「・・俺たちの中で、何々しちゃ駄目とか、何々じゃなきゃ駄目とか・・
そんなの・・・少なくとも、俺にはありませんよ」
「じゃあ」
「だけど、藤真さんだけ最後のお願いできるの?ひどいなぁ」
「じゃあ、おまえの願いって、何」
「別れるの、やめない?」
「それは無理」
「・・あっさりと・・・厳しいな~」
「キス、していいか」
「藤真さん、そんな攻めキャラだっけ?」
「ダメって言っても、するぞ」


そう言って顔を、不自然に左斜めに傾けて
藤真の唇が、そっと触れてきた。
少し滑稽なくらいに――不器用なキスだった。

結局、あれだけキスをしたのに、彼は最後の最後まで慣れなかった。
でも、今思えば、そんなところも好きだった。

・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・不器用なキスは、ほんの数秒で離れてしまった。
名残惜しくて・・閉じた目を開けるのが辛かった。
目を開けてしまえば、触覚だけでなく、
視覚でも彼が離れたことを認識しなければならなくなるから。



「・・これ、俺のファーストキスだから」
「え?」
「俺、したくて自分からしたこと、なかったから。
これ、自分がしたくて自分からした、初めてだから。
おまえにもらって欲しかった――」
「ああ・・・」


そうだ。
散々彼とキスを――
それは大抵行為の最中に・・または事後に・・別れの寸前に軽く・・交わした。
だけどそれはいつも仙道からか、どちらからともなく、だった。

藤真からされたことは、確かになかった――。



「ありがとう。仙道」
「晴々と、そんな」
「ごめんな」
「また謝る」
「ごめん・・最後くらい、明るく別れようぜ。シケたツラするなよ」
「うん・・・ねぇ、藤真さん」
「ん?」
「俺の初めても、もらってよ」
「・・何をだよ」
「何、その警戒態勢」
「するだろ、だっておまえだもん」
「どんな俺ですか」
「どんなって・・・なぁ」
「何かもう、否定の言葉とか疑いの目とか、謝罪とかも・・・
たくさんなんですよ。こんな最後に」
「ごめん・・・」
「あっ、ほら、また謝った!」
「ごめん」
「・・・・・・・」
「仙道?」
「ひとりごとだから・・・答えとかいらないから・・言っていい?」
「え?」
「藤真さん、好きだ」
「!」
「俺の、初めての告白です」
「仙道・・・」
「・・ほら、俺モテるから告白って、自分からしたことなくって。
いつも、気付いたら付き合うっていうか、そういう関係になってるからな~」
「・・・何だよそれやらしー、シリアスになって損した!!」
「はっはっは、びっくりしたでしょう?・・でも、本当のことなんだけどね」
「もう騙されないぜ」
「えー?響かなかった?」
「全っっ然」

ひとりごと、なんて笑えない冗談を言うくらいなら、
もっと、駄々をこねれば良かった。
元はと言えば、最初は藤真に、後輩の顔をして近づいた。
漬け込んだ。その時みたいに。


だけど・・・今の自分はどこか大人ぶりたくて。
多分、初めて真剣に好きになった人の、前だから。
だから、格好つけたいんだろう。

こんな時にまで。


それでも・・不思議とプライドとか、傷つかないための言葉の防御壁とか
・・・そんなことは一切思っていなくて。

(ただ、もうあなたの困った顔をこれ以上見たくない。困らせる原因に、なりたくない)



・・咄嗟、仙道は藤真を抱きしめた。

強く、強く――・・藤真の華奢な骨が、軋むくらいに。

鼻腔をこすりつけて――

まるで藤真の匂いを、感触を、自分の五感や記憶に、沁み込ませるように。


・・・藤真が、腕の中で悲鳴をあげそうになっているのに気付いて、
ようやく仙道は力を弛めた。

危うく、そのまま抱き潰してしまうところだった。
こういう激情を自分が持っているということも、藤真が初めて教えてくれた。

・・・敬意を込めて、もう1度だけ、優しく、包み込むように抱きしめる。
そして、折れそうな心に鞭を打って、何とか発した。


「・・・藤真さん」
「仙道」
「今日は、飛んでないね」
「え?」
「パラグライダー、出逢った日は、たくさん飛んでいた」
「ああ・・あれか」
「幻想的だったね」
「うん・・・特に青と、緑が」
「藤真さんもそう思ってたの?奇遇だね」
「仙道・・・」
「パラグライダーって、藤真さんみたいだ」
「俺?」
「うん」
「優雅で、キレイで」
「そんなんじゃ・・俺はそんなんじゃないよ」
「あなたは、キレイだよ」
「嘘」
「だから好きになったんだ」
「仙道」
「なんてね。じゃあね、バイバイ藤真さん――」


もっと違う出逢い方をすれば良かった――
そんなこと、考えても仕方がない。
こうして出逢って、こうして別れる。
それ以外は、知らないから。存在しないから。
ただ、まだその運命なのか偶然なのかに対して
ちょっと、やるせない気持ちを持て余しているけど・・・。

始まりの時は、両方が手を取り合わないと成り立たないのに
別れの時は、どちらか一方が手を離してしまえば、成り立ってしまうなんて無情だ。


彼は、優雅で潔い緑のパラグライダー。
仙道も、確かに一緒に浮かんでいて。

だけど、彼は先に着陸を決めてしまった。
空中に取り残された仙道の気持ちは・・・

今夜の青みがかって観える満月のように・・

当てもなく、彷徨うだけ。

ぽっかりと、浮かぶだけ。


(藤真さん、できるならこれからは、どうか元気で幸せに―――)




・・・さて、自分はこれから何をしようか。

これからの自分の生活が・・藤真なしになる自分の毎日が
やけに不慣れなものになっていくのだろう、
という漠然とした苦々しさが、早くも身体を支配し始める。

(頑張れ、俺)

・・・目を閉じると、早くも
ある日の土曜日、仙道の部屋の小さなテーブルを挟んで
鎌倉しふぉんのケーキ、アールグレイ味を
幸せそうに頬張っている藤真が、まぶたの裏に浮かんだ。

それに・・・

ふとした時に、道端でさりげなく甘えてきた藤真。

海辺で少し照れた様子で、そっと寄りかかってきた藤真。

自分の発した冗談に過剰反応して、
ムキになって、押さえ込む様に肩に手を回してきた藤真。


とにかく、頭に藤真ばかりが浮かんでくる。

そのどれもが他愛のない一場面に過ぎないのだが――
仙道にとっては、そのどれもが今となっては大切だった。
どれが1番、なんて選べるはずもなかった。


(・・・そうだ、思い出の整理整頓でもしよう)
今まで、思い出に浸る暇もないくらいに目まぐるしい毎日だったから。

この際・・・今までの思い出をきちんと記憶に落とし込んでおいて
それを食い潰してどこまでやっていけるのか――
そんな実証をしてみるのも、悪くない。

1人そんなことを思って、少し微笑んだ。


・・・藤真はいつの間にか仙道にとって、他の誰にも触れられたくなく、
誰にも取って変われない、そんな欠くことのできない人間になっていた。

自分にとっての、特別な、そんな藤真が。

彼が――穏やかな幸せを味わえる日が来るように。
最速最短で、そんな日が来るように。

(だけどそれが俺によって来る日ならば――
良いなぁって、ずっと思ってたんですけどね・・・)




******************************




結局聞けなかった。

仙道がよく口ずさんでいたあの歌が
誰の、何という曲なのか、直接。


藤真は、実はその回答を知っていたけど。

仙道の部屋でCDを見つけて、勝手に聴いたことがあるから。
あの時、仙道は確か、寝てしまっていて。
その寝顔がまるで幼い子どものようで・・・、
大男相手に使う言葉としては少々おかしいが・・・可愛らしいと思った。

CDは、トライセラトップスのフィーバー。
スピーカーから流れだしたのは、仙道より幾分上手で、
だけど、違和感のある声だった。
・・・藤真は、仙道が歌うそれしか知らなかったからだ。
いつの間にか、そちらが元歌のようになってしまっていた。

ボーカルの歌い方に特徴があった。

”午前中” を ”ごぜえんちゅう” と言うし、
”きれい”を”きれえ”と発音する。
”え”が、少し目立つのだ。

でも・・・仙道の歌ではそれが極端すぎて、少しおかしい。
まるでものまね芸人が真似する時に、大袈裟に真似するみたいに。
しかも、それをまじめに歌っているから、さらにおかしい。

それでも、藤真は・・・仙道のその歌を聴くのが好きだった。
仙道が、あの何者にも動じない、興味もなさそうな仙道が
ロックバンドのボーカルの真似をしようとして、滑稽になっているのが。
そんな仙道が、可愛らしくて仕方が無かった。

・・・そのことは本人には告げなかった。
もし言って、意識してやめられたら寂しいと思ったからだ。


でも、ずっと企んでいたことがある。
まったく何も知らないふりしながら、興味もなさそうなふりしながら、

「その曲、誰のなんて歌?」 って。
いつか、仙道に聞いてみたいと思っていた。

その時、あいつはどんな反応をするか――。


・・それを想像して、藤真はひとり、よく思い出し笑いみたいなものをして
仙道にからかわれて、気味悪がられたものだ。

・・・あんなにくだらなくて、楽しかった日々・・・。

まるでグライダーのように飛んで、
フワフワと気持ち良く、漂っているような日々だった・・・。






・・・しばらく経って、牧が戻ってきた。


「あれ?仙道は?」
「・・帰った」
「ああ!?」
「家、近いんだって・・・歩いて帰れるから・・って」
「ったく・・・マイペースなやつだな」
「うん」
「・・・おい、おまえどうしたんだ」
「え?」
「目が、赤いぞ」
「ああ、風が強くて・・砂が入ったみたいだ。痛い」
「どれ・・・見せてみろ」
「・・・本当に、すげー痛い」
「お、おい、大丈夫か!?」
「ヘーキ・・・だけど涙、止まんない・・・」
「もっと・・・泣いてもいいんじゃないか?
涙で砂、全部押し出してしまった方がいいだろ」
「・・・そうだな」

・・・心配そうな牧には少々悪いと思いながらも
藤真は、流れ出る涙を止められなかった。

だからさっき・・・仙道のことも、追えなかったのだ。
涙で、視界が滲んでしまって。

でも、それで良かったのだ。

追わないで済むために、弱い自分を引きとめるために、
きっと涙はここぞという時に出しゃばってくれたのだ。



(・・・うぬぼれかも、希望的観測かも、しれないけど)

『藤真さん、好きだ』

あの時の仙道の言葉は・・・
告白は・・・本物だったのではないか。

仙道は、本気で自分のことを。

自分だって・・・!

それなのに。



響かなかったって?
そんなはずはない。

響かなかったら、こんなに涙なんて出ない。




・・・どうしてあんな風に出逢った?
どうしてもっと、キレイな出逢い方じゃなかった?

・・・解っていた。
出逢いを、過ぎてしまったことを責めるのは、おかしな話だ。

そこには、本当はキレイも汚いもない。
これ以上もないし、これ以下もない。
ああ言ってくれる仙道に甘えて、
結果オーライで流されてしまえば良かったのに。

それでも・・・自分の何か芯のようなものが疼く。
責めずにはいられないし、断ち切らずにはいられなかった。

自分は、一体どうしたいのだろう。

仙道とこんな風に別れて、意味のないひとりになって・・・


ああ、でも、やっぱり、これで良い。

(もしこれが間違いなら、俺はこれから先後悔しまくって、酷い目に合えば良い)


そう、自分は痛い目に合いたいのかもしれない。

自分みたいな、卑怯で臆病な人間は、痛い目を見た方が。
今まで、流されすぎた。それなのに、うまくいきすぎた。

そして仙道を・・・好きになってしまった。


そんな自分を、やっぱり許せないと思う。
許してしまえたらどんなに楽だろうか。

でも、ここで許すような自分を・・・
仙道は本当に好きと言ってくれたのだろうか。

それは、違う、気がする。


だから。
この別れは、正解―――。

(バイバイ仙道)




藤真はいくつかの思っていたことを、仙道に伝えられないまま、別れた。

トライセラトップスのフィーバーについて。
真似してるの?ちょっとやりすぎじゃない? と。

鎌倉しふぉんのケーキが、いつも紅茶味のことについて。
プレーンも好きなのに何故いつも紅茶なのか?
仙道自身が紅茶を食べたいのか、それとも藤真が紅茶が好きだと勘違いしてのことなのか? と。

湘南に浮かぶ月について。
いつも自分の目には、ここから観る月は少しだけど青っぽく観えていて。

それが、すごい享受力で。

あるがままで、孤高で、美しくて。


そう・・・まるで仙道のようだと、
いつも思っていた・・・と。




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だが――これは、まだまだ甘い。
この時彼らは、まだ知る由もなかったのだから。


運命は、いくつもあるということを。

同じチャンスは2度とないが、同じようなチャンスは
また巡ってくることもあるということを。
(特に強く望んでいるのなら尚更だ)


・・・ハッピーエンドもバッドエンドも、
終わったあとが本当の始まりだということを。

湘南の腰越港で2人きりで出逢ったあの2003年の冬も、

翔陽高校の体育館倉庫で縺れ合った2004年の7月4日の蒸し暑い日曜日も、

出逢いの場所、湘南の腰越港で別れることになった2005年の2月の終わりも、すべてが

長く思えていてもまだまだ甘い――
まだ本編に入る前の導入部分――
そう、つまりは序章・・・プロローグに過ぎないということを。

本当に縁があるもの同士は、最高のタイミングで再び巡り合えるということを。

・・・それから何年か後に始まることになる、本編に期待して。



昔の人は言いました。

逢うは別れの始めだと。

出逢ったからには、その時からすでに別れへのカウントダウンが始まっていて、
必ずいつかは別れなければいけないということです。

そしてあまり知られていないことかもしれないけれど、

別れは逢うの始め、ということも。

何もこれは、”新しい出逢い”に限られません。

”成長した人間同士の再会”も含まれるのです。




・・・時が経てば、人間もきっと、変化する。
もしかしたら退化もするかもしれないが、きっと成長もする。


今度再会する時には、
仙道は格好つけず、藤真をただ好きだと言えるだろうか?

藤真は頑固なこだわりを捨てて、
トライセラトップスのフィーバーという曲名を、
仙道の口から聞き出すことができるだろうか?



・・・こうして次の舞台は、2010年の春へと移る。



>>完


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何とか仙藤祭中に間に合いました!!
7月中に書き上げたかったけど、それも何とか!!
うーん達成感・・・か?

続きのお話は、藤誕でできたらお会いしましょう!!

Special Thanks
>>>主催のあさこ様、仙藤祭に作品展示されている皆様、
仙藤祭をご覧になってくだすった方々、そして今これを観てくだすっている貴女。
ダイヤのA、ゲットアップキッズのハウロング・イズ・トゥー・ロング、
カプセルのグライダー、トライセラトップスのフィーバー。

*2013.07.31 大安


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