ピチピチ(死語)現役大学生、藤真健司21才。

・・・オレは今、人生最大にして最悪の事態に立たされていた。

平気なやつからすれば何を大げさなことをと言われるかもしれないが、

オレからすればこれは殺るか殺られるかの窮地。

生きるか死ぬか・・・

オレは目先の敵とお互い微動だにせず睨みあっていた。

・・・・黒に近い茶色に脂ぎった体に、艶やかな羽根を持つ、

その強敵の名前・・・

そいつは『ゴキブリ』。





ルカワとゴキブリ。




今日はオレにとって怒涛の月曜日。

1限から5限目までみっちり講義があった。

さすがに疲れてタラタラ帰って、部屋のドアを開けたのが7時10分前。

あいかわらずメシの支度なんかはあるが、

同居人の男が(コイツのために作っているようなものだ)帰るころまではまだ十分時間があった。



(・・・ちょっと仮眠でもしよう)

・・・玄関の電気をつけて、鍵をしめて靴ぬいで。

あくびなんかしながらダイニングキッチンに入っていった。


パっと、キッチンの電気をつけたとたん、何やら物の・・・生き物の気配がした。

うちはペットなんて飼っちゃいない。オレには霊感もない。

部屋も荒らされてなんかいない。

でも、ぜったい、今ここに何かいる・・・。



冷や汗が頬を伝った。・・・鳥肌が全身に沸き立つ。

(・・・この気配は・・・・・・)

この独特な気配は何者が発しているのか、オレは本能で悟っていた。

至上最悪の天敵の気配を、オレが感じとれないはずがない。

・・・が、認めたくなかった。

(イヤだ。なんでひとりの時に限って・・・勘違いであってくれ!!)


が。

そんな期待もむなしく、オレの第六感は、悲しいほど当たってしまった。

オレは見つけてしまった。


・・・・・やつは、いたのだ。

調味料の置いてある棚の、オリーブオイルの、

瓶の後ろに、油に透けてそれはそれは巨大な、

ゴキブリが浮かび上がっていた。




「ぎ・・・・」


(ぎゃーーーーー!!出たーーーーー!!!!)



オレは、口から出そうになった絶叫を飲み込んで、心の中で叫びまくった。

オレの経験上、こいつらは非常に人間の反応に敏感だ。

こっちが取り乱せば、敵も混乱するはずだ。

(それだけは、避けねばっっ・・・・・)


過去に1度、まだ実家にいたときであったが、

イヤすぎる一身で殺虫剤を持って噴射しまくったら、

顔めがけて飛んできたことがあった。

あのときの恐怖といったら、もう言い表せないほどだった。

それだけはカンベンしてくれっっ・・・・。




・・・・それから早2時間。時計は9時前を指していた。

オレたち(というか、オレと1匹)のにらみ合いの攻防は、未だ続いていた。

オレは帰ったままの姿だ。羽織っているシャツには、大量の脂汗がにじんでいる。

9月で残暑が厳しくひどくむせかえった部屋で、クーラーをつけることも窓を開けることもできないでいた。

というか、お互い一歩も動けないでいた。オレは早2時間突っ立ったまま。


這うようにして、なんとか自分の部屋まで行くことも考えた。

しかし、その間オレが目を離した隙に、敵がいなくなってしまったらどうするのだ。

『ゴキはどこへ行った??』ということになったら。


(・・・そんなどこにゴキブリがひそんでいるかわかったものじゃない部屋で、寝られるかっっ)

わかっていたことだった。そう考えたからには、選択肢はもはや1つだった、


(・・・・・殺るしかない)



・・・・しかし、そんなことが自分でできたらとっくにやっている。

わかってはいるが、できないのだ。


なぜか、ゴキブリだけは昔からダメだった。

実家でも、ゴキブリと聞くや否や、1番に逃げ出していた。

大学に入学して東京で1人暮らしを始めてからも、1度だけ・・・ちょうど今ぐらいの時期に

ゴキブリが風呂場に現れたことがあったが、そのときは

めずらしく遊びにきていた大学の友達が抹殺してくれた。


だいたい、部屋の隅々には放散団子やらゴキブリホイホイやらの仕掛けが所狭しとバラまいてあって、

ゴキ防御にはぬかりなしのはずだった。

が、

やつには翼がある。やつは
飛ぶのだ。

家の内側から防いでも、どこからともなく飛んできやがるのだ。


神器の殺虫剤は、先月何故か部屋に大群で入って来たカゲロウなのかなんなのかよくわからない虫たちを
退治した際に使いきってしまっていて、買い置きはなかった。

(くそっっ・オレとしたことが・・化けモンめ!!)


もう、藤真の願いはただ1つであった。

それは同棲・・・もとい同居人の帰宅。






『流川、頼む・・・早く帰ってきてくれっっ・・・・・』






・・・・・それからどのくらい経ったのだろうか。

部屋のインターホンが鳴らされる音で藤真は覚醒した。

さすがに厳しい心理戦(?)のために神経が麻痺して、頭がぼーっとしてきたところだった。

腕時計を見ると9時15分。

部活をやっているあいつにしてみれば、断然早いほうだ。

早く帰ってこいって、願いが通じた!!

『神様・・・、ルカワ様・・・』


うれしすぎて思わずドアを開けようと、動こうとしたとき、

敵が藤真の気配にぴくりと反応したのがわかった。

(ひっっ・・・・・)


インターホンは3回、4回と鳴らされた。

一刻も早くルカワに助けてもらいたかったが、

ここで自分が動いては水の泡である。



結局5回目のチャイムのあと、仕方なしに自ら鍵を開けてルカワが入ってきた。

「!!・・・るか・・・・・っっ」

「アンタ・・・何、シテル」

こんなに流川の帰りを待ち遠しいと、恋しいと思うことがあっただろうか。

すぐにでも流川に抱きつきたい気持ちになったが、そこをグっと堪えて、

藤真の尋常でない姿に目を丸くした流川に、『静かにしろ』と左手をつきだした。

「何」

「ゴ、・・・
ゴキブリが・・・・」

「あ??」

「だからっっ、ゴキブリ!!」

荒げてしまった声に、オリーブオイルの瓶の後ろでやつがガサっと動いた。

(ひっっ・・・・・・・!!!)




「ゴキブリ・・・・・」

流川はやっと状況がわかったようだ。

「流川・・・ずっと待ってたんだよ・・・・早く帰ってきてくれてよかった・・・。
早く、早くあいつを退治してくれ・・・オリーブオイルの瓶の後ろにいるんだっっ・・・」 


藤真には、流川が神様に見えていた。


というのに。

流川の口からでた言葉は、まったく予想しなかったものであった。





「何で」

「何でっておまえ・・・このままゴキちゃんほっといて仲良く一緒に暮らすわけにはいかないだろ?!」

「ナンデ、俺が」

「なんでって・・・・・・・・」


その時、藤真は
流川の唯一と言っても良い弱点知ったのだった。



「アンタのが年上なんだから、アンタがやって」

「おまっっ・・・誰が毎日おまえのメシ作ってパンツ洗ってると思ってんだ!!
こんなときくらい働けよな、それでも男かよ!?」

「アンタだって男だろ」

「ばっっ・・・バカヤロウ!!」



ガサガサガサっっ



(キャーーーいやーーーーっっ!!!!)




・・・2人して仲間割れしている場合ではない。

そこで藤真は、悪いと思いながらも卑怯とも思える単語を出して流川を刺激してみた。

「仙道は・・・」

「あン??」

「仙道は、ゴキブリ平気だったぞ。・・・合宿で出たときも、ホウキで叩いてちりとりでとって捨ててたぞ!!」

「・・・センドー・・・・?!」

・・・流川のこめかみに怒りで血管が浮き上がったのが見てとれた。


この話は決してウソではなかったが、

それでも流川に罪悪感が沸いた。

でも、こんな一時の罪悪感より、

身の安全が大事。


流川にはぜったいこのゴキブリを退治してもらわねばならない。

(許せ流川、背に腹は代えられん・・・・)



・・・・案の定、流川は意を決したように1つ小さなため息をつくと、

「殺虫剤、ドコ」


・・・と言い放った。

「殺虫剤、切らしてるんだ。だから・・・・」

藤真は、今だ玄関で靴を履いたままの流川の横の、靴箱の上を指さした。

そこには、今度ゴミに出すはずの新聞紙がつまれていた。

「それ使って、殺ってくれ」

・・・藤真が悪魔のような笑顔で言った。




・・・何はともあれ、まずはこのオリーブオイルの瓶をどけねばならない。

そこで、玄関になぜかおいてあった釣竿で、瓶をつついてゴキブリをおびきだし、

そこを丸めた新聞紙で一撃・・・という作戦?が立てられた。

藤真は流川に自分からその役を押し付けたはいいが、

自分もこの物体が大嫌い。。。なので、嫌な気持ちは痛いほどわかっていた。

やはり悪い気がしてならず、本当は避難したいところだったが
流川のすぐ後ろで事の成り行きを見守ることにした。



流川が釣竿を、ヤツの潜む棚へとそろりそろりとしのばせてゆく。

藤真は、流川の釣竿を持ってないほうの腕をぎゅっと力を込めてつかんだ(ジャマだって;)。


ああ、流川ごめんな・・・・オレがもしゴキブリ平気だったら
おまえにこんな思いさせないのに・・・・)

(それにしたって流川、おまえはなんて男らしいんだ・・・
・・・オレのためにゴキブリを退治する流川・・・カッコいい、王子様みたい・・・)


藤真は泣き出しそうになりながら、だいぶ間違った胸キュンをしていた。



一方の流川は、
もはやなんの余裕もなかった。

一歩一歩竿をのばすごとに、相手の緊張感が伝わってくる。

体中から、汗が吹き出るのを感じていた。

試合であっても、これほど神経を研ぎ澄まし、緊張したことがあったろうだか。

・・・・そしてついに、竿がゴキブリの隠れている瓶に触れた!!!!





「ぎゃーーーーーー!!!!!!!」


・・・・藤真の悲鳴が早いか、ゴキブリが飛び出すがはやいか。

どちらにせよ2人の天敵のゴキブリは、棚から踊り出るや否や、

2人めがけて勢いよくとんできた。


そして、なんと流川が!!!

信じられない行動に出たのだ。

いや、それを信じられないと思ったのは藤真だけで、

嫌いな人からすればむしろ普通のことかもしれないが、



流川は、竿と新聞紙を放り出してトイレに逃げ込んだ(この際、鍵までかけた)。



一方の藤真はというと、

腰を抜かして動けないでいた。









結局このゴキブリは、藤真のただならぬ悲鳴に駆けつけた隣人
(大家さん・おじいちゃん推定80才)によってあえなく御用となったのだった。


こうして平和が戻ったに見えた藤真・流川宅であったが、

流川はその日から3日間、藤真に口をきいてもらえなくなったんだとさ。
(その間、家事ももちろん一切しなかった)





ちゃんちゃん♪♪













思いつきで書いてみた世にも気持ち悪い?話です。
ルカワがゴキブリ嫌いだったら
なんか可愛いな〜〜と思ってね(笑)。

藤真の方はというと、
もう可愛いの範囲を逸脱してるゴキ嫌い(基本虫全般ダメ)です。

仙道、牧さんバージョンもいづれ書いてみるつもりです。
読みたくないなんて悲しい意見、聞きません(笑)。

03/09/17