・・・カーテンの合間から差し込む光で気がつく、朝の訪れ。
いつもの見慣れた自分の部屋の、ベッド上。
・・何やら、夢を観ていたようだ。
ぼんやりとしか、思い出せない。
紫の花。緑の葉茎。美しい女性。そしてブルームーン。
ブルームーンと言えば・・・昨夜、自分は実際に観たのではなかったか?
そうなると、果たして先程まで観ていたものは・・本当に夢だったのか?
――目覚め時は、様々な境界線が曖昧になる。
夢と現実、過去と現在、顕在意識と潜在意識・・・。
・・だが。
昨夜の自分の記憶が正しければ。
牧は酩酊する頭を抱えながら身を起こし、あることを確認する。
――やはりな・・・。
いつもの見慣れた自分の部屋での、見慣れない光景。
牧の隣では、同僚の藤真が気持ち良さそうに寝息を立てていた。
夢のようでも、これが現実。
****************************
「うー、にしてもイマイチだな」
藤真を何とか叩き起こした牧だったが、
それでも昨夜から相変わらず受難続きだった。
何十回目かの呼びかけ――時間を置いてまた――
あまりに起きないので、最後には頬を軽く叩いて、つねった。
そしてやっと、辛うじて薄目を開けたと思ったら
開口一番、
「・・・コーヒー」
「は?」
「コーヒーないと、起きらんない・・・」
・・これだ。
さしてコーヒーが好きでもない牧の家に、そんなものが置いてあるはずもない・・・
と、思ったが。
あった。
泊まりに来た際の彼女が、必ず毎朝飲むのであった。
しかし・・・あるのは豆のままの原物。
彼女がやっていたのをおぼろげながら思い出す。
まずは、豆を挽かねばならない。その後はドリップ・・・。
何とか真似ごとのようなことをして、見事に抽出液(それがコーヒー)が出たと
自分自身の行いに感動していたのも束の間、
「・・・何これ、薄すぎ」
藤真の、不機嫌で低血圧極まりない一言で、牧は匙を投げた。
「自分でやらんかっ!!」
「はー、モカね。おまえの彼女、そういう趣味なんだ。ふーん。
・・ていうか酸味キツっっ!俺はもっと苦味がある方が好きだな。
深い味の。朝はやっぱりエスプレッソに限るよなぁ」
・・藤真は、まるで口うるさい姑みたいだ。
もし義理の母親がこんなのだったら、女性が結婚を渋る大きな要因となるだろう。
何が”朝はやっぱり”なのかもわからないし、エスプレッソもよく知らない。
とにかくコーヒーの味など、飲まない牧にはわからないし、どうでも良いのだ。
あれから結局藤真は半分も目が開いていない状態で
ぶーぶー言いながらもベッドから起き出してきた。
勝手知ったる様子で、牧の婚約者の器材を使ってコーヒーを入れ直す。
今彼の手に持たれている小洒落たカップも・・・彼女のものだ。
そしてトーストを勧めたのに、いらないと言う。
それならばと果物を勧めてみたが、それもいらないらしい。
藤真は、どうやら朝を食べないようだ。
何も食べずにコーヒーなど飲んで、ますます胃を悪くしそうである。
「さっきからずっと文句言ってる割には、
そのお気に召さないコーヒーでも目が醒めたんだろ。感謝しろ!」
「・・おまえが入れたコーヒーがマズすぎたんで、驚いて目が醒めたんだ」
「この、減らず口め!!」
「口が減ってたら、俺じゃないだろ?」
「朝から、やかましい奴だ!」
「んー、でも俺今朝、ちょっと調子狂うわ。
なんかさー、おまえの部屋って寒くない?昨晩、寒くてあんま寝られなかった」
「なっ・・・・!!!!」
牧は、怒りを通り越して愕然(がくぜん)とした。
昨日、あんなに死んだようにずっと眠っていたじゃないか!!・・・と。
・・・昨夜は、本当に眠れる藤真との戦いだった。
藤真の冷たい足攻撃を何度も受けた。
靴下を何度履かせても、器用に脱いでしまって。
何度もそれを繰り返し、1度は諦めてソファで寝転がった牧だったが
狭いソファでは、全然寝られる気がしなくて。
・・何十分経ったのか、何時間経ったのかもわからなかったが
ベッドに戻って藤真をつついてみると、
足がだいぶ温まっていた(それでも冷たかったが)。
そこで、やっと眠れると思ってベッドに戻ると
今度は・・・急に
押し殺したような規則的な唸りが部屋中に上がって、思わず身体がびくっと跳ねた。
何度目かで気付く。
これは、携帯電話のバイブレーションだ、と。
牧の携帯・・は、こんな夜中に鳴ることはまずない。
そうなると、これは藤真の携帯だ。
・・布団を頭から被って、やり過ごす。
そうこうしているうちに、コールが切れた。
そしてしばらくして・・やっとまどろんで来たと思ったら・・・
・・・また、始まった。
一体誰だ!?こんな時間に・・・
暗闇で時計を確認する。
2時47分。
正気の沙汰とは思えない。
無視をしようと思うのだが、あまりにしつこいので
牧は がば と起き上がった。
もちろん、当の本人である藤真は相変わらず爆睡中だ。
藤真の革製の鞄の中が・・薄く発光しているのがわかる。
着信の故だ。
そして、牧が鞄に手を伸ばそうとした時、コールは突如止んだ。
画面を、見るか?
こんな時間に、藤真に、誰が、何の用で・・・?
こみ上げる怒りは、単に眠りを起こされただけに留まらない。
大きな訝しさと、少しの興味。
昨夜、藤真と交わした会話を思い出す。
『俺、犬飼ってるんだけど』
『おまえ平日ほとんど家にいないのに」』
『でも、本当に大丈夫なんだもん』
もしかして・・・藤真の家には誰か
犬の面倒を見る人間がいるのかもしれない、と思った。
そう考えるのは、自然だった。
小型犬や、猫ならともかく。
大型犬を1人暮らしで飼うのは難しいだろう。それも、藤真のような忙しい人間が。
今の電話は・・・
”藤真の留守に、犬の面倒を見る人間”からだったのではないか。
・・否、もしかしたらまったく他の誰かかもしれない。
例えば・・・ああ、そうだ、
酔っぱらって訳がわからなくなった同僚だとか。
あってはならないことだが、
親族の事故や危篤・訃報の連絡だとか。
だが、その中で可能性として、高いのは・・・。
とにかく、あれこれ考えるより・・
今なら確認することができる。
藤真の裏にいるかもしれない、誰かを・・・。
・・結局牧は、それをせず、大人しくベッドに戻った。
良心が勝ったのだ、と昨夜は思った。
だが、今となって思い返せば、その時勝ったのは本当に良心であったか。
知った時の衝撃に自分が耐えられるか考えた上での、安全策だったのかも・・わからない。
その電話以降は・・藤真もひっついてこなくなり、
ようやく牧に眠りに落ちた時は、一体何時だったのだろう?
だが、やっと訪れた眠りも浅かったようで、
牧はどうやらずっと夢を見ていたらしい。
それも、ハッキリは覚えていないけれど。
・・だから、牧が眠れなかった、と言うなら正しいのだが
藤真に至っては、終始気持ち良さそうに眠っていたのだ!!!
「あんまし寝られなかった」が、聴いて呆れる。
(こんにゃろう・・・!!)
「・・言わせてもらうが、おまえのその足は何なんだ?」
「足?」
「死人のように冷たいだろ!!」
「ああ、そう?」
「冷え症にも程があるぞ」
「何でおまえがそれを知ってんの?」
「何で・・だと!?おまえ本当に昨夜のこと、覚えていないんだな!!」
「うん」
「・・そりゃそうだな、爆睡だったものな!!」
「いや、だから、あんまし眠れなかったってゆってんじゃん」
「どの口が言うんだ!!いいかっ良く聴け!!
おまえは昨夜その氷のような足を何度も俺に擦りつけてきて、
おかげで俺はほとんど眠れなかったんだ!!」
「"氷のような足"?」
「ああ!!決して大袈裟な表現ではないくらい冷たかった!
靴下を何度履かせても、脱いじまうしな!!」
「あ~、だから何か足が気持ち悪かったのか。靴下なんて履かせるなよ。俺、嫌い」
「なっ・・・!!!!」
「でも・・そっかー、考えたことなかったけど、だから毎日寒くなかったんだな」
「何!?」
「犬と一緒に寝てるから」
「犬!?・・・と、寝てるのかおまえ」
「うん、毎晩。そっかー、あいつ、俺の湯たんぽなんだな。温かいもんな確かに」
「そりゃ・・犬なら耐えれるだろうさ!!」
「感謝感謝、だな。ああ、帰ってやらなきゃ!」
「・・急いで帰る必要、あるのか?」
「何?」
「面倒みてくれてる人間が、いるんだろ?」
「何で?」
「・・昨夜、おまえは爆睡だったが、携帯がずっと鳴っていたぞ。
もう3時近かった・・・随分と常識的な相手だな。
そんな時間に、一体誰が電話してくるんだ?あ?」
藤真は牧のその詰問は無視して鞄を大胆に探り、
薄いスマートフォンを引っ張り出した。
そして画面を確認して・・・
「本当だ、犬からだ。帰らなきゃ」
と真顔で言った。
牧は、大きな溜め息をひとつついた。
もう、問い詰める気も失せた。
否、もしかしたら、藤真が誤魔化してくれたことに
どこかで安心しているのかもしれない。
知りたいことは、知りたくないこと。
・・・今までの人生で、物事をこんな風に複雑に思ったことは、果たしてあったのか。
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今日は土曜日だったが、平日と変わらず朝からバスケの練習がある牧は会社に・・
というか、会社の、体育館に車で向かう。
藤真を乗せて、会社近くの駅で降ろすことにした。
まだ時間が早いので、家まで送って行くと言ったのに、断られたのだった。
「昨夜、本当に色々話したな」
「ああ。おまえの嫁の話とか」
「それはいいだろ!」
「あっ、今日もまだ棚上げなんだ」
「ずっとだ」
「何それ、意味わかんない」
「おまえが航空部門志望だったとは知らなかったしな」
「俺、車に興味ないってずっと言ってなかったけ?」
「口だけかと思っていた。いつもの悪趣味な冗談かと」
「ひでえな」
「確かに、気付くべきだった。何たって、緑のゴルゴ発言だもんな」
「むっ」
思えば、ゴルゴ以外にもたくさんあった・・・。
『岸本の車、ほら、何だっけあれ・・!
”藍色のシャツを着たロメオ”みたいな!』
『・・は?』
『だーかーらっ、”レミオロメン”みたいな名前の車!!』
正解がアルファロメオ、だとわかった自分を褒めてやりたい。
・・それに、プジョーを観て
『あ、ジャガー』と言ったこともあった。
プジョーはライオンのエンブレムだし、ジャガーはジャガーなのに・・。
藤真に言わせれば、どちらも同じらしい。
発言を恥じるどころか、後で作った方が
訴えられてもおかしくないレベルの酷似だと、真顔で言いきる。
・・もちろん、両者は動物であると言う事以外、似てはいない。
「にしてもおまえ、車どうしたの?」
「あ?」
「緑のボルボ。まだ、乗れんだろ」
「ああ、実家にある」
「何で変えたの?」
「なに、もう、古いしな・・」
牧は、現在国内メーカー、
W自動車の高級ブランドであるフォーディアに乗っている。銀色のセダンだ。
この車も、なかなか良い。
だが、緑のボルボには敵わない。
何より、自分が他のものが
目に入らないくらい気に入って、初めて手に入れた愛車だった。
だが・・・事情は、色々ある。
それを今、藤真に話したくはない。
「俺、気に入ってたのにな~」
「何?」
「あの緑の車だよ。あいつ、イカしてた。名前がややこしい以外は」
「・・名前は別に・・」
寂しそうに呟く藤真の様子を横目に、牧まで寂しくなってくる。
「緑のボディ・・キレイだったな」
「ああ・・」
緑のボディ・・。
緑、紫・・・。
ふと、牧の記憶を去来したものがあった。
・・あれは、昨夜だったか。
それとも、気が遠くなる程、昔だったか。
現実だったか。夢だったか。幻想だったか。
ここの世界だったか。ここではない世界のことであったか。
わからない。だが、確かに牧は見た。
夜の闇の中で、発光するもの。
頭が乳白色で、淡い紫・・藤色の。透けそうな薄い4枚の、
牧の大きな手のひらに1つがちょうど収まるくらいの。
そしてボディは・・繊細で、ガラス細工のように透明で、混じり気も穢(けが)れもない緑。
触れたら身体も心も全て浄化されそうな、でも触れるのを躊躇(ためら)わせるような
高貴な雰囲気を纏った・・・不思議な・・何だ?
それに香り・・あの香りは、
簡単には言い表せない。単純ではない。
柑橘系と言えないこともない。だが、もっとオリエンタルな・・妖艶な・・・。
麝香(じゃこう)のような・・薔薇のようなフローラルでもあるような・・・。
牧は、あの匂いが、とても好きだった。
名前は・・・。
「キャタリスト・・」
「キャタリスト?」
牧の呟きを、藤真が疑問形かつ、オウム返しした。
「って、知ってるか?」
「は?・・おまえ、頭でもぶった?
キャタリストって、カタリストの事だろ。触媒、だろ」
「違う!それではなく・・」
「それではない?・・自動車用語でないキャタリストって、何だよ?」
キャタリスト・・つまり触媒とは
他の物質の仲介となって化学反応を起こさせる物質の総称で、
排ガス浄化装置や燃料電池などに用いられる。
藤真が言っているのは、それのことだとすぐに解った。
自動車業界に関わる者なら、間違いなくそれを連想するだろう、だが・・・。
「わからないから、聞いている」
「はぁ?何なんだ」
「調べてくれ」
「ちっ・・質問まで傲慢なやつ」
そう言いながら、藤真が”犬から着信があった”という
スマートフォンをいじりだした。検索をかけているのだ。
「・・“株式市場において、相場を動かすきっかけとなるイベント
もしくは材料のことを指す。例えば企業が決算発表を行う場合や法改正により
ある企業にとって有利、不利となる変更が行われる場合など、
それによって企業の株価が大きく変動する可能性を含むもののことを
カタリストと言う”・・だと。これか?」
「それも違う!!株や投資の話ではない!!」
「じゃあ、これは?・・“相手に刺激を与える人”“ムーブメントを起こす人”」
「違う!!」
「じゃあ、これだ!!・・
“アメリカのパンクバンドNew Found Gloryが
2004年にリリースしたアルバムの名前”・・」
「だー!!違ーう!!」
「・・人が大人しく調べてやってりゃ!!
何のことなのか全然わかんねえんだよ!!
もう、自分で調べろよ!!」
「運転中だ!」
「後で降りたら調べろよ」
「今すぐ、知りたいんだ!!」
「ったく、おまえの思いつきに俺を巻き込むなよ!!
大体、俺ら自動車屋にとってのキャタリストの認識は、1つだろうが!!」
「!!・・そうだ・・・思い出した!!花だ・・!!」
「花?花で、キャタリストか?聞いたことないな・・・あっ!あった!!」
「が、画像を見せてくれ!!」
「何だよ変なやつ・・って、げ!!
これ、球根1つ1万円すんの?有り得ねー!!」
「値段などどうでもいい!!早く画像を見せろ!!」
「・・おまえ、ホント何なの?頭に花咲いた?大丈夫?」
藤真が文句を言い、少々気味悪がりながらも
画像を見せてくれた。だが・・・。
違う・・これではない。
少し似てはいるが・・違う。
「水仙の品種の1つなんだな。これ」
藤真が言う。
違う・・水仙ではない・・・。
だが牧の思考は、もう、テレポートできない。
そして・・思い出せない。
キャタリストと呼ばれた別の花が存在したことだけ・・思い出した。
だが、それを観たのが、名前を聞いたのが、匂いを嗅いだのが、
いつであったのか、どこであったのか、まったく思い出せない。
そう、その花は・・・
夜の闇の中で発光する花。
乳白色で、淡い紫・・藤色の。透けそうな薄い花びらが4枚の、
牧の大きな手のひらに花の1つがちょうど収まるくらいの。
葉に茎は・・繊細で、ガラス細工のように透明で、混じり気も穢(けが)れもない緑。
触れたら身体も心も全て浄化されそうな、でも触れるのを躊躇(ためら)わせるような
高貴な雰囲気を纏った・・・不思議な花。
「違うんだ・・花びらが透けそうな藤色で・・
葉茎はガラスみたいな緑色で・・・」
牧の思考は、いつの間にか口から出ていた。
「“葉茎は緑”?」
「ああ・・・」
「違うだろ。“ゴルゴは緑”だろ」
藤真が、悪戯っ子のようにそういって笑った。
「緑のゴルゴ、紫の花、青い月・・だろ?」
「・・青い月・・ブルームーン、か」
「あ、きのう、おまえ観たってゆったよな?」
「ああ・・」
「もしかしてその花って・・ブルームーンっと・・これじゃね?」
藤真が、またスマートフォンの画像を見せてくる。
「何だこれは。薔薇じゃないのか」
「うん、薔薇。薔薇の一品種だって」
「ブルームーンという名前の薔薇か?」
「あるんだって」
「そうか・・だが、それでもない」
「えー?だって・・花色は・・ホラ!!”薄紫、藤色。
甘く繊細な香り。紫のバラということでブルーの香りと称される”だって」
「・・”ということで”とは何だ?紫と青は、全然違うだろ?」
「だって、ここにそう書いてあるんだもん」
「だってとは何だ?紫と青を、一緒にするな!」
「知らねーよ!たかが色で、そんなにムキになるなよ。そんなに重要かよ?」
「重要だ!紫は良いが、青は」
「青は?」
「あ・・・」
「嫌いなのか?」
「・・・・」
「何だよ、朝から変な牧・・」
牧は、自分が何故こんなにも青色に不安を覚えるのかわからなかった。
昨夜のブルームーンを観て・・・この上なく美しいと、思ったはずなのに。
今まで色に執着したことなど・・
高校から現在までのバスケのチームカラーである
紫を除いては、恐らくなかった。
良くも、悪くも。それなのに。
今は、青色が、不安だ。
すべて、持って行かれそうで。
すべて、いつの間にか、澄ました顔で自分の世界を染め上げられていそうで。
今の牧にとって、青色は曖昧だった。
それは白か黒かを問う時の、グレーの立ち位置と同じだった。
はっきりしないものは好きではない。
それなのに、青色にはすべてをそっと、ずっと、深く染めてくる気がする。
「海南、K電産カラーの紫だって、青色入ってるぜ?赤色と青色で、紫だろ?」
「・・確かにそうだが」
「ゴルゴの緑だって、黄色と青色を混ぜて出来てるんだぜ」
「そうだな」
「だから、青を嫌うなよ」
「・・・・・」
赤と黄の、日の光の色を奪って。
紫から赤を。緑から黄を奪って。
牧にとって大切な紫と緑を、すべて自分の色に染め上げてしまう。
やはり、青色は恐ろしい。
「嫌ってなどいない・・・」
「嫌ってるじゃん」
「そんなことはないと、言ってるだろ」
「ほー、そうかよ。まぁ、どっちでも良いんだけどね」
「どっちでも良いことあるか。おまえの家の犬だって、ブルーと言うんだろ」
「あ?・・ああ」
「嫌ってはない」
「・・それは良かった」
「だが、調べてくれたところで悪いが、どうやらそのキャタリストという水仙も
ブルームーンという薔薇も、俺が探しているものとは、違うようだ」
「ふうん。それは残念」
藤真は、特に残念そうでもなく
もはやその話題に興味をなくしたかのように、窓の外を向いてしまった。
こうやって窓の外を無言でずっと眺めている藤真を助手席に乗せたことが
以前にもあった。そう。あれは8年前。
免許取り立ての牧が藤真を突然自宅まで迎えに行って。
あの時は、まだ”緑のゴルゴ”に乗っていて。
藤真を、助手席に半ば無理矢理座らせて。
藤真が、海が観たいと言い出して。
海岸通りに出て・・・藤真が”あいつ”を見つけて声を上げて。
『あれー?牧さん藤真さん、二人揃って。もしかしてデート?』
”あいつ”は、後輩のくせに、まるで人を喰ったような・・
飄々(ひょうひょう)とした態度で。それなのに、人懐っこい笑顔で。
あの時のあいつ・・・
波のようにそっと・・風のようにずっと・・そう、青色のように・・・。
「・・何か、よくわかんないけどさ」
「あ?」
藤真の言葉によって、牧の回想は遮られた。
「最近おまえ、苦しんでる?」
「苦しい?」
「うん、鈍いから自覚ないだけだと思うぜ」
「むっ!・・何のことだ」
「おまえ、潔癖だからさ・・性格的に許せないかもしれないけど
もうちょっといい加減になっても、良いんじゃね?」
「どういうことだ?」
「昨日も話してた気がするけど、白か黒か、はっきりしないことは
そのままにしといても・・バチ当たんないと思うぜ」
「あ」
「だいぶグレー嫌いみたいだけど。そのうち答えは出るんじゃないか?
遅かれ早かれ。その答えを、知りたいのなら、きっと」
「う・・」
「まぁ、俺のようにどっちでも良いやって思ったら、
ずっとグレーのままだけろうけど。おまえはそういうの、無理だろ」
「ああ・・・」
「白か黒か。焦らなくても、無理矢理迷って決めなくても・・解る瞬間が来るさ」
「藤真・・・」
「それに・・ブルームーンだって、真逆の意味がある」
「・・”完全な愛”と、”できない相談”か」
「ああ、何かの拍子に白は黒に、黒は白に成り得る。
だから、もし1度決めたからって、一生そのままじゃなくちゃいけないなんてことは、
ないんだ。前言ってたことと違うこと言ってるって、ただの逃げなのか、進化なのか、
そんなの、周りどころか、本人だってわかっちゃいない場合もある」
「・・確かに、意志や定義や言葉などは一過性のもので、あとは言い様なのかもしれん」
「うん。どんな立派なことしたって、悪く言う奴は言うしな。
そんなんだったら、自分が気持ちの良い、楽しい様にやるのが良いと・・俺は思う。
定義や意志は・・立場や状況によって変わる、流動的なものだぜ。きっと」
「・・絶対的な定義や意志は、ないのか?」
「だから、おまえがそれを知りたいなら、望むなら、いつかわかる時がくるだろ」
「くるかな」
「くるさ」
「それまでは・・いい加減でも許されるのか?」
「ああ!弱音も、前言撤回も、大いに結構。
どうせおまえのにわかないい加減さなんて、巷のいい加減さの足元にも及ばないさ」
「・・何だそれは」
「何でも良い・・それより、やっと笑ったな」
「あ?」
「安心しろ、ちょっとくらいいい加減になったって牧は牧だ。
そのことは、俺が良くわかってる。それだけじゃ、だめか」
「いや・・」
だめなはずがない。
牧は、きっと、誰かにずっと、そう言って欲しかったのだ。
いや、誰でもない、藤真にそう言って欲しかった。
今、言われて気付いた。胸のわだかまりが、嘘の様に溶け出していく。
”いつかわかる時がくる”
そのいつかは、早くも1つ、牧の胸に訪れた。
その事実に、解決の早さに驚く。
「それに、おまえがさっきから言ってるその花・・キャタリストだっけ?
おまえにとっては、大事なものなんだろ?」
「あ、ああ・・・」
実在したかもわからない。
確かにあの花は、夜の闇で発光していた。
そんな花が果たしてあるものだろうか?
だが・・・牧にとっては、確かに実在したのだ。
何故かわからないが、実在しなければ、困るのだ。
「ちゃんと思い出せて・・見つけ出せるといいな。その花」
藤真がそう言って、振り向いて微笑んだ。
その時・・・ふと牧の嗅覚が、あの匂いを捉えた。
あの不思議な花の匂い。
藤真の微笑みを、もっと長い時間見ていられたら・・
自然と思い出せそうな気がするのは、何故だろう。
・・ここのところ、おかしなことばかり起きている。
殊に昨夜からは、顕著に奇特だ。
自分の、藤真に対する感情。
牧は、いま自分の感情がどこに向かっているのか、
何を思っているのか、自分で自分がさっぱりわからなかった。
こんなことは、初めての経験だ。
曖昧は嫌だ。
グレーもブルーも。
はっきりさせたい。
だが・・今回の案件は少し時間がかかりそうだ。
そして、時間をかけても良いと、
おのずとわかる時が来ると、さっき藤真が許してくれた。
・・ありがたいと、思っている。
・・・それでもただひとつ、牧がすべき、確かなことは。
「ああ・・・必ず見つけ出すさ」
その花も、
この気持ちの行方も、
必ず見つけ出す、ということだ。
「必ず?」
藤真が、悪戯っぽく笑った。
「ああ、必ず」
「そんな、意地張るなよ。簡単に、前言撤回しても良いんだぜ?」
「これに関しては、必ずだ。何故なら」
「何故なら?」
「約束したんだ」
「誰と?」
「・・誰とだ?」
「あのなぁ・・おまえが知らないのに俺が知ってる訳ないだろ」
「そりゃそうか」
「まったく。本当に変な奴ー」
「・・それでは、おまえと約束していいか」
「は?」
「必ず見つけ出してみせる」
「え?俺?・・別に俺はどっちでも良いんだけど」
「約束させろ。俺は、必ず見つけ出してみせる」
「・・・はいはい・・わかったよ。おまえは、必ず、そいつを見つけ出すんだな?」
「ああ、もちろんだ。おまえの前で、見せてやる」
「・・それが例え他人の家の犬小屋だろうと、
険しい山の頂の上であろうと・・?そりゃ頼もしいこったな」
「おう!例え月の裏側だろうと、どんな深い闇に飲まれて
地の果てで吐き出されていても、必ず見つけ出してやる!!」
「・・まったく・・・どんなストーカーだよおまえは!
花でも人間でも、おまえとのかくれんぼに敵う奴なんていないよ。
おまえ、バスケでもそうだったもんな。しつこいのなんの!
・・おー怖っっ!思い出したら鳥肌立ってきたっっ今の俺だったらすぐに降参するね」
「そうか?」
「ああ」
「・・”もういいかい?”」
牧が、”かくれんぼ”の調子で言う。
藤真は、らしくない冗談を言う牧の様子に少し驚いたようだったが、
柔らかく微笑むと、
「・・・”もういいよ”」
と、優しい口調で返した。
・・・”みーつけた”
を言えるのは、いつになるだろう。
でも、必ず。
必ず、見つけ出す。
見つけ出してみせる。
朝の空に頼りなげに浮かんでいる、
この世界の白い三日月に、そう誓った。
************************
<妄想誘発BGM、参考音源>
*Oasis Don't Look Back In Anger
*capsule Can I Have A Word
*GLAY Runaway Runaway
*YELLOWCARD Cut Me,Mick
*YELLOWCARD Paper Walls
r*嵐 Face Down
・・・現在、22:30回りました~5月3日金曜日友引、牧藤祭終了日です。
ここまでやりきれたのは、ここを観てくだすっているあなたのおかげです。
ありがとうございます。
あなたにとって、少しでも何か、活力みたいなもを感じてくだされば光栄です。
昔、あたしが他の字書きさんや絵描きさんから、そうやってパワーをいただいたように。
まぁ、今ももらってるんですけどねww幸せだわ。
ここまで観て下さってありがとうございました!!
たくさんの音楽も、ありがとう!!
アーティストたちの汗と涙の結晶は、
確かにあたしの原動力と変えさせていただいております!!
(もうちょっと燃費良い使い方してあげれれば良いのですが・・こんな中年でごめんねw)
そしてやりきらせてくれてありがとうー牧ー藤真ー!!
あなたたちは王道カップリングだわ!!さすが帝王と女王!!
あなたたちに会えて良かった。おかげで人生楽しいわ!!
・・牧藤よ、永遠に!!!
2013.05.03 完結
(お手数ですが、ブラウザでお戻り願います)
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