くちづけ ファイナル
第2話 セックス ドラッグ ロックンロール
 

2013年6月23日日曜日 満月の夜
@2人の部屋

神宗一郎


23:00過ぎ。
窓際で網戸越しに夜空を眺めているあの人。

その華奢な肩越しに隠れきらない月が、だらしなくはみ出している。

・・・なんて朱い月なんだ。
おまけに、今夜は満月。


まるで、太陽のように炎上している・・みたいに見える。

それは手を伸ばしたら届くのではないかと錯覚するほど
大きく、近くに差し迫っていて。

こんな夜は・・
きっと人間の心に、さざ波が立つ。



十五夜の月に、恋焦がれるかのように釘付けになっている彼。
その姿に俺は、ひどく不安と焦燥に駆られる。
あの月が・・・どこかに彼を連れ去ってしまう気がして。
愛おしい彼自身も、
狂おしい程彼を想う、俺のこの気持ちさえも。

全く問題がないように、何の意味がないように瞬間に燃やして、
灰にさえ、変えてしてしまう気がして・・・。


・・さすがに自覚はあるけれど。
どうやら俺は、ここのところ尋常ではないようだ。
俗な言い方をすれば、俺はイかれてる。
そう、彼にイかれてるんだ。
それは何も、今に始まったことではない。
彼にイカれているというこの事実は、
今や俺自身を定義するための、1つのアイデンティティでさえある。

恋の病。
そう一言で呼んでしまえば何とも可愛らしく、
そこには凶暴性など全く見い出せない。
・・言葉とは、表現とは、実に包括的で、便利なものだ。

だが、実際の感情は。


恐らく今の俺の心は、病的な執着と依存の塊だ。
精神科へ行けば、すぐにでも
漢字を何文字も並べたり、長ったらしいカタカナを使ったり
・・そう言った立派な病名のレッテルを
貼っていただけるに違いないと、自負している。


そして診察の際に、俺は医者にこう言うんだろう。

『彼がどこかへ行ってしまうのではないかという不安と一緒に、
誰にも渡さない、誰かの手に渡るくらいなら・・・っていう
破壊衝動・・つまり殺意が
・・どうしようも無い程、湧き上がるんです。
俺、このままだと遅かれ早かれ・・・いつか彼を殺します』



さらに、気付いたことがある。

そう、自分でも持て余す、この凶暴な感情が湧きあがるのは――
何故かそれは決まって、今夜の様な満月の夜・・・。




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「どうしたの?月に帰りたくなっちゃった?」

真後ろから、本心を隠して惚けた様子で、
・・たった今彼を見とめた様子で・・俺は問う。
我ながら、下手くそな演技だ。

「!・・ああ」
彼は俺が近づいて来たことにまったく気付いていなかったのだろう。
ぎくっ とした様子で身をすくめ、ほんの少しだけこっちを振り返った。
その振り返った左目には、薄い色だが一瞬、恐怖が浮かんでいたのが見てとれた。

そんな彼の様子が、俺の渦巻くドス黒い感情を
さらに掻き回して、刺激する。
くつくつと、それは増幅する。


・・その不埒な心を彼に気付かれないように、
努めて穏やかな、無頓着な声で話し続ける。

「帰りたい、って顔に書いてありますよ」
しかし、第一声は呑み込んだ唾液が喉に絡んで、不自然に掠れた。

しまった。今の。
怪しく思われなかっただろうか。
だけど。

「月・・・って、帰れんの?」
彼はそう言って少し笑った・・気付いている様子はまったくない。
彼はいつもそうだが、あまり人を疑うことをしない。
だから俺の下手な演技も、彼の前では本物に、真実になる。

「帰れるんじゃないですか?あなたなら」

帰すつもりなんて、まったくないけれど。

「何だそれは。俺は、かぐや姫じゃない」

俺は心を安堵させ、逸(はや)る気持ちをやりこめて
彼の細い首根っこを見つめた。



コノママ首ヲ絞メ上ゲロ。

ドウセ最期ノ時ガ来ルナラ、俺ノ手デ彼ヲ終ワラセルンダ。


ソウスレバ彼ハモウ、永遠二俺ダケノモノダ。



・・・やめろ!何をしようとしているんだ、俺は!!

破壊することでは、愛せないはずだ。
守れないはずだ。
救えないはずだ。
そう、それは俺にも解っていたし・・・今も解っているはずだ。

だから目を・・頼むから目を醒ましてくれ・・・!
今からでも・・・遅すぎたけど・・取り返しのつかないわけじゃない。
それならせめて、今からでも!!

・・頭の中の唸るような、低い獣の声に必死で抗う。
・・・かろうじて正常の意識である良心が競り勝った時には、
もう、現実の俺が彼の首に抱きついた後だった。


危なかった。
さっきの衝動。
抑え切れなかったら、俺は彼を・・・本気で・・・?



「・・どうしたの・・急に・・・」
腕の中で、彼が身じろぐ。
そのことが、リアルな感触が、俺の意識を引き戻す。

「・・・月が凄過ぎて俺、どうかなっちゃったかも」

『実は今、あなたを殺そうとしていたんだ』

・・そんな風に言ったらあなたはどんな反応をする?

まだ短いけど、そういう教育をしてきたから・・うぬぼれ抜きで、
笑ってそれも良いと言ってくれそうだよね。でも。


・・・これは悟られてはいけない。

絶対、隠し通さなければいけない。

本心を遠くに、さらに遠くに追いやることに徹底する。

悪魔め・・・・もう永遠に、戻ってくるな!


・・俺はそれまでの自分の行為を
性的な衝動の故と、すり替えた。




・・後ろ向きのまま彼を抱きすくめ、
シャツの襟口から左胸目がけて、無遠慮に手を突っ込んで弄った。


心臓ヲ。彼ノ心臓ヲ俺ノ手ノ中二。
突如、追いやったはずの獣の声が、また頭の中で響き始める。

沈まれ、心の声!まだ解らないのか。
結局、俺のこの汚れた手では
彼の心臓は、心は、掴めないのだと。



手のひらに触れてくるのは・・もちろん心臓ではなく
彼の、右よりさらに敏感な、尖った乳首。
それの、頼りなげに押し戻してくる感覚。

「っん!・・満月でどうにかなるって・・
おかしくない?その大義名分・・」


全テガ欲シイ。
俺ノモノ二ナレ。
永遠二俺ダケノモノニ。

今後、誰ノ手二触レル事モナク、誰ノ目二留マル事モナク。
俺ノ手二カカッテ・・・ソウ変ワレ。



思わず実際に声に出しそうになる頭を廻る呪詛の声は
発情した吐息に変えて・・・彼の耳の穴に注ぎ込む。


「あっ」
その行為に呼応するように、彼が熱を帯びた声を発して、身を固くした。

瞬間、真っ白な首筋が、今夜の満月と同じ、朱色に染まった。


「狼男は何故満月を見て変身するのか・・解ります?」
彼の朱色に染まった首筋を、舌先で つつつ・・ と舐めあげる。

「んん・・・っ!知ら・・ない」
「月にはウサギがいますよね、
そのウサギが美味しそうだからです・・興奮しちゃったんだね」

「何その話・・作ったでしょ今・・・ああっ!」
鎖骨を、強く吸い上げた。ここが彼の性感帯の1つであることは、解りきっている。
「藤真さん・・・」
「神っ・・・!」


彼の唇が、酸素と俺の唇を求めて苦しげに半開きになっている。
でも・・・俺はキスをしない。今は、できない。
きっと舌を噛みたく・・食いちぎりたくなるから。

脳に1番近いところで、口内で舌同士で縺れ合っても、
所詮あなたに届きはしない。
そんなむなしい思いは・・したくないんだ。



脱ぐのも、脱がすのももどかしく
乱れた着衣もそのままに・・
彼を背中から抱きしめて、上に乗っかろうとした。

後背位で挿入しようとしたのは、あなたに顔を見られたくないから。
不安に駆られた、醜いであろうこの顔を。

獣の、モンスターの顔を。


・・それなのにあなたはいつも・・・
俺のそんな心の内を見破ったかのように、可愛くこうねだるんだ。


「・・・顔が見たいから、前からして。お願い・・」

俺があなたのそういう顔に、強く出られない事を、見越して・・・?


・・裸になって、弄りあって、
お互いの前でしか曝すことのない部分と部分で接合しても。
心には彼も、俺自身をも呑み込もうとする
赤黒いマグマが止めどなく流出してくる。

・・・絶対に俺は、これに抗わなければならない。
この感情と言う名の悪魔を飼いならせなくなった時。
その時が俺の破滅、そして彼の破滅にもなってしまうだろう。



ねぇ、藤真さん。あなたには今、

俺の姿がどう見えているんですか?


ただ俺が肉欲に酔って、

卑猥な行為に没頭して、貪っているように見えてるんですか?


それは違うんだ。そうじゃないんだ。

・・あなたの知らない俺が、俺の中にいるんだ!!

それに、気付いて欲しい。救ってほしい。そして抱きしめて欲しい。

でも、叶わないことは解りきっている。見せられるはずがない。

ずっと覚悟してきたことだった。そしてもう、こうなった以上・・・。


だから、俺は、人生で初めての殺人をする。

俺は、俺自身を殺す。
殺しても殺しても生き返るゾンビを。モンスターを。
必死で。何度も。


・・彼の熱を含んだ、焦点の定まらない瞳と目が合った。
目尻から流れる涙は、生理的なものであるのに
俺には、それにさえ責められているように思える。追いつめられる。


俺ノ心ハ、見透カサレル?

もっと深い繋がりを求めてのことなのか、その手で、足で
俺に健気にしがみついてくる藤真さん。その様子に。


『・・見かけじゃなくて、心を抱いてくれ!!』

叫び出しそうになるのを、必死で飲み込む。


藤真さん。
今後何を目撃しても、逃げ出さず、ただ俺を受け入れて欲しいんだ。
包み込んでください。残酷なモンスターの心を。

もうあなたの叫び声でも涙でも、
俺にかかった呪いを解くことは、きっと叶わない。



ドウシテ?
こんなにあなたが好きなのに。
こんなに大事にしたいと思っているのに。

どうして、壊してしまおうとするんだろう。
ドウシテ??


・・その疑問は、一向に解けなくて。
俺はまるで子どもの様に、彼の賢そうな額に、自分の額を当てこすった。
彼の少し汗ばんだ白い額は、冷たく滑って、心地が良かった。


許してください。
こんな俺だけど、許して、愛してください。

分けあえないものなら、誰かを、あなたを
傷つけたとしても・・奪うしかなかった俺を。

誰かとあなたの理想郷を、壊したとしても
自分の理想郷を立てるしかなかった・・モンスターのような俺を。


・・・網戸の向こう側。

相変わらず、月が朱く炎上している。


俺が壊してしまったから、

あなたの帰るところは、もう、ない。

それは俺がずっと望んできたことだったけれど。

・・・俺の帰るところも、ここ以外、もう。





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軽い18禁となりました久々の神藤です。
そう言えば自分は神藤の18禁を1番多く書いている・・・好きなはずないのに・・。
読む18禁は、仙藤と牧藤が好きです(何の宣伝)
この曲の勝手にメインテーマは嵐のMonster。そのままじゃねーか。

2013.06.11 雨 先勝 傘の日


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