仙藤祭2013
湘南グライダー:青春プロローグ ①二項演算オーバーフロー |
「藤真そういうの、やめた方がいいぞ。悪趣味だ」 ・・・その日は、藤真にとってめずらしい1日になった。 1日に2人の男の、意味不明の怒りを買ったのだから。 ******************************* ・・・神奈川の高校バスケ界においては ”№1ガードの双璧、海南の牧に翔陽の藤真”という通称がメジャーであるが 翔陽高校に置いては、”野球部の日下にバスケ部の藤真”の方が、知れた呼び名であった。 と言うのも。 翔陽高校はバスケ部と同じくらい、野球部が強豪で有名だった。 野球部の日下暁(くさかさとる)とバスケ部の藤真健司。 ・・・2人とも両部活で異例の1年の頃からのスタメン、おまけにエースで だから順当な結果とも言えるのか、3年生が引退した2年の今 お互いキャプテンに就任が決まったのだった。 2人はタイプこそ違ったが派手で華があり(プレーもそうだ)、 人目を引かずにはおれない容姿をしていた。 日下は切れ長の目に艶のある黒髪で、昔の武将のようであったし、 藤真はとにかく大きな目で色素が薄く髪も栗色、まるでフランス人形のようであった。 (・・・2人の容姿は対照的と言えたが・・共通部分もある。 それは2人とも、驚く程色が白かったことだ) そんな学校の顔である両部活が、この時期に合同で親睦会をやるのは 毎年の恒例行事となっているのだが。 ・・・ここでも日下と藤真は、”相変わらず”の様子であった。 ・・ちなみに彼らの”相変わらず”を 彼らをよく知らない人間に言わせると ”一触即発で、冷や冷や”であるが、 彼らをよく知る人間に言わせると ”彼ら流のじゃれあいで、仲が良い”になるらしい。 ちなみに日下は元来無口な人間であるのだが 藤真といる時のみ、よく喋る。 (それでも口数の少ない部類であるのは違いないが) ・・この新キャプテンのギャップに、野球部の仲間たちは その様子を初め見た時、もれなく驚くのだった。 また、言うまでもないが補足しておくと、 藤真はよく喋る部類の人間だ。 今回の親睦会でも、もちろんその性質を発揮していた。 日下が1喋る間に、藤真は10喋った。 そして、いつものようにその気があるのかないのか(ないのだろう) どちらともなく突っかかり、悪態をつき 今にも取っ組み合いの喧嘩を始めそうなのに ・・・それでも結局何も始まらず、 それどころか隣同士で離れず、両者は終始そこにい続けるのだった。 **************************** 「・・んだとコラ!もういっぺん言ってみろ」 「バスケ馬鹿」 「野球ゴリラのくせに」 「何?」 「何度だって言ってやらあ!」 ・・・本日何度目かの攻防が始まった。 周りには、オロオロする両部活の1年生と、 気にも留めず料理を食べている2年たち(花形と一志はこのタイプだった)、 また・・ニヤニヤしながら2人を眺めている2年たちがいた。 だが、この一連のやりとりは不思議なもので、 「ふんっ・・・うるせーんだから」 「どっちが」 「あ、ところでさー、運営会議のことなんだけど野球部って」 「?ああ」 ・・・このように結局いつも、2人の会話は綺麗に収まっていって、 ”即発”まで至らない。 今回も、藤真は勢い余ってさっきまで立ち上がっていたのだが (それでも日下は終始座ったまま) 真面目な相談を思い出し、また大人しく日下の横へ座り直した。 ・・しばらくすると、藤真の横へ野球部の安城と沼田が来た。 2人は藤真と同じクラス、2年6組だった。 (入れ替わりに日下は、他の部員たちに呼ばれて席を立った) 「藤真ぁ、さっきの俺、フリかと思ったぜ」 「あ、俺も俺も」 「フリ?・・って、何が?」 「だからー、ネタよネタぁ」 「は?ネタ?」 「あるだろ、ダチョウ倶楽部の」 「ダチョウ?」 「ほら、散々口喧嘩しといて段々相手に近づいてって、 最後には チュー! して仲直りするやつ」 「ちゅー!?・・・ああ、そんなんあるな」 ほとんどテレビを観ない藤真でも、それは知っていた。 「そうそう、それをやる前フリかなって思ったんだけど」 「はあ!?日下と俺が?」 「違うの?」 「・・やんねーだろ、ばぁか」 「何だよつまんねーな」 安城と沼田は、げらげらと笑った。 ・・そこへ、日下が元の、藤真の隣の席に戻ってきた。 「何の話」 「おまえには関係ねーよ、ばぁか」 「何?」 「馬鹿なもんは、馬鹿。事実を言ったまでだ」 「・・そういうおまえが馬鹿なんだ」 「何だって!?」 また一気にくだらないやり取りでお互いムキになりながら、 思わずどんどん顔が近づいていく。 いつの間にか2人とも、白熱して立ち上がっていた。 藤真が日下のTシャツの胸倉を掴む。そして すでに185センチを優に超えている日下を、悔しいが見上げるように睨む。 1年生は声色を変えて、やめてください! とか とりあえず離れましょう! とか言っている。 藤真には、もちろん殴ったりするつもりはない。 だって、実は腹なんてそんなに立っていないんだから。 (直接聞いたことはないが、日下自身も恐らくそう思っていると思う) ただ・・・何故か日下とのやりとりは、いつもこうなってしまう。 (自分は、もしかしてこのやり取りを楽しんでいるだけなのかもしれない) ・・・だがその時、安城と沼田が先程の”一発芸”を期待してか ニヤニヤしているのが、藤真の視界の端に入ってしまった。 (あいつらめ・・・) だがふと、藤真はその話に乗ってみるのもいいかもしれない、と思った。 アリかも。 それも、面白いかも。 同級生も後輩も、バスケ部も野球部も。 この2人のそんな場面を見たら、どんな反応をするだろうか? ・・・それはそれで、すごく盛り上がるのかもしれない。 周りをそれとなく見渡すと、みんな自分たちに注目していた。 ・・急に方向転換を決めた藤真は 離そうとしていた日下の胸倉を掴んだ左手に もう1度、力を込めて自分の方へ引き寄せた。 日下の端正な顔が、一段と近づく。 彼の涼しげな切れ長の瞳の奥が、何も知らない子どものように純粋に 不思議そうに自分を覗きこんでくる。 ・・・それを少しだけ”可愛い”と思った。 そして藤真は目を閉じて、 そのまま日下の唇に覆いかぶさろうとし・・・ 「!!うわっ・・・!!」 あまりの衝撃で、藤真は後ろに弾き飛んだ。 (真後ろにいた伊藤、高野に支えられて何とか無事だった) ・・・何が起きたのか、状況が把握できない。 見上げると日下が、尻持ちをついた自分よりだいぶ高い位置で、 呼吸を荒く乱して・・・藤真を見下していた。 どうやら、思い切り突き飛ばされたらしい。 日下が、藤真を睨んでいる・・・。 その、普段は涼しいはずの瞳の奥の―― 危険な強い光に、思わず後ずさりそうになる。 「・・おいおい、危ねえな日下!!藤真ぁ、ひどく嫌われちゃったなぁ」 「ダチョウ倶楽部のノリの、冗談なのによ、冗談~!な~んて・・」 安城と沼田が、焦ったように茶化してくる。だが。 (・・今、こいつは本気で怒っている) 藤真は、そう確信した。 日下が本気で怒るのを見たのは 1年だったあの時と――、 そして、これで2度目だった。 「・・・・・・っ!!」 「え!?ちょ・・・日下!!」 ・・・日下は、何も発することなく踵を返すと 大股で、部屋を出て行ってしまった。 何で自分がこんなにも怒られなければならないのか? 藤真には、まったく解せなかった。 **************************** その後、微妙な空気のまま会がお開きになった。 結局、途中で日下がその場に戻ってくることはなかった。 藤真は、何故だか恥をかかされたような、割りを食ったような気持ちが収まらず イライラを抱えたまま、帰宅せねばいけないハメになった。 ・・・しかも、まさかこの男にまで説教されることになろうとは。 「・・あれはなかったな」 家が同じ方角なので、同じ電車に乗って帰路についていた花形が それまでだんまりを決め込んでいたのに――突然開口一番、そう言い放った。 「”あれ”って、日下のだろ?そうだよな。あいつ、あれはないよな」 「なかったのは、おまえの方だ」 「は?」 「藤真そういうの、やめた方がいいぞ。悪趣味だ」 「・・おい、悪趣味とは何だ、俺はただあの場をシラけさせちゃいけないと思って」 結果的に、余計シラけることとなったが。 「それが悪趣味だって言ってるんだ。おまえは、そういうのじゃないだろ」 「そういうのって何?お笑い芸人みたいな、ってこと?」 「そうだ。やって良いキャラと、ダメなキャラがある。 そして冗談で済む相手と、済まない相手がいる」 「・・勝手に俺のこと、やる権利が無い人間みたく、決めんなよ」 「そんなのは権利とは言わない。それに何より・・日下の気持ちを考えろ」 「気持ち?日下の?」 「俺は、それが解る気がするから」 「どんなだよ」 「・・・人の気持ちなんて、他人から伝えるものじゃない」 「じゃあ、どうしろってんだよ」 「どうしても知りたければ、本人に聞けよ」 「どうして俺があいつの気持ちを聞いてやらなきゃなんねえんだ? ・・それにおまえ、あいつがあんなにキレてたの、見たろう!? 聞けるかよ。聞いたって、教えるかよ俺に!?」 「じゃあ、聞かないことだな」 「なんだよそれ!全っっ然解かんねえよ」 「だろうな。今のおまえでは、一生解らないさ」 ・・・藤真が再度抗議の声をあげようとした時、 ちょうど花形の自宅の最寄り駅に電車が着いたところで、 彼は踵を返して、さっさと下車していってしまった。 挨拶もせずに。 ・・・藤真は1人残された車内で揺られながら 不満を持て余す様に利き手を力いっぱい握りしめて、憮然としていた。 (日下、めちゃくちゃキレてたな。 しかも花形まで・・・!?何なんだよあいつら・・!!) ・・・どうして2人の怒りを買ったのか、 藤真にはまったく解せなかった。 ********************************** *capsuleのグライダーって曲から この題名を思いつきました。あの歌の甘酸っぱい感じが、この話通してのテーマ。 オリジナルキャラクターの日下暁(くさかさとる)は、 流川とダイヤのAの降谷暁をモデルに書いてます。 自由に想像していただいて構いませんが、一応。 2013.07.07 七夕。願事は1つだけ。 僕たちをどうか受け入れて、星に願いを(ジャンヌにそんな歌があったな・・・) (お手数ですが、ブラウザでお戻り願います) |