「はぁ〜〜??!!」

  

2005年8月15日、月曜日。
お盆真っ只中の真夏日。本当につかの間のオフ。  

・・・駅前に、この夏最大級の、俺の驚愕の叫び声が木霊した。

 

「牧さん!どういう事っすか!?」

「どういう事と言われてもな・・・そういう事だ。先輩命令だ」

「こんなとこで職権乱用しないでくださいよ!」

「おお!おまえ難しい言葉、知ってんじゃん」

「かっかっか、当然っすよ!・・・・じゃなくて!藤真さん!!」

「何」

「今から、どこか行くんでしょうか・・・?」

「そりゃま。ここで突っ立ってるだけだと遅かれ早かれ脱水症状で死ぬからな」

「・・・どこへ、行くんでしょうか・・?」

「よろしい、着いて来い」

「じゃあ、俺は行くからな!二人とも仲良くやるんだぞ」 


二人とも仲良く  って!!

突然、翔陽の藤真と二人きりで。

どーいう風に仲良くしろ、って言うんですか、牧さん!カムバ〜ック!!

 

  
2005年8月15日、月曜日。
お盆真っ只中の真夏日。本当につかの間のオフ。   

何故か俺は、藤真さんと二人きりで遊ぶことになっていた。

  

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

  

・・・だいたい、よくわからないのは牧さんだ。

あれはおととい・・・牧さんからケータイに電話があった。 

『今度の日曜、暇か』

自分は暇なんだが、ぜひ街に出て ブラブラしないか という。

ブラブラ って言葉が牧さんにそぐわなくて一瞬固まったけど、

(牧さんってのは、常に白黒つけて、目的意識を持って行動してて
曖昧でいい加減な時間の使い方ってのは、しない人だと思ってたから)

あいにく何の予定もなかった俺には、願ってもない話だった。

 

 

当日。出掛けにおふくろに尋ねられた。

「ノブ?出掛けるの?」

「あ〜、ちょっとブラブラしてくる。牧さんと」

「牧くん?・・・あんた、たまの休みってのに、
何も毎日顔合わせてる人と・・・ホント部活の人のこと、先輩のこと好きなのね」

「あーったりまえよ!チームワーク抜群!!牧さん大好き!」

「まあ!」

 

 ・・・牧さんのことは、人として、先輩として尊敬できる。

俺の目標でもあり、
もちろん大好きな先輩のひとり。

そんな先輩と、休みまで一緒にいられると、自分は選ばれたのだと、誇りに思って出かけたのに・・・・・

 



「あー遅刻だっもうっ!」

待ち合わせは10時。腕のデジタル時計は、10:05を示している。

・・・人の多い駅前を、すばしっこく駆け抜ける。

いた!牧さん!! 

と思って、声をかけようとしたら、

「遅いぞ!清田」

牧さんが、別人の声で叫んだ。

 

あれ??

今の、牧さん??

牧さんって、こんな涼しい声色だっけ・・??
んなはずねえ!
こちらと毎日喝入れられてんだ、牧さんの声を忘れるはずが!


・・・ということは今の声は一体・・・

俺が訝しげにしていると、 
やはりその声を発した人物は、牧さんではなかったのだ。

今まさに叱咤の声を発した主が、牧さんの陰から顔を覗かせた。

この人は・・・・

あ!

あああああ〜〜〜!!!!!????

 

「しょ・・・しょ・・・翔陽の藤真!!??」

「随分な言われようだな、呼び捨てとは。俺はおまえより2つも上だぞ。
遅刻はしてくるわ・・・牧、お前後輩にどういう指導してんだ?」

「む・・・・」

「牧さん!これは一体全体どういうことっすか!!??」

「清田、落ち着いて聞け。今日俺は、急用が入った。今から家に戻る」

「急用!?」

「急に姉が4つになる姪っ子を連れて戻ってきてな。
旦那と出かける急な用事ができたらしく、その間俺が姪っ子の面倒を見る事になったんだ。
父母はラスベガスに旅行に出かけているしな・・・・・」

「姪っ子!?ラスベガス!?はあっ!?はあっっ!!??」

「あー・・だからだな」

「だから、俺とお前が残されたわけ」

「はあっ!?牧さんに用事ができたのはわかりましたけど!
何でここで藤真・・じゃねえ、藤真さんが出てくるんです!?そこが全然わかんないすけど!!」

「失礼なやつだな。いちゃ悪いか」

「・・つまり、 本日のブラブラする面子 に、藤真も入っていたって事だ」

「なっ!?」

「牧は、二人きりでブラブラ、とはおまえに言ってないだろ??
それとも二人きりがよかったわけ?ブラブラじゃなくてラブラブ?うわ〜、お前らってそういう」

「ち、違うっすよ!!何言ってんすか!!」

だったら!

言ってくれればいいじゃん!

何のために、携帯電話が、メールがあるんだ。

『15日、藤真も行くことになった』 って、ひと言。

(もっともその連絡が着ていたとしたら、俺はビビってここに来たかどうかわからないけど)

それに、急用が入るのは仕方ない事だけど、
それを携帯に連絡くれれば、今日の ブラブラ を中止にでもなんでもできたのに!

AさんとBさんはお友達。

BさんとCさんはお友達。

この場合、Aさん、Bさん、Cさんが3人一緒に遊んでたっておかしくない。

Bさん繋がりでAさんとCさんもまた、気が合って友達になれるかもしれない。

♪友達の友達はみな友達だ〜 ってやつだ。

でも!

これが俺に牧さん、藤真だったらどうなるのか!!

俺の頭の中では、大嫌いな数学の問題解くみたいに
A、B、Cって記号に、駅前に集合してるヘンテコ3人を当てはめた。
頭の中で、謎の図解がズラズラ並んだ。

Aさん=俺、Bさん=牧さん、Cさん=藤真。

俺と牧さんはお友達・・・わわわ、もう何か早くも違う!

牧さんと藤真さんはお友達・・・えーっ!?それも何っっかビミョーっっ!!!

・・・後から考えると、何もAとB、BとCは友達である必要はなかったんだけど。

何らかの共通点があれば充分なんだよな。

牧さんと俺はチームメートで先輩後輩の仲だし、

牧さんと藤真は・・神奈川の双璧。つまりライバル(なのになーんで仲いいんだこの二人)

でさ、結局俺と藤真は1回、IH前の練習試合で勝負しただけ・・・?

俺と藤真からバスケ除いたら何も繋がらないんですけど・・・・

ていうか!そんな図解なんてどーでもいい!

なーーんで俺と藤真・・さんが二人で出かけることになってんのかが、大問題!!

牧さんだって、いくら鈍い(すんません)たって、

俺と藤真さん二人きりじゃビミョーになることくらい、分かってくれそうなもんだ。

なのに!あえて!?
何故!?声を大にして、何故!?

「とにかく俺は失礼するぞ」

「牧さん!」

「じゃあ俺らも行くか」

「藤真さん!!行くか!?・・・って!?」

「お前暇なんだろ。俺も暇なんだよ」

「はあああああ〜???」

「何だよ、やっぱり俺じゃ不満か?牧に抱っこなんだな?」

「そういう意味じゃなくて!  ビッッミョー!!  じゃないすか俺と藤真・・さんなんて!」

「どういう意味だ?失礼なやつだな。
ビミョーでもなんでも、俺にとっては暇よりマシだ。今日1日、つきあえ」

「俺は一刻も早く帰らねば」

「牧さん!どういうことっすか!?」

「どういうこととは・・・そういうことだ。先輩命令だ」

「こんなとこで職権乱用しないでくださいよ!」

「おお!おまえ難しい言葉、知ってんじゃん」

「かっかっか、当然っすよ!・・・・じゃなくて!藤真さん!!」

「何」

「今から、どこか行くんでしょうか・・・?」

「そりゃま。ここで突っ立ってるだけだと遅かれ早かれ脱水症状で死ぬからな」

「・・・どこへ、行くんでしょうか・・?」

「よろしい、着いて来い」

「じゃあ、俺は行くからな!二人とも仲良くやるんだぞ」 

二人とも仲良く  って!!

突然、翔陽の藤真と二人きりで。

どーいう風に仲良くしろ、って言うんですか、牧さん!カムバ〜ック!!

 

・・・こうして俺は、藤真さんと晴れて二人で遊ぶことになった。

 

 

 freak me out
俺とあなたの輪っかは、ここから絡まりはじめた・・・

 

 

「あ〜、暑っち〜〜!!!」

ちょっと動いただけで、汗が吹き出る。

「暑いのなんて部活で慣れてるだろ」

あっ、この人の声、心地いい・・・なんか涼しい声だ。もっとしゃべってくんね〜かな。

「そ〜なんすけどっ、やっぱ違いますよ・・
暑いとこで目的あって体動かしてんのと、ただ単に歩いてんのでは」

「そうか?」

・・・やっぱ涼しいや。へへへ・・・・なんか気持ちい〜っ

かくして俺と藤真さんは、駅前に新しく出来た映画館に来た。

やることが何も見当たらなくて、とりあえず映画でも見るか、ということになったのだ。

映画、なんて、どのくらいぶりかな・・・・・。 

あ。

中2の時に当時の彼女の亜美ちゃんと、

何かラブストーリーのやつ、観たぶりだ。

・・俺途中で寝ちゃってて、彼女スネちゃったんだよな〜。

 ほんっっと久しぶり、なんて思ってたら。

「映画、なんて、どのくらいぶりかな・・ほんっっと久しぶりだ」

って、藤真さんが、同じことを。

 
「どのくらいぶりっすか?」

藤真さんにも、俺みたいな経験、あったりして。

と思っていたら、

「小4のときに ドラえもん を見たぶりだな。
めちゃくちゃ燃えたぜ。あのときは確か劇場付録が」

・・・違ったみたいだった。

この人って、藤真さんって、意外と幼稚・・・・???

 


・・・ふたりで相談して観ることに決めたのは、『電車男』。

クラスのやつらが、面白いって言ってた。どんな話なのかさっぱりだけど。

藤真さんも内容はよく知らないけど、じゃあそれにしよう、って。

・・・券を買うのに料金表を見て、藤真さんがすっとんきょうな声を上げる。

「・・・なんだーこれ」

「あ〜コレ!クラスのやつが言ってたやつだ!!」

「”オタク!?」

「藤真さん、オタク1枚って言うんすよ!」

「え?え??」

「”高校生” じゃなくて ”オタク”。日本初のオタク特別割引なんすよ!
大・高生は1400円だけど、オタクは1300円でしょ!100円、お得なんすよ」

「はっ?何ソレ?そんなんあんのかよ、何で?」

「理由までわかんないっすけど・・・あるんすよとにかく!」

「・・・オレ、オタクじゃないけど?何か証明とか、いるワケ??」

「完全自己申告っすよ!何にもいらないって!」

結局、俺が先に行って、 『オタク1枚ください』 って言って、

その後の藤真さんも、ちょっと引きつった笑顔で、 『オタク1枚』 って言った。 

 

「言えましたねっ! 『オタク1枚』!!」

「な!ホントに買えちゃったよ!」

神奈川の双璧のひとりが映画館の窓口で、

『オタク1枚』 なんて言ってるところ、誰が想像できるだろう。

俺は、それをさっき目の当たりにしたんだぜ??

ちょっとレアな場面だろ!?

 

「なんかさ、やけに緊張しちまったよ!
まるでいけないことしたみたいな気分、っての?」

「はい?」

「あ〜、なんか観る前から楽しいわ」 

その 『楽しい』 の笑顔に、俺は心臓がどきっとする。

藤真さんは、こんなことで いけないことした気分 になれるのか。

それは裏返せば、彼が日常どれだけ厳格な優等生として過ごしているのか、ってことで。



俺は、練習試合の時の藤真さんを思い出してみた。
 

・・・初めて藤真さんを見たとき、作り物みたいな人だと思った。
まるで、人形のようだと。

確かに、ある種のウワサが流れるくらい綺麗で、

男とは思えないほど、女でも普通では有りえないくらい美人だけど。

でも、なんか整いすぎてて、それに貫禄も手伝って、怖かった。

いや、貫禄あるってなら牧さんの方があるけど・・・

そう、例えるなら牧さんは 『ずしーん』 って貫禄で、

藤真さんは 『ピリピリ』 って貫禄、だと俺の動物的カンが察知した。

そして、彼を瞬時に 『苦手なタイプ』 に分類した。

優等生で、バカなこともしない、冗談も言わない、そんな俺とは真逆のタイプに見えた。近寄り難かった。

なんつーか俺には、牧さんみたいな 『ずしーん』 って貫禄には免疫があったし、馴染めたけど

『ピリピリ』 ってのはなぁ。だいたい、そんな貫禄が滲み出てる人に出会ったの、藤真さんが初めだし。

 

 ベンチでの 『監督』 の藤真さんは、
たくさんのデカい部員に囲まれてて、そいつらに理路整然と指示出してて、
表情が厳しくて、めちゃくちゃ落ち着いてて俺らと同じ高校生にはとても見えなくて・・・

それでいて、コートに降り立った 『選手』 の藤真さんは、びっくりしちまうくらい攻撃的で、
むかつくくらい素早くて、シュートフォームが綺麗で・・・・・・

「・・・・」

「清田?」

「わあ!は、はい!」

「何ぼーっとしてんだ、疲れてるのか?」

「いえ!全然っすよ清田、絶好調!」

「なら良かった。飲み物買お。何がいい?奢ってやる」

「わ、ほんとっすか!」

「悪事のあとの一杯はうまいぞ〜」

「はっ!?まさか酒!!??」

「そうだな、オレはこの 『コーラ』 って名前の酒にするぞ」

「なんだビビった・・・」

「バーカ」

 
今、俺の隣にいて悪戯っぽく笑う藤真さんはもはや人形でもなく、ピリピリの貫禄もなかった。

表情がくるくる変わり、おどけた態度で冗談を言ってみせる。

俺と縁遠い、真逆の存在の彼ではなかった。

『コーラ』 って名前のお酒のボタンを、細長く白い人差し指で押す。 

その背丈も、俺と同じくらい。

またひとつ、共通点を見つけた・・・・・。


なんていうか・・・窮屈じゃない。
けっこう楽しいかも。この人と、いるの。

 

  

・・ほどなく始まった映画の、主人公はいわゆる 『秋葉系』(俺の周りにはいねーな・・)。

主人公がチャットで、色んな人に恋の相談しながら話が進むけど、

俺、パソコンよくわかんね〜しめったに触らねえかんな・・・

・・・主人公の男がヒロインに、

『マターリしてもちつきます』(オタク言葉?)

って言ったとこで、周りのお客さんたちから笑い声が上がったんだけど、

俺は言葉の意味がわかんなくて 『は?』 

とヒロインと同じリアクションを取ってしまっていた。

すると、左隣でも藤真さんが形のいい眉を顰めて、俺と同じリアクションを取っていた。

・・・その表情のまま、お互い目が合って。

藤真さんは苦笑してた。

俺は、俺はなんでか、どうしようもないくらい、照れた。

映画館が、暗くて助かった。
 

(後日、クラスメートに聞いたところ、
そういうのは 『2ちゃんねる用語』 って言って、
『マターリしてもちつきます』=『まったりして落ち着きます』 ってことらしい。
後日、藤真さんにメールしたら そういうことか! ってすっげぇ感心してた)

・・・映画は相変わらず

『おまい』 とか 『おかわりキボン』 とか謎な言葉使いで続いていった。

でも、もちろん内容はわかった。

そして、主人公の振り絞った勇気と、誰もが願ったであろう結末に

俺はひどく感動したんだ・・・!

 

  

 

「なんか・・まるで俺が泣かしてるみたいじゃね?」

「だ えっく って・・・だって!くうっっ・・・よかったよおぉ電車男!」

「確かにいい映画で感動もしたけど」

「でしょ!?でしょ・・・・・えっく・・・・」

「おまえみたいに大泣きしてる客は、いなかったろ?」

「くっ・・す・・すんません・・・わああああ〜・・!!」

「おまえ、極度の感動屋なんだな」

「ぐすっ・・・・・すんません・・・」

「謝るなよ。泣いてもいい・・でも、もうちょっと声小さく泣け」

 

 

そんな綺麗な顔で、男気いっぱいにそう言いながら、

差し出してきたバーバリーのハンカチ。

なんだ、この包容力は。安心感は。

藤真さん・・俺が、俺が女の子だったらイチコロで落ちてるぜ。
完全に惚れてますよ・・・・・・・・。

 

ん? 

惚れ、て???

惚れ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・??

 

「なー?・・俺、もしかしてオタクかも」

「・・はっ!?藤真さんが!?」

「”オタク” ってさ、何もゲームやアニメに限ったことじゃないだろ。
何かにひどく詳しくて、執着持ってるってのがオタクだとしたら・・・」

「だとしたら?」

「俺ら、バスケオタクじゃん」

「あ〜!なるほど!!」

「あっ、でもお前の場合、バスケバカか」

「わっ!何かひで〜!」

「しかしバスケオタク と バスケバカって、どっちがひどいかな」

「うっ・・・どっちでしょうか・・??オタク・・ひでえな。でもバカはどうしようもねえ・・・むむ、難しい・・・」

「どっちもどっちか!・・・さあ、泣き止んだな」

「あっ・・!?」

「飯、行こうぜ!」

 

 

映画の後、

ばあちゃんとじいちゃんがやってるような定食屋で飯を食った。

注文は日替わり定食、2つ。

今日のメニューは、からあげだった。大好きな俺。藤真さんも、そうらしい。

向かい合う形でテーブルに座った俺たち。

「あっ!」 

「何?」

「藤真さんって・・・そういや 左利き 、でしたっけ・・」

「そうだけど?」

  

牧さんが いつか

『あいつを止めるのは結構ホネだ。タイミングが合わせづらい上にサウスポーでな』

と言っていたのを思い出す。

ひゃあ。

マジなんすね。

向かい合って食べると、

二人とも鏡みたいに同じ動きしてるんすね。

同じもの、食べてさ。

・・・なんか、なんか照れるっすね。

・・・・・・俺だけかな?

 

今日1日で、どんどんあなたの新しい一面、知ってく。

初めてまともに話すんだから、新しいことだらけで当たり前だけど、

これって、ただ新鮮だからって理由だけなのか??

胸がどきどき、どきどきするっすよ・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

 

「・・うち、この辺なんだ」

電車の車窓から、藤真さんが指差す。

「え!うちと結構近いじゃないっすか!」

「えっマジ?おまえん家どこ??」

 

なんて会話をしながら、その後は海へ。

「あ、あ、暑〜〜〜い!!!」



「・・ぐわっしまったっっ・・・!」

「ひとりで叫んで、何突っ込んでんだ?」

「だって〜・・・!」


・・・つい叫んじまったのはいいけど、それにエネルギー使ったのか、もっと暑くなってきやがった・・・!

ただでさえ海水浴場はバカみたいな賑わいで、色んな色のパラソルが砂場に刺さってる。

眺める海残念ながら?静か、とか涼しげ、とか言う言葉とは程遠くて、
もともと熱いのに、大量に泳いでるやつらの体温でさらに温められているように見える。

「よく考えたらさ・・バカだよなオレたち」

「え〜?何ですか〜・・・・?」

「いや、よく考えなくても・・・真夏の・・しかも真昼の海に、
泳ぐでもなく行く、なんて自殺行為だよな・・・」

「は〜・・・トランクスで、泳いでもいっすかね・・・・」

「やめとけ・・他の客の目があるし、第一泳いだあと、どうやってズボン・・・履くんだ」

「ぐっ・・・・・・・」

「許されるなら、俺もやりたいがな・・・」

でも  海パンで国際線乗るような時代  だって、最近の歌にあったような、ないような・・・・

 

・・キャップを被っている俺とちがって、

俺の左隣に座ってる藤真さんは、何も体を保護するものがない状態。

透き通るように白い肌が真夏の直射日光に照らされて、

その日の光に溶けて消え入ってしまいそうで・・・俺は少し焦った。

 

「大丈夫すか?なんも影になるもん、ないじゃないすか。
・・ていうか藤真さんって、全然日焼けしない人なんすか??」

「・・俺、強い日焼け止め、普段からばっしばしに塗ってるもん」

「え!そうなんすか!?」

「俺さ、日焼けにすっごい弱くて。ガキの頃から海行くとそっから何日か、
肌が痛くて寝れないわけ。風呂も沁みるし。
・・・日焼け、ってよりヤケドみたい、真っ赤になって。

だから、練習のときも欠かさないようにしてる。男が、ちょっと情けないがな」

「いや、情けなくはないですけど・・納得・・・」

確かに、藤真さんは日焼けをするより、日に当たっても焼けないで赤くなって、
しばらくすると赤みが引いてく肌のように見える・・・います、そういう人。大抵色白の女子だけど。

「おまえも紫外線、バカにしないほうがいいぜ〜。
特に海の紫外線は通常の倍。将来皮膚ガンになるぞ皮膚ガンに」

「ひいっ!脅さないでくださいよっっ」 

「いや、冗談じゃなくてな・・・クソっ、俺も牧くらい日光に強ければなぁ。
あんな真っ黒になっても、シャレになんねーけど」

「牧さん?あ〜・・・・・・・・」

今朝帰っていった牧さんのセリフが、ぼんやりと思い出された。

「急に姉が4つになる姪っ子を連れて戻ってきてな。
旦那と出かける急な用事ができたらしく、その間俺が姪っ子の面倒を見る事になったんだ。
父母はラスベガスに旅行に出かけているしな・・・・・」

あれ?そういえば、牧さんってお姉さんいたっけ?

・・・ご両親はお盆休み中、共通の趣味のテニスに入り浸るって言ってませんでした??

あれ〜あれ〜・・・?なんかおかしい・・・

・・でも、暑くて暑くて、頭が働かねえ・・・

・・・ぼーっとした頭で堤防に体操座りをしたまま、隣を見やる。

藤真さんは、さっきコンビ二で買ったポカリスエットのペットボトルを、凹ませるくらいの勢いで飲んでいる。

その・・・白い喉元。
ごくごくやっている彼の姿から、目が離せなくなってた俺。

虚ろな目で、ペットボトルに吸い付く藤真さんの・・・わ!

飲みきれなかった分が、彼の口の端を伝って、首筋に垂れた。

・・・って!!!

お・・・俺は何見惚れてんだよっ!変態チックじゃんかああ!!

おかしい俺!
ぜって〜ぜって〜おかしい!!

だって・・・こんなに水着のギャルとかいるんだぜ!?腐るほど!!!!

なんで・・・なんで藤真さんなんだよ!!なんで藤真さんに・・・!!??

 

「あわわわわわあ!」 

「・・・どうした・・ついに暑さで頭がイカれたか?」

「そんなこと、ないっすけど・・ないんすけどねっ!!」

俺はたまらなくなって、

履いていたスニーカーに脱いだ靴下を詰め込み、

ズボンの裾を捲り上げ、砂浜に飛び降りた。

「わ!ちょっ・・・・清田!!」

「うおおおおおおおおお!!」

 

思いっきり叫んで、海に。 

バシャバシャバシャ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 

「・・・・清田、どうだー?気持ちいいかー??」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・おい」 

「・・・・・・・・・・・・・ぬるい、かも」

「ダメじゃん!」

「でも、砂場よか断然気持ちいいっすよ!藤真さんも!早くっっ!!」 

藤真さんは、一瞬戸惑った顔を見せた。

けど、

俺と同じように、履いていたスニーカーに脱いだ靴下を詰め込み、

ズボンの裾を捲り上げ、砂浜に飛び降りた。

バシャバシャバシャバシャ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「おーっ!!マジぬりー!でも気持ちいーっっ!!!」

「でしょでしょでしょでしょ!!!???」

「・・・・・それっ!くらえっっ!!!」

「ぎゃー!!!ひでえ奇襲じゃんか!!藤真さんファウルだファウル!!」

「るっせーよ!!!」

「うおっ!?・・・・・お返しっっすよっっ!!!」

「・・うわーっ!!!!」


 

・・・そんな感じで。

結局ベタベタになって。

夕暮れ時まで、堤防で体、乾かしながらふたりで過ごして。

半乾きの塩水が、べとべと纏わりついて。気持ち悪いハズで。

でも、俺は、ひどく満足で。ひどく、気持ちよくて。

こんな感じ。なんていう感じだろう。 

この、言い表せない感じ。

藤真さんも、そう感じててくれてたらいいのに、と思って振り向くと、

彼は、ぼーっとした様子で堤防前の一本道を歩いて行く、男の人を眺めていた。

その人は、20代半ばくらいの、好青年って感じの人。韓流映画に出てくる俳優みたいな。

格好は、最近学校に行くとき電車でけっこう見かける えっとクール・・クールビズ! で。

・・さらに驚いたことにその人は、大きな大きな、顔が簡単に隠れてしまうくらい大きな、バラの花束を抱えていた。

みんなが水着やビーチサンダルや、ラフな格好で行きかうこの場所で、その姿は完全に浮いていた。

何故にバラ??

 

「・・・何すかあの人・・俺、あんなデカい花束、初めて見ました」

「あれは目立つな・・・特にこんな場所だと」

「でも、  バカづらでスーツで海に飛び込む  ような人ではなさそうすよ」

「?何言ってんだ?」

「そんな、歌ありますよね?」

「ないだろ」

「流行ってるっすよ」

「おまえだけに聴こえてんじゃねーの?」

「どういう意味っすか!・・・でもホント、何のための・・誰のための花束かな」

「・・今から愛の告白しに行くところ、とか」

「ええ〜!!??」

「結婚の申し込みかも。
それか実はあの人は花屋で、届け先の家を探してる途中か」

「・・・俺、恋人の誕生日のための花束だと思います、なんとなく」

「え?」

「何にせよ、キザじゃないすか〜?
赤いバラの花束、パっと渡されて・・俺がもし相手だったらなぁ、どうかなぁ・・その後が困るなぁ」

「・・・そう、かな」

「え〜?藤真さん、あーいうこと、やっちゃう人っすか??」

「やんない。キザだもん。似合わないもん俺に。キャラじゃない」

「いや・・・

充分似合う気もするんすけどね・・むしろ藤真さんくらいしかあれは許されないってか・・

今日こうやって一緒に遊ぶ前の、俺の中の 『藤真健司』 のイメージなら、

この人はそれをやってもまったく問題ない・・・
どころか、イヤミなくらいその姿が決まっていただろう。

きっとそんなことされたら、悔しいがすべての女の子がメロメロだ。

でも、今日こうしてみて・・遊んでみて。
飾らない人、あっさりした人ってのは、意外なくらい伝わったな・・・。



・・なあ?もしかすると相手が望んだのかもしれないぞ?花束が欲しいって」

「あ、な〜るほど!」

「自分があんなのあげる事はないとしても、
もしあんなの貰ったら・・・うーん、困るなぁ」

「でしょ?」

「でも貰って・・・ちょっと困ってみたい気もしないか?」

 

そう言って、藤真さんは悪戯っぽく笑った。

また意外な点を発見。

・・・・・なーんか、ロマンチストな人だ。

性格はすっげ体育会系なのに。男っぽいのに。

『バラの花束貰いたい』 、なんて、びっくりだ。

藤真さんのその言葉に俺は、
大事そうに花束を抱えて海辺を行くその好青年色男に自分を当てはめてみる・・・・

・・・・げーっ!
似合わねえ!!無理だ俺には!!

って。

なんで俺、自分に置き換えてんだよ。
しかも、なんで落ち込んでんだよ・・・・・・。

 

変なの、俺。

藤真さんの言う通り、暑さで頭、やられたかも。

・・・とりあえずクールビズの、あの人。上手くいけばいいなあ。恋人と。

 

  

「・・もう、帰ろうか」

「え」

「服も、乾いたし」

腕時計を見やると、PM16:58。

まだ、家に帰りたくはない と俺の心の音が、囁く。

「まだ、早くないっすか?」

「ここからおまえの家まで、1時間くらいかかるだろ?
今帰ったら、もういい時間じゃないか」

「ダッシュすれば45分で着くっすよ!」

「・・15分しかかわんねーじゃん」

そう言いながら、笑う藤真さんを見て。

ぎゅぎゅっ て胸が締め付けられたのは、なんでなんすかね? 

「明日からまた練習なんだろ?うちもなんだよ。
あんまり遅くまで引きずりまわしても、牧に怒られちまうし・・」

「う・・・・」

「今日、すげー楽しかったよ!お前のおかげでさ!」

「そんな・・俺は・・俺も!!」

「うん?」

「俺も、すっげー楽しかったです藤真さん!!」

「おうっ、ありがとな」

  

ありがとうなんて、こっちの方こそ。

始まりは、どうなることかと思った今日。

藤真さんと二人きりにされたときは不安と動揺ばっかりで、何がなんだかわかんなくて。

でも。

今日1日で、藤真さんのこと、たくさん知って、

いや、たくさん知ったつもりでいるけど・・・きっとこれはまだまだちょっとなんすよね?

それが・・・なんでかな。すげー悔しいんすよ。

すっげーすっげー、もっとたくさんたくさん、あなたのこと・・知りたい・・・

もっと。

もっともっともっともっと、一緒にいたいのに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 




・・・・そんな気持ちのまま、電車に乗って。

ガラガラの、夕日差し込む電車の中では、二人とも行きとは打って変わって、静かで。

俺は、今日の映画のこと思い出して。

電車男の・・主人公の振り絞った勇気、思い出して。

藤真さんに、ケータイ番号とメールアドレスを聞いた。

なんで、そんなに勇気が必要だったのかは、こっちが聞きたい。

でも、だって、すっげー緊張したんだ。

拒否られたらどうしようとか、聞かれたからしょうがなく教えてくれるんだったらどうしようとか、

マイナスなことばっかり頭を過ぎって。

でも、藤真さんは。

ちょっと驚いたように目を見開いて、

それからすぐに優しい笑顔になって・・・番号を交換してくれた。

「・・おかげで今年は、今までで1番楽しかったぜ」

「え?今年?・・海がすか?今日が?
・・8月15日・・何かの日でしたっけ??」

「今日は終戦記念日、だろ」

「ああ〜!?」

「今日でちょうど戦後60年だ」
 

バカな俺は、藤真さんのその答えに根拠もなく納得して。

(にしたって藤真さんの物言いって毎回、ミョーな説得力がある)

そして彼は。

俺の駅の、5つ前の駅で、降りていった・・・・

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 

 

ぼーぜんとしながら、 

今日のことを夢際の出来事のように思いながら、帰宅した俺。

「あらノブ、思ったより早かったのね・・・なんか焼けたわね!」

「ああ・・・・」

「どこ、行ってたのー?」

「ああ〜」

「お夕食まだ作ってないんだけど、お素麺とカレーどっちがいい?」

「ああ〜」

「・・・ちょっと、ノブ!?」

「ああ〜」

 

だーめだ!!

今日のことが、ついさっきまでのことが、やっぱり夢だったように思う。

ケータイは聞いたけど、だけど。

このまま、明日になればまた練習が始まって、

お互いちがうところでバスケをやる、他校の上級生と下級生。

それだけに、なっていくのかな。

まるで今日のことなんか、やっぱり夢だったように・・・・・・・・・・・・・

 

・・・・・・・・・・『着た着た着た着たーッッ!!着信フォゥーーーー!!!』

  

だああああ!!うるっせえ!!!

・・感傷に浸るのを邪魔する絶好のタイミングで、俺の着ボイスが唸る。

面白いかなと思ってハー○ゲイの着ボイスに設定したのだけど、

街中で鳴ったりするとこれ、相当恥ずかしいし

何より俺自身、これが鳴る度にビビってちゃ話になんねえ!早く変えなきゃだな・・・

今も台所に引っ込んだはずのおふくろが、訝しげな顔で舞い戻ってきた。

「ちょっとなんなのその下品な着信は!
お母さんびっくりしてお湯ひっくり返しそうになっちゃったじゃない!」

「あ〜ごめんごめん!あとで変えるからちょっと電話に出させて・・・と!」 

電話は、牧さんからだった。

  

 

『清田、もう帰る頃だと思ってな・・で、どうだったんだ今日は??』

「牧さん!? どうだった? じゃないすよ!どうもこうも」

『なんだ、楽しくなかったのか』

「や!・・・・た、楽しかった・・です・・けど・・何で!俺と藤真さんが二人で出かけることに!?」

『だから、言ったろう。お前も藤真も誘ってあったが、俺が行けなくなった。すまなかったな』

「ほ・・・ホントに・・・・??」

『それ以外、何かあるのか?』

「いや・・・・」 

だって、ヘンじゃないか。

藤真さんひとりでいるの、耐えられない人なのかな?寂しがり屋??

じゃなかったら、ほとんど面識のない俺と、いくら暇だからって遊ぼうと、思うだろうか・・?

藤真さんと遊びたいと思ってるやつなんて、男でも女でも腐るほどいると思うんだけど・・・

『しかし楽しかったのならよかったよかった。ありがとう清田。
誕生日に約束していてすっぽかす、なんて、気が引けるもんな。これで明日からみっちり練』

「はい!!??」

『?明日からみっちり練習』 

「じゃなくて!誕生日!!??誰がすか!!??」

『誰がって・・・・藤真、何も言わなかったのか!?
今日はその、お祝いのようなもののはずだったんだが・・・』

「藤真さんが!?今日、誕生日!!??」

『ああ』

「・・何っすかそれーーー!聞いてないっすよー!!!!」

 

今日一日、いきなり俺につきあえって、

着いて来いって言ったくせに、

肝心なことは言わず終いかよ!!!

 

『・・思うんだがな、藤真は気を使ったんじゃないのか?お前に。
そう親しくもないお前に、わざわざ言うような事でもないと』

「んな!?」

『藤真が誕生日だって、お前には何も関係ないわけだし』

「ま・・・牧さん!!藤真さんの家、わかります!?」

 

関係、大アリっすよ!!!

『終戦記念日』 なんて。確かにそうだけどさ、

出だしに猛烈に強引なことしといて、そんなとこで突然気ぃ使わないでくださいよ!!

ちょっとノブ?!いい加減になさいよ、玄関口で大声上げてないで!
お夕食、もうお素麺茹でちゃったからね。伸びないうちに早く」

「・・・俺、出かけてくる!!」

「まぁ今から!?今、帰ってきたところなのに!?」

「ねえ!俺ってスーツって・・ジャケットって、シャツって持ってたっけ!!??」

「はあ?」

「クールビズみたいな!!」

「クールビズ・・・・・イ・ビョン○ンみたいな??
・・・どう繕ってもあんたには到底似合わないでしょうねぇ」

「似合う似合わねーじゃなくて!持ってたっけ!!??」

「ジャケットって、サラリーマンじゃあるまいし。制服のブレザーじゃダメなの?」

「ダメだそんなんじゃ!」

「何よ突然。七五三のときのならちゃんと取ってあるけどね。

そうじゃなければスーツなんて大学の入学式か成人式まで・・・でも成人式は絶対袴って言って聞かないし。
ねぇあんた、そう言えば大学は行けそうなの?」

「だー!!もういいっっ!!」

・・・俺は親父の、真っ白のカッターシャツをハンガーから剥ぎ取ると

ボタンがもどかしく思えるくらいに、急いで着替えた。

(海南のブレザーの中に着るのは基本的にシャツ、
襟のあるものという規定があるけど、俺はいつもTシャツ。堅っ苦しいの、苦手なんだ)

本当は家に帰ったら、一番に風呂に入ろうと思っていたけど。

・・・自分から、今日の、彼と遊んだ残り香・・・海の、香りがする。

 
「ノブ!出かけるのはささっとお素麺食べてからになさい!」

「ごめんささっとでも無理!・・・行ってきます!!」

「ちょっとノブ!?・・・あの子の今日のお夕食は、伸びたお素麺に決定ね」




<<注>>
※オタク1枚・・・
フジサワ中央映画館での日本(世界)初の試み。オタク料金設定。
『電車男』の内容から特別料金を設定するに至ったそう。





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2014.10.16 先勝 改訂
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