ランチ回転タイミンGood
~K電産のお昼休みって、こんな感じ~ |
良く晴れた6月の木曜日。12:10。 牧、藤真、伊藤、清田のエンジン生技部の若手4人で昼に回転寿司に来た。100円寿司だ。
案内されたテーブル席に腰掛ける際、 「あ!俺、皿とったりお茶入れたりしますんで奥座ります!」 ・・清田と伊藤が進んで奥の席に行こうとした、のだが。 「清田!奥の席は俺に譲れ。 「レーンって・・・おまえな、あんまはしゃぐなよ恥ずかしいだろ」 完全にお上りさん丸出しの牧に、藤真が気まずそうに言う。 なんと、本日が牧主任にとって人生初の回転寿司デビューなのだ。 彼は、回っている寿司を食べたことがなかった。 筋金入りのお坊ちゃんだと皆知ってはいたが、ここまでとは。 ・・だがいっそ、ここまで来ると潔い。 *************************** 「北門出たとこに先月、オープンしたっすよ。100円寿司」 「へぇ、気付かなかった。あっちの門、滅多に使わないから」 「ファミマの横っす。ウマいらしいですよ」 「近々全員揃った時に昼飯にでも行きませんか?」 「回転寿司と言うと・・・あれだな、あれだろう。うん」 「・・牧さん、まさか」 「回転寿司、知ってるか?」 「もちろんだ!テレビで観たことがあるぞ。 「テレビの話じゃなくて!行ったこと、ありますか?」 「ない」 「・・やっぱり!!」 「非常に興味が湧いてきた。ぜひ行こう!今週木曜の昼はどうだ? 「予約なんているかよ!牧、おまえの奢りな」 ・・・何故牧が奢ることになったのかいささか不明であるが、
「俺、ウニな。最初はいつもウニって決めてんの」 「はいっ」 藤真の ウニ を受けて伊藤が注文パネルを操作する。 「なんだ、このパネルは?」 「レーンを周ってない寿司が欲しい時は、 「ほう!画期的なシステムだな!カラオケみたいだ」 「あ、カラオケは知ってるんですね」 「高校時代、部活の帰りに皆で行ったことありますもんね~、牧さん!」 「ったり前だ!・・おっ!しょうがはセルフサービスか!?食べ放題か!?」 「「「・・・・・・・・」」」
牧が何をどこまで知っていて、何をどこまで知らないのか
「・・これだけ牧さんが世間一般と生活レベルずれてると 「・・・えっ!?」
「ああ、来年の今頃に」 「別に隠してたわけじゃない。言うタイミングがなかっただけだ。 「何をおっしゃる!!重要なことっすよ!牧さん!!」 「ここで前祝いしちまう?ビール頼むか」 「藤真!勤務中だぞ」 「ウソだよばーか」 「・・牧さんが結婚って、時の流れを感じますねぇ」 「そうか?高校時代から世帯持ちみたいな顔してたろ、コイツ」 「藤真、おまえな・・」 「最近年相応な顔になってきて良かったじゃないか。 「ふんっ、そういうお前は完全に年齢にも性別にも置き去りにされているじゃないか。 ・・藤真は最近、以前に増して中性的になってきた。 それは彼の態度や仕草と言った行動面での問題ではなく(むしろそれは相変わらず粗雑だ)単に外見的な問題だ。 学生の頃、極度の運動で絞りきっていた体脂肪がある程度戻り、 「セクハラ発言!社内倫理委員に訴えてやる!ホットラインに電話する!!」 「はっ!”当方、男ですが男にセクハラされました”って言うのか? 「ふっ、これだから頭の堅いジジイは。 「ジジイだと!?鈍いだと!?」 「どっちにキレてんだよ」 「どっちもだ!!」 「・・ちょっと、こんなところでやめてください2人とも!」 「早く食べないと昼休憩終わっちゃいますよ」 寿司を頬張りながら清田が言う。
牧には頼めないとみて、
清田は、牧と藤真のこう言ったやり取りはいい加減見慣れていた。
「確かにな。清田、良い事言った。 「む・・一理あるな」 「伊藤、俺、あん肝な!」 「わかりました」 「牧さん、食べたいの来たらレーンから取るんですよ・・ホラ、伊藤さんみたいに」 「うむ・・何か、落としそうで怖いな」 「怖いもんか、あれを見ろ」
彼らの1つ前のテーブル席で小学校に上がる前のような子どもが、
「あんな子どもでもできるのに、26歳のお前が怖がるなよ」 「そうだな・・恥ずかしいな」 「にしてもおまえ、あのくらいの子どもがいても全然おかしくないな。 「なんだとっ!」 「藤真さん、もうやめてくださいっ!はいっっあん肝ね」 「サンキュ。あ、コーンも食べたい!」 「はいっ」
***************************** 「そうだよね。一生食うにも贅沢にも困らないんだろうな」 「でも、旦那は回転寿司初めてで寿司取るのを怖がるような実年齢26歳の 「誰が45だ!!」 「おめーだおめー」 「牧さん、藤真さん。今は食べる時間っすよ」 突っ込みを入れた清田は、すでに箸を置いている。 皿が10枚以上積み上がっていて、一同しばし言葉を失った。
・・・相変わらず、レーンには色々な品が流れてくる。 「ほう!からあげやサラダもあるのだな!バラエティ飛んでいるぞ」 「お前の嫁さん、お嬢とはいえこんなおまえについていけるのかね」 「抜かせ。彼女も回転寿司を知らなかったぞ」 「「「え・・・ええええ!?」」」 「同僚と行くんだと昨夜電話で話したら、 「・・牧さんの彼女さんってどんな人っすか?」 「どんな・・か。俺たちは、見合だからな」 「え!?そうなんですか?」 「彼女はW自動車の副社長の娘なんだ」 W自動車は、K電産の最大手の取引先だった。 「「「W自動車!!」」」 「しかも・・ふ・・・副社長の娘!」 「・・やっぱり坊ちゃんは結婚相手も違うな~」 「だから、玉の輿じゃない。どちらかというと、逆玉だ」 「ま、牧さんが逆玉・・・!?末恐ろしい・・」 「実は、相手がひとりっ子なので向こうの養子に入ることになっている」 「は!?牧さんが婿養子・・!!??」 「・・何か、信じられないです。名字変わるってことですよね?」 「お前って、そういうの気にしないタイプだったんだな~」 「まぁ、仕方あるまい。うちにはまだ弟がいるしな」 「じゃあ牧さん、牧さんじゃなくなるってこと!?」 「何になるんですか?」 「藤田」 「は!?」 「だから ふじた」 「ふじた!!!」 「「えー!!ふじたさん !?」」 「何かすげー嫌だよー!俺と似てんじゃん!!やめろよぉ!!」 「ふじまさん と ふじたさん!確かに!!」 「呼び間違えちゃいます」 「てめー、真似すんなよ!」 「真似じゃない。藤真じゃなくて、藤田だ」 「「「・・似てる!!」」」 「牧じゃない牧なんて嫌だぜ俺!」 「別にお前に好かれるために生きてない」 「そこは、好かれるように生きろよ!」 「めちゃくちゃ言うなぁ藤真さん・・相変わらずな女王っぷり・・いてっ!」 「そんなこと言われたって、どうしようもないだろ」 「結婚、やめろよ。今ならまだ間に合う」 「無茶言うな」 「なら、せめて婿養子をやめろ。牧は牧でいろよ!」 「・・もう、決まったことだ」 「マジかよ~・・」 「旧姓で呼べばよかろう。しばらくはそのまま仕事するぞ」 「でもよ~、女子と違っていつまでも会社でそのままではいられないって!
「むっ」 「あーっ、それ、湘北の赤毛猿の呼び方っすね!懐かしい!! 「桜木、だろ。俺のこと最後まで補欠だと思ってたやつだな。面白かったなあいつ」 「・・それより藤真、さっきからくどいのばかり食べているが」 「確かにカロリー高そうなモンばかりっすね~」 「ウニにあん肝にコーンに白子・・で、またウニ、あん肝・・」 「俺、それだけ繰り返し食えてれば、満足だから」 「気持ち悪いぞ」 「文句あっか。だいたい、俺の食うものでおまえが気持ち悪くなるなよ」 「文句、あるぞ。そういう藤真は好きじゃない」 「おまえに好きになってもらわなくても結構」 「いつも言っているが、同僚だ」 「たかが100円寿司だろ」 「じゃあ自分で払え」 「そんないけずぅ!御馳走様です帝王様! 「そんなに同じ高カロリーのものばかり食べていては、コレステロールが」 「あーあ、年寄りみてーにうるせーなぁ。 「何がピチピチだ。四捨五入で三十路のくせに。 「じゃあ、見てんなよ」 「ケ・・ケーキまで食べるのか!?しかも2つも!!」 「おまえの許可がいるのか?」 「甘いものを食べるくらいなら、俺はその分飯を食いたいぞ」 「それはおまえの場合、だろ。そんなの、人に押し付けんなよ。 「結婚もしてないやつが、偉そうなこと言うな」 「それはそうだが、一緒に暮らしてるやつならいる」 「「「え!?」」」 「もう2年半になるかな~、大きな喧嘩もなく、仲良くやってるぜ」 「ふ、藤真さん!その話初めて聞きました!」 「初めて言ったからな」 「相手は・・ど、どんな方なんですか!?」
清田も伊藤も、何故だか涙目になっている。牧は、茫然としている。
「どんなやつって・・そうだな。お行儀良くて体温高いし好きだぜ。 「「えー!?寝る時!?足!?」」
・・牧は、先日藤真が家に泊まった時の と同時に、1つの考えが浮かぶ。
「藤真、その一緒に住んでるというのはまさか」 「ああ、犬だ」 「「えー!!??犬!?」」 「やはりな・・この前言っていたもんな」 「藤真さん、犬飼ってたんですね」 「俺、てっきり人間かと・・・驚かさないでくださいよ!」 「ああ、良かった・・」 「何が良かったんだ?」 「いえ!何も」 「犬って、何犬っすか?」
「何とかレトリーバー」 「それって・・めちゃ大きいやつです!?」 「そんなの、1人暮らしで飼えます?」 「何とかなるもんだよ。盲導犬になるくらいの賢いやつだし。大人しくしてる」 「散歩とか、どうしてるんです?」 「まぁ。一緒に行く時もあるし、行かない時も。行ける時は行くな」 「部屋に閉じ込めっぱなしなんですか?
「呑気な性格だから、そんなことないみたいだぜ。 厄介 と言いながらも藤真は嬉しそうに口元を緩めた。
「俺も犬大好きっす!」 「おお清田、犬トークすっか」 「今まで、全然そんなこと言わなかったじゃないっすか~」 「牧の婚約じゃないが、言う機会がなかっただけだな」 「メスです?オスです?」 「オスだな」 「いくつですか?」 「いくつ!?・・いくつだったかな」
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