幸福すぎて死ねる。

もう、死んでもいい。

生まれて初めて、そう思ったんだ。







君よ、共に。








魚住家は、牧がきたその日から少しだけ落ち着いた。

牧がちびっ子たちの父親役、兄役を果たしているからだ。

寿、リョータ、楓はまだそれこそ小学生で構ってもらいたい盛りだったが、

父親の純も、一番上の兄貴の大もそれぞれ自分の仕事があったし、

次男の宏明も高校で剣道部に入っており、帰宅は夜遅くだったのだ。


学校から帰ると藤真と牧とでチビたちの面倒を見ることが多くなった。

この間なんか、寿とリョータに

『牧と藤真って、ふうふみたい』

なんて言われたのだ。

その言葉に藤真は

「バカ言うな」

なんて返しながらも、

なんだか、胸の奥がほくほくして、たまらなかった。



おまけに、高校でバスケができるようになった。

牧に会った当初から、こいつは絶対にスポーツをしているとは思ったが、

まさかバスケだったとは。



牧はクラスこそ藤真と違ったものの、迷わずバスケ部(同好会)に入った。

やつの腕前は、そりゃ悔しいくらいのもので。

藤真は正直いって牧に会うまで、自分と同等かそれ以上うまいやつを見たことがなかった。

牧と会って、バスケをして、初めて感じた屈辱。

・・・・・・そして、それ以上に自分の中からどんどん沸きあがって止められない期待。

うまいやつと、一緒にプレーできる。それを、超えようとする。

藤真は今まで味わったことがないほどにバスケを楽しく感じていた。






そんなすべてが充実しだした生活の中、牧と藤真は結ばれた。

そうなるのに、まったく時間はかからなかった。

ほんとうに自然に、どちらからともなく求め合った。

どちらからともなく・・・・いや、どちらも出会ったときからきっと求め合っていた。

そうなることが運命だったなんて、そんなことは知らない。


・・・・だが、これが運命ならば願ってもないと藤真は思った。







初めては、藤真の家の、藤真の部屋のふとんの上。

ふとんの上、向かい合って、お互いに服を脱がせ合った。

牧の、自分とは全然ちがう逞しい体に欲情しながらも、

牧は、自分の体見てなんて思ってるんだろうってびくびくしてた。

・・・・とても、恥ずかしくて、自分の体が嫌悪の塊みたいに思えて、

生まれて初めて、女に生まれてこればよかったと思った。



でも。


「綺麗だ、藤真」


牧が、一言そういってくれて、強く抱きしめてくれた時に、

泣けてくるほど嬉しくて、

・・・・・・もうそんなことは、もうどうでもいいと思えた。



「愛してる」

高校生にはちょっと底が知れない言葉。

そして、他の誰かにはぜったいに使わないことば。

他の誰かから聞いたら吐き気がするようなことば。そんなことばも。


「俺もだ、藤真。愛してる・・・・・・」

「愛してる、まき・・・・牧・・・・」

・・・・・・おまえとなら、鳥肌が立つほどに神聖なことばに思えた。



牧の大きな手がオレの頬にふれて、オレはゆっくり目を閉じた。

もう、なにも怖いことはなかった。

ましてや、罪の意識なんか。

牧に体中触られることで浄化されてるって、自分は生きてるって感じられた。

あとはもう、お互いに求め合っただけ・・・・・・・・・・・・・。





・・・・・・・・牧の、腕に抱かれていた。

初めての痛みと、好きな男に抱かれた故の幸福感。

すべてを体に受け止めて、眠りに落ちていくわずかな時。




「・・・・・・・オレもう、死んでもいい」


藤真が、ぽつりと言った。


本心だった。

もうこれ以上幸福なときなんて、この世にない気がした。

もうこの世にオレが犯した罪なんて、残した未練なんてない。

今死んだとしても、オレは決して化けて出ないだろう。

・・・・・・それくらい自分の今この時を、幸せだと思った。



「・・・・・おまえはもっと欲深だと思っていたんだがな、藤真」

「ばか。オレはあいにくパンパンに欲の皮つっぱってんぞ・・・・」

・・・・・・ただ、それでも死んでもいいって思ったくらい、この幸せがありえないんだよ。



「俺はまだ死ぬのは御免だ。どうやら俺はおまえより欲の皮がつぱっているらしい・・・・」

「・・・・オレより強欲なんて、相当すごいよおまえ、ソレ」

・・・・・・そういって藤真が、牧の肩に顔をうずめて笑った。

その藤真の顔を、牧が大きな両手ではさんで引きずり起こした。




「おい、なんだよ・・・・・・・」


「藤真。オレたちはまだ、もっともっと幸せになれる。だから、死ぬなんていうな」


「・・・・そうかな」


「そうだ。まだ始まったばかりだ。必ずもっと、もっと幸せに、ずっと一緒にいられる。

 それに俺の幸せなんて、おまえがいなかったらそんなものどこにもないんだ。

 ・・・・・・・・だからもう死んでいいなんて、そんな言葉・・・・二度と使うな」 


今まで見たことないような真剣な眼差しが、そこにあった。




「・・・・・そうか??」

「俺の、ためにも、だ」

「おまえの、ためか・・・・・・・」

どこまでも、王様気質なやつだな。


でも、


「わかったよ」


そんなところ、大好きだ。

おまえのその、自信のみで陰りのない、妙な説得力のある物言い。

おまえのためになるんだったら、それでいいよ・・・・・。

おまえの言うことに従ってもいい。





でも、その代わり約束だ。

オレを、ぜったいに1人にしないって。

それで、

それで、

・・・・・・・・もっと、もっと幸せに、ずっと一緒にいよう、牧。