くちづけ ファイナル
第4話 JUSTICE[from]GUILTY |
2013年5月31日金曜日20:04 @神奈川県某所 大衆居酒屋 海南大学 軽音楽部OGOB 「・・こんばんは!遅れてすみません!!」 「おっ!藤真、来たかー!!」 「藤真ちゃん!!全然変わってないな!!相変わらず綺麗だこりゃ!!」 「みんなも、全然変わってないじゃん~!!」 「藤真さんっっ先月はライブ来てくださってありがとうございました!!」 「・・清田ぁ!!観たぞー先週のミュージック・チャート!」 「あっ!それ、俺も観た!!カッコ良かったぜおまえー!!」 「まさか軽音部時代の後輩が、メジャーデビューとはな!!現役のやつらも鼻が高いぜ絶対」 「清田くん、おめでとう!!私の職場でも、女子たちが騒いでるわよ」 「ははは!デキすぎっすよねぇ」 「何だぁ?おまえでもそんな謙遜が言えるようになったのか!?」 「藤真、とりあえずビールでいいか?」 「ああ三井、ありがとう!!おまえは最近どうよ?」 「まずは乾杯しちまいましょうよ、藤真サン」 「おっ宮城、また髪の毛伸びたな!・・って悪ぃ、乾杯しようか」 「・・・では、久々の再会を祝して・・」 「「「「「「かんぱ―――い!!!!」」」」」」 海南大の軽音楽部OB・OG飲み会。 そこにはかつての懐かしい面々がたくさん集まっていた。全員で、20名近くいる。 その中には藤真が特に仲良くしていた清田に牧、伊藤、三井、宮城もいた。 「宮城、その長髪で仕事大丈夫なの?」 「全~然、余裕っす!俺、卒業してからずっと照明やってるんすよ、ストロボで」 「えっストロボで!?マジかよ!!」 ストロボとは、海南大軽音楽部がライブをする際に、常に頼んでいた照明の会社だ。 「だから、海南大の定演は卒業しちまっても毎年観てますよ」 「観てるっつーか、それ仕事だろ」 「そうそう、だけど仕事そっちのけで ”おまえらそんな演奏で客から金取るつもりか!?”とか口出しちゃうの、ついつい」 「うわー、そんなの照明に求めてねーよ!笑えるなそれ」 「後輩たちから言わせれば、全然笑えねーな」 「あ、三井サンは結局お医者さんにはなれたの?」 「おう、何とかな・・全然遊びにも行けずに、散々苦労したぜ。まさかの留年だしな」 「まさか、じゃないだろ。妥当な、だろ」 「うるせーよ牧!」 「まさか三井さんが医者になるとは!絶対診てもらいたくないっす!!」 「ばっきゃろー清田!俺は産婦人科だから、てめーを診ることは一生ねえよ」 「はっ、そっか!!」 「つーか、産婦人科ってどんなんよ!?」 「どんなんもクソもねーよ!!人足りなさすぎ!!激務すぎ!! 四六時中お産!!少子化なんて嘘じゃねーの!?」 「・・仕事中、女のあそこ見て興奮したりしねーの?」 「ちょっ・・宮城!!女子もいるのに」 「もうっ、リョータ最低~!!」 「ぐっ・・・!」 「夢を壊して悪いが興奮なんてそんなん、あってたまるか!! 終始必死だしな・・もう出来れば女の裸なんて見たくないくらいさ」 「おお、まともな答えで安心したぞ」 「病院はお父さんのとこ、継ぐの?今もそこに?」 「そう。親父、仕事だと超おっかねーし」 「まじかー、お医者様も楽じゃねーな」 「親父の仕事継いでるって言えば、牧は?おまえも?」 「俺の場合は、継いでるって言っていいのかわからん。まだ、ほとんど平だしな」 「牧さんとこは大企業ですもんね。お父さんバリバリ現役でしょ?」 「ああ、まだまだ俺の出番はない。他の役員や、社員たちの目もあるしな」 「えっ?!牧のとこって会社やってんの?」 「黒崎、おまえ知らなかったのか?」 「ボンボンだなーとは思ってたけど」 「牧んとこ、一族経営なんだよ。K電産だ」 「け・・・K電産!?マジかよ!?」 「何でわざわざ冗談言うよ」 「・・超マンモス企業じゃねーか!!!」 「はいはーい!!俺んとこの電化製品、ほとんどK電産製です」 「清田、ありがとな」 「牧さん!こちらこそです!!社割してもらって、感激っす」 「社割~!?牧!!俺の方も頼むぜ!!」 「おっしゃっていただければ、ある程度ですが善処しますよ」 「マジで!?今度オーディオ買い変えるからさ。 K電産のは評判良いもんな、重厚感あって好きだぜあのスピーカー!!頼むよ」 「はい、あとで型番教えて下さい」 「やったー!!!」 「でも、牧さんって建築学科だったでしょ?K電産って電気機器メーカーですよね?」 「俺は今、KグループのKホームに籍置いてて、注文住宅作ってるんだ」 「Kグループ!!Kホーム!!規模が違う・・す、すげえ・・・!!」 「住宅作ってるって・・・牧さん現場監督してるの?」 「ああ、普段はヘルメットにつなぎの作業服だな」 「「「似合いすぎ・・・」」」 「牧さんー、俺の転職も面倒見てくださいぃ」 「何言ってる伊藤、N製紙だろ?製紙会社大手じゃねえか」 「ただでさえ出版はデジタル化で縮小、全般的にペーパーレスだし 何より最近の円安の締め付けが苦しくて・・業績も株価も下がりっぱなしなんです。 アベノミクスって何ですか!?って感じですよ」 「政策って、結局メリットとデメリットと両面あるからな」 「気の毒に。うちみたいな電気機器や車の、 輸出主導の会社は恩恵受けてるんだけどな。 まぁ、家電は韓国メーカーや中国メーカーの台頭で依然厳しいんだが」 「あっ、K電産は1円円安になると、営業利益250億円増ってニュースで見ましたよ!」 「1円下がっただけで250億円!?・・・エグいな」 「それは俺たち製紙や石油関係の犠牲の上に成り立ってますー! うちは1円円安で営業利益4億円目減りしてるんですよぉぉー!!」 「俺の好きなワイン、最近1割以上も値上がりしやがった・・」 「フッキー!?ワインなんていつ覚えたの!?」 「まったく・・・福田は、昔から読めない奴だな。笑えるぜ」 「・・そうは言っても電気機器や自動車だって リーマンショックに大震災、タイの洪水、尖閣諸島問題と散々やられて 最近ようやく持ち直してきたところだぜ。何度会社が転覆すると思ったことか」 「K電産が転覆したら、日本お終いですよ!! にしても、いつまで続くんですかねぇ・・・この不安定な現象は?」 「円谷、答えてやれ。おまえ証券会社勤務だろ」 「そうですけど、わかりません」 「げー!!株屋がそういうこと言うワケ?」 「情けないですけど、上がるか下がるかのたった二択でもわからないんですよ。 ただでさえ、日経が不安定な時期ですからね。他の国との兼ね合いもあるし。 ・・・自分の読みに限って言えば、この急騰落が半年くらい続いた後、 やっと円相場も株価も、落ち着くと思います」 「日経だの株価だの、俺たちもそんな話するような年になったんだなぁ」 「・・しみじみそんなことゆっちゃって、藤真ちゃんは最近どうなのよ?」 「俺?」 「藤真さんは、確かゼネコンでしたよね」 「ああ、規模の小さいところだけど、その分自由にやらせてもらってるよ」 「それって、仙道工務店だろ?」 「うん」 「仙道・・・って!!藤真ちゃん、まだあのデカい色男と付き合ってんの!?」 「はい、おかげ様で」 「すごくね!?長いよな!?もう何年?」 「数えたことないけど・・・うーんと、もうすぐ9年か」 「9年!!そりゃエグいな!!」 「学生の時からですからね。 俺たちの場合は、何年経っても結婚とかないからケジメもなくて・・だらだらと」 「仙道工務店・・・って、仙道さんの会社なんです?」 「ああ、あいつの親父さんが社長で、あいつは今専務」 「専務!?20代で!?」 「社長の子どもだからな」 「ひ・・・ひえー!!末恐ろしい」 「じゃあ、じゃあ、藤真ちゃんは専務夫人!?楽し放題じゃん!!」 「よっ、左団扇!!・・あれ?藤真ちゃん左利きだから、右団扇か!?」 「そんなんじゃありませんよ。しがない一介の社員です。 ・・しょっちゅう徹夜で設計、おまけに毎日現場。 だから、紫外線バシバシで日焼けもしちゃう」 「は!?どこが焼けてるよ!?相変わらずめちゃ白いじゃねーか」 「藤真先輩、今のちょっと嫌味ー」 「えっ?そんなつもりなかったんだけど」 「半月、まーまーそうムキになるなよ」 「藤真さん綺麗だから女でも妬いちゃいますよ」 「半月さんに言われると恐縮しちゃうなー」 「あと、めちゃくちゃイジワルもしたくなる」 「あはは、それはカンベンしてよ」 「藤真サンは、牧サンみたく現場監督なワケ?」 「一応、そうかな。現場監督もするし、図面も引くし、接客もするし。何でも屋だな」 「仙道工務店は、少数精鋭だからな」 「精鋭かどうかはわからないけど、牧のとことは違って少数は間違いないから 体力的には辛い。だけど、俺には合ってて楽しいかな」 「彼氏の仙道さんは専務って言ってましたけど 2人の関係は会社の人にバレたりしないんですか?社長であるお父さんとかに」 「ああ、あいつの親父さんとお兄さん夫婦は知ってるかな」 「「「え・・・えええ!!??」」」 「なんか、そういうのって隠そうとしてもバレちゃうみたいで」 「・・そんなノリで大丈夫なワケ!?許してもらえたの!?」 「それが、拍子抜けするほどすんなりと・・許すも何もないみたい。 もともと仙道が、俺が学生の頃遊びで描いてた図面を親父さんに見せてたみたいで。 親父さんの方がそれを気に入ってくださって就職、声かけてくれたワケだし」 「うわー、何だそのパターン!スカウトかよ!!就活で地獄観てねーのかよ!!」 「就活、しなかったですね。ありがたいことに。 お兄さん結婚して、あいつ次男だし。あ、お袋さんは早くに亡くなってて」 「お母さん、まだお若いでしょうに」 「そうなんだ、あいつが中学生の頃にもう。 ・・そう思うとあいつも不憫なやつだよ、甘ったれな面も仕方ないのか」 「甘ったれって・・・何か当てられちゃうーノロケみたい」 「これがノロケならどれだけ良いか。そんな甘っちょろいもんじゃないぜ」 「兄さんは、もう結婚してるんすね」 「うん。兄夫婦はずっと子どもできないけど、いざとなったら養子取るとか、 子どもの代で会社たたむとか、選択肢はいくらでもあるって言うんだ。 ・・なんか考えが進んでるっていうか、楽観的な一族でさ。助かるよ」 「その先進的で自由な部分が出てるんですかね、仙道工務店の建築には」 「あっ、なんつったっけ仙道工務店のデザイナーズマンション・・・ブルー、ブルー・・・?」 「ブルー・シャトーだろ?」 「牧!!そう、それ!!あれ、親戚が住んでて遊びに行ったんだけど 中、めちゃくちゃ斬新で開放的なんだわ!八角形の小窓なんてあるんだぜ」 「どこの?」 「桜木町」 「ああ、それ、俺が設計したやつだわ」 「おい!!マジかよー!!ハンパねえな!!」 「良いなぁ!私もブルー・シャトー住みたい!!今、人気なのよね」 「おかげ様で評判良くて、予約も一時停止してる状態だよ。 で、休み返上で施工頑張ってる」 「私にも、仙道さん紹介してくださいー!!」 「おいおい!!兄貴は既婚者だし次男はこいつのだし、無理だろ」 「あいつんとこ男三人だから弟いるけど。しかも兄弟で1番美形。楓って言うの」 「本当にー!?やったわぁ!!その弟の楓くん紹介してくださいお願い!!」 「・・だけどあいつと10個以上離れてるからまだ高校生だけど、大丈夫?」 「うわっ!!やめとけ谷崎!!10代は犯罪だ!!」 「あーん!!さすがに高校生はないかもー! いいなー藤真さんは!あんな背の高いイケメンと」 「確かに背は無駄に高いけど、イケメンか?見慣れてくるとわからないな」 「それは贅沢病だわね」 「四六時中一緒だったら、そうなるよ」 「もしかして、一緒に住んでるの?」 「うん」 「もしかして、ブルー・シャトーに?」 「うん」 「げー!!何だよできすぎ!!」 「なぁ、牧、藤真ぁ・・ぶっちゃけ家やマンションって今買いなの?」 「「ん?」」 「だって、来年4月に消費税が8%に上がるだろ?再来年10月にはまさかの10%!!」 「予定ではな」 「住宅は駆け込み需要、すごいんだろ?俺の周りも、結構家買ってるもんな」 「ああ、実際、最近工事はめちゃくちゃ増えたな」 「だーけーど!今売れてるってことは消費税上がりきったら一旦買いが落ち着きますよね。 そうすると、売れなくなったハウスメーカー側は値下げするんじゃないかな・・・ と思うんですけど、そこんとこどうなんすか?」 「さすが宮城!読みが鋭いな・・実際、その可能性は十分にある」 「しかもぶっちゃけ、今忙しすぎて職人たちが仕事を選んでる状態だからな。 1人当たりの人工賃も建築資材も不足で高いから、その分 住宅の買値に上乗せされてる・・・かも?な」 「マジかよおい!!」 「かも、な、だよ。かも、な」 「かも ってなんだよ かもって!!」 「・・・売る側の俺らが、はっきりそれを認める訳にいかないだろ。なっ、牧」 「だな、藤真」 「ねー、結局今買うのと、消費税上がってから買うのはどっちがお得なの?」 「あのね、それはわからない」 「わからない?」 「なってみないとわからない」 「なんだよそれー」 「おまえは家買う予定なんてないだろ」 「うるせーよ」 「・・・結局、買いたいと思った時が買い時なんだ」 「株と一緒ですね、牧さん!」 「さすが円谷、話がわかるな」 「ところで、増税や住宅の話も良いが、俺は清田の話が聞きたいぞ」 「「「そうだ清田!!」」」 「メジャーデビュー、おめでとう!!」 「へへへ、皆さんの応援のおかげっす」 「本当にデビューしちまうんだもんな!すごいよなぁ」 「芽が出るまでに随分かかりましたけど。苦労もしたっすよ~!!」 「報われたじゃねーか!!雑誌に載ってるのもみたぜ!! オリコンチャートもトップ10目前だってな!!」 「そうだ!!サインくれ!!友達の分も!頼まれてきてんだ」 「きゃーずるい!!私も!!」 「ライブ、顔パスで入れてくれたりしねえの?」 「三井、図々しいな」 「先輩だったら当然だろ」 「相変わらず俺様だな。俺様の、お医者様」 「うるせーよ」 「信長くん、6月は忙しいところ無理言ってごめんね。藤真さんも」 「半月、何?」 「来月末、私結婚するんですけど」 「えっマジかよ!!相手誰よ!?」 「普通のサラリーマン。学生の時から付き合ってる人で・・もう、8年か」 「すげーなおい!!藤真といい、みんな何でそんなに続くよ」 「おまえが続かすぎなんだよ、三井」 「うるせーよ!」 「半月、おめでとう」 「卓くん、ありがとう」 「ところで半月が結婚で、信長と藤真さんが何かするの?」 「2次会で、B04に演奏してほしいって、無理言って頼んだの。私、大ファンだったから」 「ああB04!!幻のバンドね!!すげー良かったよなぁ!!すげー短命だったけど」 「あれ?だけどB04のメンバーってあと1人」 「ベースの神くんですね。今日来てないけど」 「そう!神!!・・・神って確かおまえの」 「・・ああ、元彼ってこと?」 「そうそう!!それ、良いのか!?」 「ああ、だって旦那も知ってるし」 「うわー、こっちも先進的!!」 「旦那も軽音のライブ当時よく見に来てくれてて、 B04を観たこともあって、すごくいいね、ファンになったって言ってたから」 「素敵な旦那様だね」 「でも、本当に俺らが演奏なんかして良かったの?」 「藤真さん!それはもう本当に。またB04を見られるなんて、すごく嬉しいです」 「頑張らないといけないっすよね~でも、俺も藤真さんとまた演奏できるなんて嬉しいっす」 「現役メジャーのギターボーカルのドラム叩けるなんて、光栄だよ。 でも・・もうずっと叩いてないんだけど、本当に大丈夫かな?」 「本番の6月末までに3回練習ありますからね。大丈夫っすよ」 「ああ、練習の予定・・驚いたぜ。神からメールあって」 「あれ、びっくりしたっすよね~!!突然何事かと!!」 「神が全部スタジオの予約、押さえてくれたんだよな?」 「はい!メールしたの・・・神さんが留学した以来初ですよ」 「おまえも?俺もだよ」 「やっぱり・・・ずっと、連絡取ってなかったすよねぇ」 「だな。アドレス変えてなかったのが不思議なくらいさ」 8年前、神が2年次の・・確か8月だった。 突然 アメリカ留学する と言い出し、あっけなく渡航していったのだった。 結果、清田と藤真は、神以外を新たにメンバーに加えて活動することを考えられず、 惜しくもB04を解散するしかなかった。 バンドが出来て、まだ3ヶ月の頃の出来事だった。 ・・・それ以来、神とは音信不通で。 それは、彼ら以外のサークルのメンバーにしても、どうやら同じことで。 「ああやって唐突に別れちゃったけど・・こうやってまた演奏できるって、嬉しいな」 「ホントそうっすね!!神さん、元気かなぁ」 「あっ!!俺この前、医療系の専門誌で神のこと見たぞ!」 「マジっすか三井さん!?」 「ああ、あいつの論文が載ってたんだ」 「何?あいつ今医者なの!?」 「いや、臨床薬剤師で、新薬の開発に成功したって。心理学や脳科学の研究もしているそうだ」 「・・りんしょうやくざいし?何すかそれ?」 「普通の薬剤師とは違うの?」 「通常の調剤業務に加えて、研究機関で薬の開発したりすんだよ」 「・・・何かすげー!いや、さすが神というべきか」 「あいつ、確か農学部だったろ?何で薬学?」 「わかんねえ。でも、そっち方面も続けてて、遺伝子の研究もしているらしい」 「あいつひとりで何でもやっちまうじゃねーか!!」 「まぁ、学生んときからそういうオールマイティーなやつだったよな」 「載ってた論文は、どんなだったんだ?」 「何でも、すげえ薬作ったみたいだぜ。 商品化は未定だが、実験に成功したと」 「どんな薬?」 「それが・・記憶を消せる薬らしい」 「何だそれ!?凄すぎるぞ!」 「・・・でも、怖くないか?」 「そんなの、何に使うんすかね?」 「馬鹿だな清田!!・・使い道も需要も、腐るほどたくさんあるだろ!」 「忘れたくても忘れられないことを、薬を飲みさえすれば忘れられるんだぜ!?」 「仕事でポカしたこと・・・」 「福田・・おまえの悩みはそれくらいで幸せだな」 「例えば、PTSD患者への投与、とか」 「PTSD?」 「心的外傷後ストレス障害だよ。強烈なトラウマ体験・・震災とか、戦争とか、レイプとか。 ・・・そういう苦しみを、忘れられるかもしれないんだぜ?」 「すげーなそれ!!」 「俺は三井さんが急に賢く見えて、そっちの方に驚いてますけどね!」 「うるせーよ宮城!!」 「でも、特定の記憶だけを消すことって、できるのかしら?すごく難しいことじゃない?」 「それに記憶を操作して、犯罪に使われることもありそうね。 道徳的な問題が山ほど出て来そうな薬だわ」 「ああ、だからそこはまだこれから・・・」 「・・・・・・・・・・・・・・・!!」 「・・・・・・・・・・・・・・・!?」 「・・・何か神さん、すごいことになってますね。さすがだなぁ」 「でも、神が活躍してるのって、嬉しいな」 「藤真さん!俺もです」 「今度久しぶりに会えるの、すげえ楽しみ」 「俺も!!神さん変わってないかな~!?」 「めちゃくちゃ出世しちゃったみたいだし・・天狗になってたら、どうする?」 「神さんが!?」 「ウソウソ。ないな、神はたぶん・・あんまり変わってない気がする」 「奇遇ですね!何でかな・・俺もそう思います!」 「・・あー、でも、会えるのは楽しみだけど、やっぱ演奏はだいぶ不安だわー」 「大丈夫っすよ!神さんと藤真さんなら!! 俺が知ってるプロのミュージシャンたちより、うまいくらいっすもん」 「またまたおまえはー、昔から可愛いこと言うよなぁ」 「それは本当っすよ!・・とりあえず、最初の練習は6月4日の火曜の夜っすよね」 「うん、ばっちり空けてあるぜ。現役ミュージシャンのおまえが引っ張れよ」 「任せてください!!大きくなって帰ってきたこの清田に~!!」 「お、学生の頃の調子戻ってきたな」 「かっかっか!!」 ・・・そこから、皆で近況を報告し合って、盛り上がってしこたま飲んだ。 藤真と清田が音楽の話で盛り上がっていたところへ、半月美鈴が隣に座ってきた。 「藤真さん、信長くん」 「ああ!半月さん」 「この度は2次会でのバンド演奏の話、受けてくださってありがとうございます!」 「いえいえ、こちらこそ。オファーが来た時は本当にびっくりしたけど」 「ふふ。驚かせちゃってごめんなさい。でも、 またB04の演奏を聴けるなんて、本当に嬉しいです。よろしくお願いします」 「いやぁ、あんまし期待しないでね。ベストは尽くすけど」 「良いんです・・・またあのベースラインとドラムの絡みが聴けると思うと・・ああ、もう寝れない!」 「半月さん!!俺のギターボーカルはどうなんすか!?」 「ああ!信長くんごめんごめん。 あなたのメジャーボイスが聴けるのももちろんとても楽しみよ。 2次会に来る友達に、あなたのファンがいるの。 囲まれてうっとおしい思いしたらごめんね」 「え、え!?俺のファン!?・・俄然張り切っちゃいますけど俺ー!!」 「おまえ、学生の頃と随分歌声変わったよな!? 新曲買ったぜ?・・格段にうまくなってるもんな」 「ありがとうございます!!歌声・・へっへへへ!そうっすか!? 藤真さんに褒められるのってプロデューサーに褒められるのと同じくらい、 めちゃくちゃ嬉しいっすね!!」 「まったく清田は何言ってんだか・・・とにかく半月さん、 当日は楽しんでやらせてもらうよ。せめてものはなむけに」 「ふふふ・・・本当に嬉しい。B04がこの話を・・・特に神くんが 受けてくれるって思ってなくて。ダメもとだったから」 「ああ、確かに神が俺らの中で一番断ってきそうだよな」 「なのに、今は神さんが張り切ってるっすよね~それも嬉しいけど」 「神くんが突然留学したのには、てっきりB04の内情が絡んでるって思ってたから それもあって無理かなって思ってたんですけどね」 「内情?」 「神くん、逃げるように留学したでしょ?その理由ですよ」 「半月さん、何か知ってるの?内情って何?」 「そうっすよ!メンバーの俺ら何も知らないんすけどー」 「・・あれ?本当に?」 「ああ、マジで」 「じゃあ誤解だったのかな?それとも私の深読みのしすぎ?」 「えっ何?何!?」 「・・・これって私が言っちゃっていいのかな?」 「そこまで言ったんだから、最後まで言いましょ?」 「じゃあ・・私はてっきり、神くんが藤真さんのことを好きで、 それで辛くて、耐え切れなくなって外国へ逃げ出したのかと」 「・・は?」 「だって、あの頃から藤真さんは仙道さんと付き合ってたでしょ?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 「・・何それ・・・あっはっはははは」 「えーっ?何で笑うんです?」 「そりゃ笑うよ!!半月さんは神が俺のこと好きだったって思ってるワケ?本気で?」 「だって・・・こう言っちゃなんですが、私は神くんの元・彼女なんですよ」 「ああ、それは知ってるよ」 「神くんは、あんまり感情を表に出さない人だったけど・・・ 私は、彼と似ているところがあって・・・だからこそ 彼の気持ちが他の人よりは解るって思ってるんです」 「ふーん、それで?」 「神くんは・・確かに藤真さんのことが好きだったと思うんです」 「そりゃ、一緒にバンドやってたくらいだから、嫌いではないだろうな」 「そういう意味ではなくて!・・・恋愛感情って意味で」 「半月さん~・・・神を勝手に俺みたいなホモにしちゃだめだよ」 「藤真さん!!」 「ああ、おかしい!神が元カノに、ホモ呼ばわりされてるよ」 「笑わないでください!!」 「あのね、このサークルの人たちは・・・ こんな笑える素敵な馬鹿ばっかりだから普通に受け入れてくれてるけど 同性愛者ってね、世間で言われてる程まだ全然市民権得られてないんだ。 ・・勝手に神をそこへ分類しちゃ、可哀想だよそいつは」 「そんなの、大したことじゃありません! 単に同性が好きだっていう、マイノリティなだけじゃないですか」 「大したことじゃない?」 「はい、神くんに比べたら全然・・・ 当時の神くんは、何て言うか・・ただの少数派の性癖ってだけじゃなくて。 破壊的で、刹那的で・・・もっと、危ない臭いがプンプンしてたんですもの」 「ああ、神、可哀想・・・こんなにボロクソ言われて」 「!!だから冗談じゃなくて・・・信じてもらえないなら、これも話ちゃいますけど」 「まだ何かあるんすか?」 「ええ・・・藤真さんって3年次で工学部に転部して、神奈川キャンパスに来たでしょ?」 「ああ、そうだよ。元は東京キャンパスで、俺は法学部の学生だった」 「あ、そこで仙道と会ったんすよね。1つ年下の」 「・・ずっと思ってたけどおまえ、年上にはちゃんと敬語なのに 仙道だけ何で呼び捨てなんだよ?あいつはおまえの1つ上だぜ 「知ってますよ。あはは、何でかな。あの人、話しやすいからかな」 「確かにそういう空気感出してるよな、あいつ」 「ところで半月さん、話の続きは?」 「ええ・・藤真さんがこっちに来てしばらくして・・・池ができたでしょ?4号館前に」 「あっ!はいはい!!俺、それ覚えてますよ」 「俺も覚えてるぜ、確か綺麗でデカい鯉が何匹かいて・・・」 「そう、問題はその鯉なんですよ」 「鯉?」 「その、池の鯉が5月のゴールデンウィーク明けに、忽然といなくなったんです」 「・・・水の入れ替えのためとかで、誰かがどこかへ一時的に移動したとか?」 「あそこの水は浄化装置で循環してて、常に綺麗だったわ。変える必要なんてない」 「・・・あの、全然話が見えてこないんだけど。鯉がいなくなったことと、神に何の関係が?」 「私、神くんと同じ学部だったでしょ。講義の終わりに一緒になって、池を通りかかったの。 その時に、神くんが池の鯉を見ながら言ったの。 ・・・”この鯉たちは可哀想だ。この中の世界しか知らないなんて”って」 「可哀想?」 「ええ・・神くんはご存知の通り農学部で、 だから普段からマウスや昆虫を使った実験をしょっちゅうしていたんです。 時には残酷な実験もしますよ。解剖したり、病気にさせたり、 何も食べさせないで飢え死にさせちゃうような」 「それはひどいな」 「研究のためだから、仕方ないんですけどね・・・ そんな時でも、神くんは動物たちに特定の感情を持つ事がないようでした」 「特定の感情って」 「可哀想、とか残酷、とか思う事?」 「そうです。1年次の頃とか、実験前のマウス育ててる段階で 情が移ってしまう生徒が何人もいたんですが、神くんに限ってはそれもなかった。 彼には、そういう人間らしい感情が欠落しているのかも」 「でも、それってさ・・・半月さんが言った通り、仕方ないことだろ。 誰かがやらなきゃならないことだから。 だから、気丈に振る舞ってただけかもしれないのに?」 「・・・確かにそうです。その事に関しては、私の推測です。だけど鯉は違う」 「まさか、いなくなったのって・・!」 「そうです。神くんが鯉の事を”可哀想”だって言ってから、 すぐにゴールデンウィークに入って・・ そして、明けたときには、鯉はもう池にはいなかった。 学生部でも、ちょっとした騒ぎにもなりましたが、犯人は結局捕まらなかった」 「おい、待ってくれよ・・まさか神が鯉をどうにかしたって言うのか?」 「まっさかぁ・・・!」 「ゴールデンウィークだって、普段みたく講義がないだけで研究や卒論、サークルで人は常に ・・それはもう朝から徹夜組まで学内にうじゃうじゃいるワケだし。いつ、どうやって運び出すんだ?」 「方法なんて、わかりません。でも、誰かが確かにやったんです。そしてその誰かは」 「半月さん、神さんの事疑い過ぎっす!」 「違うわ!あれは絶対宗一郎が・・・ だって宗一郎、言っていたもの何度も。”可哀想だ”って。 彼が生き物に対して同情するのなんて、初めて見たもの」 半月はひどく興奮しており、神に対する呼び名が ”神くん”から”宗一郎”に変わったことを自覚していないようだ。 「だからそれは、他の動物に対して思う事があっても、たまたま言わなかっただけだろ。 漁師が、ペットショップに下ろす観賞用の魚を大事に取って置きはしても、 まったく同じ種類の食用の魚は躊躇なく締められるって話を聞いたことがある。 ・・・彼らにとって、ペットにするものと食用のものは別次元で 両者に発生する感情も、まったく異なるんだよ。 食用の方には意識的に同情しないようにしてるけど、ペットの方にはそれができる。 ・・神の場合も、そうだったんじゃないかな?それで、可哀想だと」 「でも・・・”早く箱から出してあげなきゃ”って、宗一郎、言ってた」 「”箱”?」 「”この箱から出してあげなきゃ”って。”外の世界を知らないままでは、不幸なままだ”って」 「”箱”?池じゃなくて?」 「そう、よくわからなかったの、言動が。 私、宗一郎が何の冗談を言い出したのかと思って、最初、笑ってて・・。 ”箱じゃなくて池でしょ”、”外の世界ってどこよ?川とか、そういうの?”って。 ”勝手にその子たち不幸にしてるけど、この池の鯉は伸び伸びしてて幸せだと思うけど。 水が変わったらあっという間に死んじゃう魚もいるし”ってね。 それでも宗一郎は・・・まるでひとりごとのように”可哀想だ”を繰り返してた。 熱でうなされてるみたいに」 「箱・・・可哀想・・・」 「神さんが、そんなことを・・・」 「そうなの。宗一郎が、何度も何度も・・・それがすごく、すごく怖かった・・・」 ************************ 「・・まったく、半月さん考えすぎだよな」 「そうっすね、元彼のことだから深読みしちゃうんすかね」 「鯉のこともそうだが、神が俺のことを好きなんて・・・どいつもこいつもどうかしてる」 「”どいつもこいつも”って、半月さん以外にもそう思ってる人がいるってことすか?」 「んー・・おまえ、神には絶対今から話すこと言うなよ」 「あ・・はい!内緒ってやつっすね」 「よし・・あのな、仙道だよ」 「仙道?」 「あいつ・・・学生の頃俺がB04やってた時から、神のことめっちゃ嫌っててさ」 「嫌う!?神さんを?」 「”あいつには近づかないで”、”お願いだからバンドを抜けて”って・・・ すっごい疑ってかかって・・・何度言われたかわからないな」 「ええー!そうだったんすか!?」 「うん。聞いても特に理由とか、根拠とかないの。 ”理屈じゃない、とにかくあいつはヤバい”の一点張り。 挙句の果て”あいつは藤真さんのこと、絶対好きですよ”って」 「ええー!?ええええ」 「呆れるだろ?あいつ、馬鹿なの。めちゃめちゃ心配性なの」 「心配性って・・・神さん以外に誰かの事、仙道がそうやって言ってたこと、あるんすか?」 「嫉妬はあるけど・・・特定の誰かを名指しして攻撃してた覚えは、ないな」 「えー・・・じゃあ、神さんだけ・・・何で?」 「だろ?何で?ってなるだろ?わからないんだよ。 あいつが人のこと嫌うなんて、滅多にないのに」 「はぁ・・・」 「とにかくそれが原因であいつ、文型で東京キャンパスなのに わざわざ神奈川に引っ越してきちゃうし」 「ええー!?それが原因だったんすか!?」 「そうだよぉ、最初は2年くらい離れてても何とかなるだろってお互い話してたのに。 ”藤真さんをあんな危ないやつと一緒にしておけない!!”って」 「何でわざわざ・・・と思ってはいたけど・・何すかそれ・・・」 「な?とにかく馬鹿なんだ・・・神には絶対内緒だぞ。気を悪くするから」 「はい、わかりました・・つーか言えないっすよ!」 「だな、頼むよ」 「・・・ねぇ、藤真さん?」 「どうした?」 「そういえば俺らって・・・神さんが何で留学したのか、よく知りませんよね?」 「それは、勉強したいことがあったからじゃないのか?」 「神さんがそう言ってました?」 「直接聞いたワケじゃないけど」 「俺・・あの時期のこと、あんまはっきり思い出せないんすよね」 「それは単に、おまえの記憶力とそれを引き出す力の問題じゃなくて?」 「むかー!!俺は記憶力は良い方だと自負しております!!」 「あはは、ごめんごめん・・・でも、確かに俺も・・神が留学したあたり、曖昧だな」 「藤真さんも?」 「まぁ人間の記憶なんて曖昧でテキトーなものだからな」 「それでなくても学生の頃は1日1日、テキトーに生きてましたからねえ。 あれはあれで、クソ退屈なくせに、楽しかったけど」 「あー・・・俺もそうだったわ」 「何でか、そうなりますよねぇ」 「ほんとひどい生活してたよな~、B04の練習でもさ、1度 練習でスタジオ入ったのに、酔っぱらっちゃってずっと寝てたことなかったか?」 「・・ああ!ありましたね!!あれはひどかったっすよねぇー、2時間全員で爆睡」 「しかもどうやら最初、飲んで暴れたっぽかったし」 「暴れた?」 「ほら!・・神の白いベースが」 「あ!パッシブベース!!・・あの日、ボディが欠けちゃったんすよね!?」 「B04の床にも跡がついてたから、絶対あそこへぶつけたんだよ。 でも普通に音出て良かったよな~!壊れなくて、不幸中の幸いってやつだ」 「・・・だけど神さんも俺たちも、誰もやった覚えがないっていう・・どんだけ泥酔!?」 「おまけに起きたら身体めっちゃダルいし、気持ち悪いのなんの・・ 俺、普段酔う事なんてほとんどないのに、どれだけ強い酒だったんだ?」 「え?あの時のウイスキーすか?持ち込んだの、藤真さんじゃないの?」 「俺は焼酎派だから、ウイスキーなんて買わねえよ・・買ったの、おまえじゃなかったの?」 「え!?じゃあ・・神さんが!?」 「神がそんな非常識なこと、するかあ?」 「むかー!それは俺なら持ち込みそうってことっすか!?」 「おまえだって、俺が持ってったと思ってたんだろ!?」 「だって、神さんがそんなこと・・・」 「でも、おまえでも俺でもないとすれば・・・」 「神さん・・・かな?」 「・・本人に聞いてみようぜ。あんな下らないこと、覚えてるかわかんないけど」 「あっそっか!!会いますものね練習で」 「とにかく・・・練習初日は6月4日だよな」 「ええ、火曜日」 「19時だよな」 「ですね。地下スタジオB04集合っすよ!」 「懐かしいなあ・・何が何でも仕事、上がんなきゃ」 ・・・そこへ店の前の大通りを走る、車のマフラーの 特徴的な重低音が響いてきた。 「あっ!迎えだ」 「迎え?」 藤真がが店の外へ出るのと一緒に、清田も出た。そこには。 「信長くんじゃんー!久しぶり!!」 そこには古い、黒のジープの運転席から顔を出す懐かしい顔があった。 「あっっ!!仙道!!・・・おまえ全然変わってねーな!その髪形も!!」 「はっはっは、そういう信長くんはちょっと大人っぽくなったんじゃないのー? 観たよテレビ!!カッコ良いねぇ、デビューおめでとう!!」 「おう!!サンキュー」 「仙道、迎えサンキュ」 「藤真さん、お待たせしました、さぁいこーか」 「にしてもすげーな藤真さん!!よくマフラーの音だけでわかったっすね」 「この音、特徴的に公害だろ?俺はすぐにでも買い変えて欲しいんだけど」 「はっはっは、車は、とにかく乗れれば良いから!動かなくなるまで乗り潰すよ」 「仙道ちょっと待ってて。俺、みんなに挨拶してくるわ」 「もちろん・・ところで、今日は神くんはいないの?」 「・・・今日は来ないって、言ったろ」 「そんなの、来てみないとわからないじゃないですか」 その仙道の発言とさっきの藤真の話から 『藤真が神と再会すること』 を心配して、仙道がこうして迎えに来たのだと思ったら 清田は、少しぞっとした。 ・・・店内に戻る際、藤真が清田にそっと耳打ちした。 「今度のこと、仙道には内緒な」 「え?」 「半月さんの2次会で、B04が演奏すること! ・・あいつに知られたら俺、練習行くどころか今後外出禁止になりかねない」 「あ、ああわかりました。けど外出禁止って・・・」 「馬鹿らしくて悪いけど、付き合ってくれよ。 ・・・みんな、俺、迎え来たから帰るわ!」 「えっ?もしかして仙道!?」 「ああ」 「えーっ!?私もご挨拶したい!!弟さん紹介してもらわなきゃ」 「谷崎、おまえ結局高校生に行く気かよ!?」 「藤真ちゃん、もう帰っちゃうの?寂しいなぁ」 「黒崎さん!半月さんの2次会でお会いしましょう」 「ああ、おまえらB04の久々の演奏、楽しみにしてるぜ」 「じゃあな、藤真」 「三井、宮城、またな」 「おう藤真!!またすぐ会えるしな」 「外まで見送ります」 「えっ、ここでいいよ伊藤」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・!!」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・!!」 ・・・こうして、久々の再会の夜は過ぎていった。 それは非常に楽しかったはずなのに・・・ 否、実際楽しかったのだが・・・ 何故だかわからないが清田は ・・胸やけのような違和感を、ひとり胸に抱えてしまっていた。 その胸やけ、違和感の意味。 きっと、無意識は知っている。 でも、顕在意識・・つまり現実まで、まだ浮上して来ない・・・否、 清田はそれを、もう少しで思い出せるところに立っている。 自分の特定の時間の意識が、閉じ込められた箱が目の前にある。 あとは・・・その箱のドアを開けるだけなのに、鍵がかかっていて。 肝心の鍵が。 鍵が見つからない。 だが、ふと・・永遠に見つからなくても良い気がした。 それは何故か? この箱は、きっと開けてはいけない。 パンドラの箱。魑魅魍魎の匣。 そう、断定的に思うのは、何故なのか? 何故かは解らない・・・だが、気付いてしまった。 俺は”何か”を、意図的に思い出さないようにしている――!?と。 善か悪か。 正義か罪か。 真実か嘘か。 慈しみか憎しみか。 現実か幻か。 創造か破壊か。 そんな釈然としない正反対の言葉が、清田の頭の中をいくつも漂っていた。 いずれにせよ、これはきっと逃げても逃げ切れない。 ”何か”を知る”その時”は、確実に近づいてきている、と感じるのだった――。 ************************ 2013.06.16 超暑かった父の日。 (お手数ですが、ブラウザでお戻り願います) |