どうなってんだ。
19時40分。
何度聞いたかわからない、”電波が届かないかもしくは電源が入っていないためかかりません”の人工的なメッセージ。
それでも恋人からの、
ちなみに、待ち合わせは19時。
こんなこと、今までなかった。俺の彼に限って。
ガソリンの、揺れ方。(後篇)
・・・足音が近づいて来る。
だが、それが彼でないことはすぐわかった。
彼が繰り出すものとは、明らかにリズムが違う。
透き通った冷たい空気と、同じ部類の・・いや、もっと凛とした空気を纏って、その人物は・・・
カバンから無造作にタバコを取り出し、ライターで火をつけながら俺の隣へ。
「失礼ですが、喫煙者の方にこちらの席はご遠慮いただいております。あちらでどうぞ」
「・・そんな小さいこと言ってちゃモテないよ?」
「それは嬉しいね」
「良いんだ」
「モテるっていうのは、厄介事とイコールだろ。そんなの必要ないね」
「”間に合ってます”って感じの余裕が、ムカつくわね」
「久しぶりだってのに相変わらず笑えるほど冷たいね。こんな甘いのでも無理?」
「冷たいのは今更だし、お互い様でしょ。それに甘いったって、そのヘンテコな煙草・・」
「・・いや」
『甘ったるい上に異様に煙たくて気持ち悪くなる』 と、
その煙草は、
今現在の俺の待ち人である、 「彼」 も愛煙していたものだ。
・・と気づいて、止まってしまった。
彼が実際にそれを吸っているのを見たのは・・たった数度だったけど、
(俺がタバコは嫌い、と言ったかどうかは定かじゃないけど、止めろといった覚えはない。
でも、付き合いだしてからというもの彼が吸っているのを見たことがない)
その際にどこかでその匂いを・・
・・うっとおしく思いながらも懐かしい気がしたのは、この人物の所以だったか。
「彼女」も、その愛煙者だった、と 「彼」 を連想することで今頃、気づいた。
「彼女」とはもう1年以上一緒にいて、それこそ「彼」 より随分長い時間を過ごしたはずだったけど。
今更。
しかも、「彼」を通して初めてその出来事に気づくなんて。
・・・確かに、ちょっと、酷いかもね。
冷たいって言われること、否定できない。
今でも・・・たったひとりの愛する人にも、俺は優しいのかどうか。
「ところでこんなところで何してるの?」
「別に」
「待ち合わせ?どなたと密会?」
「人待ってるの、わかってるなら聞くなよ」
「誰と?」
「関係ない。興味もないくせに」
「あらぁ?仮にも ”昔の男の今”だよ。気にならない女なんていると思う?
それに冷血男の宗一郎が、その氷点下のはずの血を煮えたぎらせてお待ちのべっぴんさんに、私は興味があるの」
「・・そう、ならご勝手に」
「そうだ・・・ねぇ?」
「・・・・・・」
「ねぇ、ってば」
「何」
「白衣ってなんで白いか知ってる?」
「・・衛生面の問題でしょ。危険な薬品が万が一移っても、すぐわかるようにじゃないの?」
「それもそうなんだけど・・さ、もう1つ理由があんの。
植物病理学の・・蒼井教授が最初の講義で話してたんだけど、聞いてなかった?
”浄化されて、純粋無垢になるから” だってさ、着た瞬間、その人が。だから白なんだって」
・・何故、突然白衣が出てくるのか。
脈絡のない、そんな質問をされているのか。
何故、前の話がもう完全に終わったようにすり替えるのか。
俺は、慣れてしまっていたから。
彼女がいきなり思いつきのように、そう問い出すこと自体に疑問はない。
別に彼女は頭が悪いわけじゃない。
むしろ、幾らかの男が物怖じしてしまうほど、賢くしたたかだ。
馬鹿は悲しいかな馬鹿のままだけど、
利口は馬鹿を演じることができる・・彼女の場合、そういうことで。
彼女は、出逢った時から変わらずずっとそういうやり方。語り口だから。
だから敢えて、 ”結局何が言いたい?” とは聞かない。呆れても、驚かない。
促さなくても、最後にはいつも訊ねてくるから。触れてくるから。
そういう突拍子もないところから するすると迫って・・そして・・・
「白衣着たままセックスするなんて・・
・・・一気に攻め落とす。
自分も、気が向けばそういったことをする部類の人間だし、驚きはしない。
ただ、少しは心が振れた。
・・・予感はあった、けどね。
「やっぱり、見てたんだ」
「人の事、出歯亀みたいに言わないで。私だって好きで見たんじゃないよ?見えちゃったんだもん。
部室にアナ・ジョンソンのCD忘れて、取りにいったの。
宗一郎って性欲強いほうじゃないじゃん?
「お恥ずかしいところをお見せしてしまったね・・それでミーティングで誤魔化してくれたんだ」
「そーだよぉ、グッジョブでしょ私?」
「・・・俺が実験、藤真さんが体調不良で医務室だっけ?」
「だってまさか、
藤真さんは喘ぎ声を控えめにした方がいいと思います、外まで漏れてましたので”
「あの節は、ありがとう」
「どういたしまして。まだ見られたの、私でよかったんじゃないの?先輩だったらまじヤバいよね」
「もしそうなったら仕方ないかなって」
「ふーん」
「で、おまえ藤真さんに何か言った?そのことで」
”宗一郎は体位、バックが好きだよね” って、言っただけ」
「・・何だって?」
「藤真さん、それ聞いて石みたいに固まっちゃって。だから私
”あれ?藤真さんとはバックしたがらないんですか?”って言ったのね。
・・そしたら藤真さん、なんて言ったと思う?
”バックでするときは、違う相手を想像してやってるんだぞ” だって。
あの大っきなお人形さんみたいな目に、いっぱい涙溜めて、私を睨んでさ・・
・・・それで言い返してるつもり?みたいな。
全然怖くないっての・・藤真さんって、可愛い人ね!」
「最悪、だな。さっきの ”ありがとう” は撤回するよ。
・・大体、俺たちがいつもバックだったのはおまえがするときの顔見られたくない、
イクのが恥ずかしい、って言うからだっただろ」
「都合の悪い事は、忘れるんだな」
「・・・まぁ、いいじゃん。
「怒ってないように見えてる?心外だね」
「・・・ごめんなさい。
でも、最初にケンカ売ってきたのは向こうなんだから、ね。
なのに最後にはレイプでもされたみたく、被害者ぶって泣き出すし・・本当可愛い」
あの人を傷つけるのも泣かせるのも、俺だけだから。手、出すな」
わかってはいた。
実際、腹は立っている。
俺の彼を傷つけた彼女に。でも。
彼女には、
彼女には、本気では怒ることができない。
・・・これは何も、今に始まったことじゃない。
つまり単に、俺は彼女に弱いのだと思う。
それは何て言うか、先天的に。
彼、藤真健司とはまた違った意味で、俺は彼女に弱い。
彼女は唯一俺が彼以上に、強く出られない人間。
その理由は、
彼女 半月美鈴が自分に似すぎているからだ と思う。
自分自身には厳しい方だと思う。
それでも、彼女には甘くしてしまう。
彼女の軽薄で悪ぶった言葉の裏、うまく隠したはずの
・・・悲しさも寂しさも、俺には痛いほどに見えすぎてしまうから。
巡り合う運命にあると思う。
同じ穴の狢(ムジナ)の臭い。
そんなものには、お互い出会って程なく気づいた。
初めてだった。
自分と、同じような人間に会ったのは。
そんな、双子のような・・・もうひとりの自分のような彼女といて、どこか安堵していた。
そして ”恋人同士” をするのは無理な2人であることがわかっていたのに、一緒にいた。
それが、1年生の夏からの時期だ。
一般の人々より極端に低く小さい感情や体温の中、
互いに惰性で、体も繋いだ。
双方の願望と妄想の産物だと、思い込んでいた2人だったから成り立った関係。
俺たちは、非常にシンプルだった。
ただ、なんとなく一緒にいた。居心地が、よかった。
ただ、その関係を言葉で説明しろ、と言われると、
つきあっている恋人同士、というよりは
(周りはそう思っているようだったし否定もしなかったが)
セックスフレンド・・・否、
自分達以外に自分達の関係は理解できないだろうと思う、
・・・それほど、言い表し難いものだった。
しかし、酷似しているというのは脆い。
解りやすい分、自分の嫌な部分を目の当たりにするのからも、逃げられないから。
それはまるで・・・ずっと鏡と一緒にあるような感覚。
そんな風だったので、結局本人たちだけその関係を言い表そうともせず、意味も求めず、
肉体関係は持ってみたものの・・
近親相姦・・・・みたいな気分になってしまった。
挙句、
セックスなしでもお互いに問題なく生きられることに気づいて、
その関係も冬頃で途切れることになるのだが。
何故ならそう、
彼女とのセックスは、まるで自慰行為だったから。
彼女の身体を使って、俺はオナニーをしていたようなものだ。
自分自身で抱き合って、慰めあっていたんだ。俺たち。
彼女に感じていたものは、決して愛することのできない自分自身への哀れみで、
それは恋や愛というものとは、ベクトルの向きすら・・西と東くらい真逆に違っていた。
今思うと、あの時の俺に怖いものなど、無くすもなどなかった。
だが、今はどうなのだろう。
恋、という見知らぬ一方通行に迷い込んだ初心者の俺は、
その単純なはずの道から抜け出せなくて。いつの間にかさらにこじれて、迷路になってて。
狐につままれる、とか 袋小路、とかっていう言葉が似合う状況。
さらには込み上げる焦燥感に背中を押され、平常心が減退、
錯乱して、恐怖に惑わされ、標識に従うことさえままならなくなってくる。
それでも・・こうまでして、ここにいる理由。
この入り組んだ道の向こうには、何があるのか。
夜の向こうに朝があるように、何かがあるんだ、それを見るんだと。それとも、
否、
この道は、どこまでいっても、
俺が俺であり、他の誰になることもできないことと同じように、不変であるのだと。
どこまで行っても、どんなにもがいても、逃げ出そうとして逆走したとしても、
そこに見える景色が、変わることはないのだと。
どっちなんだ・・・・俺には、解らない。それでも。
絶対に手放したくないのに、無くしそうなもの、
今にも俺の手を、すり抜けていきそうなもの。
壊したくないのに、ひどく傷つけてしまうもの、
部室正面の物置部屋の、グレッチのギターのように、無惨に。
嫉妬や憎悪や愛しさ、という数々の未体験の感情に埋もれて、
余裕も身動きも思うように取れない今の俺と、あの頃の俺。
・・・どちらが、強いのだろうか?解らない。それでも。
「藤真さんに、本気なんだ?でも宗一郎がハマるの、わかる気がする。
もう、そんなアブノーマルな匂いがぷんぷんするもん」
「解ったような口きくなよ」
「でも、当たってるでしょ?」
「まぁ、そうかな・・」
「ふふ・・藤真さん ってさ・・どんどん酷くしたくなるよね見てるだけで・・
白衣着たままなんて・・あれって、コスチュームプレイよね?
「結果的にそうなっただけだよ・・だけど、そうかもね。彼はそういうの好きかも。
・・だって、彼は俺にされるのだったなんでも好きだから」
愛し愛されか〜、いいなぁ、ついに私の宗一郎にもそんな人がねぇ」
「いつ俺が、おまえのものになったんだよ
・・美鈴の冗談に、俺は笑って見せた。
美鈴が、からかう言動とは真逆の、ストイックに作り物のような
その端整な顔の片眉だけを動かして、猜疑心に歪めた。
「何その顔・・実はうまくいってないとか?」
「そんなことない・・って言っときたいとこだけどさ・・どうなんだろう?」
「自分のことだからこそ、わからないってこと、あるだろ」
「・・あるかな?あったけ?考えたことないからわかんないだけかな?」
「少なくとも、俺にはあるんだよ・・・正直、辛いんだ。
辛くて辛くて、たまらない。あの人とつき合うの」
「・・じゃ、別れれば?」
「違うんだな・・」
「どういうこと?」
「彼とつき合ってると、・・余裕がなくなるんだ。それに、辛いし疲れる。
でも、もし彼がいなくなったら俺は、死ぬのと同じだと思う。
これってさ・・・なんなんだろう?解らないだろ?」
「・・・な〜んだぁ、またノロケか」
美鈴はこっちを見もしないで、ため息混じりに笑った。
「ノロケ?」
そして、今度は俺に向き直り、猫目みたいな眼でしっかり見据えて言った。
恋。
誤魔化して、悪ぶったって、
幸せとか、
・・・結局はそこで。
俺たちは、全員、
この世の、同じ原子の構成物で。
みんな、探してる。恋を。愛を。
巡り合うはずの、誰かを。
誰もがそれぞれ、1つのピース抱えて生きてて、
新たな何かを完成させるために。完成するものを、見届けるために。
自分の凹凸に、当てはまる片割れを探して。
今、俺の横で微笑む彼女は、俺とほとんど同じ形のピースで、
寄り添い重なり合うことはできたけど、溶け合うことはできなかった。
・・・そう、俺の凹凸にはぴったりはまったのは彼だった。
これが俺のみの感覚で、
彼がもし、違和感を感じていると言うのなら、やりきれないと思う。
・・・だから、人は形を変えようと、変わろうとする。
自分が変わることを棚に上げ、相手に、変えさせようとする。
その行為は危険を孕み、相手を傷つけ、時として自分自身まで崩壊に導く。
愛すれば、愛するほどに。相手を、求めれば求めるほどに。
こんな残酷で甘美な悪循環、必要なのか?
誰かがこの世に創ったんだろうか、なんのために??
「で、肝心の待ち人来たらず?」
「え?」
「だって、待ち合わせでしょ?すっぽかされたの?」
・・・時計はすでに、7時50分を指していた。
「あららー、ワガママなお姫様は一体どこに行かれたのかしらねー」
どっちにしろ今頃泣いてるよ・・・探さなきゃ」
「神くんってカノジョのお世話するような人だったかしら?
妬けちゃうわー、人間変われば変わるもんねー」
「馬鹿言ってないで家まで送ってくから」
「最近この辺り、通り魔が出るって散々騒がれてるんだ。
どうせニュースなんてまったく見てないんだろ?」
「そんな話をするような友達もいないし?」
「・・俺今日車で来てるし、どうせ藤真さんちは美鈴の家の方だし、乗っけてく」
「最近構内で見る”夜道に注意”の貼り紙って、そういうこと?」
必死に呼びかけてる学生部も、当の生徒が警戒心ゼロじゃ悲惨だね」
「・・うーん、”藤真さんついで” ってのが引っかかるけど、ガマンしますか」
「大人しくそうしてくれると、この上なく嬉しいね」
「・・あ〜あ、宗一郎くんは藤真さんにメロメロかぁ、
「よく言うよ、興味あるのは藤真さんなクセして」
「そう?でも少なくとも泣きそうには見えないけど?いつになく嬉しそうだよ」
「嬉し泣きよ・・だってさ、宗一郎に恋人、だよ」
「何だよそれ・・失礼じゃないか?」
「戦友の門出を祝ってるんじゃないの」
「いつ戦争にいったっけ?俺たち」
自分で気づいてる?藤真さんが来てから・・だよ」
「・・・感情、剥き出しにしてるって?
「馬鹿ね・・そのくらいで丁度いいんじゃん宗一郎はさ」
「そう?」
「そうよぉ!
・・・ね、私もできるのかな。いつか、誰かと、余裕がなくなって、感情剥き出しにしちゃうような恋が、さ」
・・そう言いながら彼女は、
暗闇の中の猫みたいなまん丸の黒目で、じっと見つめてくる。
その目は光がなく、艶消ししたみたく、真っ黒で。
彼女が類まれな美人であり、いつも微笑を湛えているにも関わらず
『冷たそう』、『幸薄そう』、と言われるのは、きっとこのようなところからか。
・・・そういえば、このような単語を他人から以前は・・俺を表す言葉として、よく耳にした。
『冷たそう』、『幸薄そう』・・そう、言われていた・・彼に出逢うまでは。
俺も、今の彼女みたいなこういう目を・・・
作り物みたいな感情打ち消した顔を、微笑を、いつも浮かべてたんだと思う。
「・・出逢えるよ、きっと」
「宗一郎とは、無理だったけど?」
「ああ・・俺と美鈴じゃ、似たもの同士すぎて、無理だったけど」
軽率に口から出た、慰めの言葉ではなかった。
もっとも、彼女の耳には、そう届いたかも知れなかったが。
そんな人間に偽りの言葉は、掛けられない。
おまえには、まだ信じられないかもしれないけど。
響くリズムを刻む彼がいたように。出会えたように。
おまえの奏でるリズムに、絡まるように寄り添う人間が、絶対どこかに。
今は信じなくてもいい。
きっと嫌でも気付かされる時が来るから。
・・・根拠のないこと、熱弁振るうなんて、らしくないって言ういいだろ、おまえの前でくらい。
もうひとりの・・・過去の自分自身の、前でくらい。
男でも女でも、そう、 その”彼” の前でさえも、
俺がこんな風に話すことは、饒舌になるのは、今もこの先もないだろう。
そう、美鈴は、彼女は昔の俺、自分自身そのもの。
それは変わることはなく、 『恋』 や 『愛』 という字に当てはまらない感情でも、
彼女が俺とって掛け替えのない人間であることは、曲げようがない。
「・・・”S”と”S”だったからね、私達。そりゃうまくいかないよね」
「恋人どうこうよりまずはそーいうの無くしてみたら?
下ネタ系をさ・・・そういうのあんまズバって言うと、大抵の男は引くと思うんだけど」
「君たちは ”S”と ”M” でいいかもしれないけど、
棒と棒同士でもあるわけでしょ?どうしてうまくいくかな〜?」
「・・いい加減下品じゃないか?そんなんじゃ到底相手、見つからないよ」
「下品」
「わ、シルビアだぁ、久しぶりィ」
俺の車。
「・・急に話飛ばすのも、男によっちゃムカつくんじゃない?
「ね、男って車の好みが、そのまま恋人の好みに現れるって知ってた?」
「・・何言っても無駄みたいだな」
「ねぇ、知ってる?ってば!」
「・・なんでそうなるんだよ」
「いかにも ”車”って感じの・・ビジュアルがすごいよくてさ、正統派
悪く言えばオジサンっぽい、若者の車だけどさ。
つまり、美人が好き、ってこと。
しかも、汚れのない、ね。だってボディ、白・・純白だよ」
「え?ごめん今のよく聞こえなかった。突発性難聴かな?」
「年増」
「なんですって?」
「聞こえてんじゃん」
「ああ、しまった」
・・・ダークエンジェルは、そんな風に不満の感嘆詞を唱えながらも、
黒のエナメルピンヒールで刺すようにそれを踏みつけながら、ひどくご機嫌麗しげに笑って見せた。
*******************************************
『なんのためにって言われても・・・全部ツーカーですもん俺たち。見られて困ることなんてないってゆーか』
『別に、浮気防止とか疑ってるってわけじゃないですけどぉ〜・・』
『あー、でも、男友達からのメールは、結構消したりしてますね・・・』
『お風呂も一緒に入りますよ?流し合いって好きなんですよぉ』
『倦怠期?ありましたね・・・でも、そんなのあって当たり前ですから』
『お互い、ほんとうに好きなのかわからない時期まであったし。他に気になる人まで・・』
『これからですか?お互い、貯金してます・・・結婚資金です』
『子どもは2人・・・男の子と女の子と、1人づつで・・・』
どうでもいい時間帯の、くだんない番組。
意味なくついたTVの中では、何組もの男女・・カップルがインタビューされてる。
付き合ってる、という実はなんの効力ももたない薄っぺらな言葉で縛られた、
カレシ・カノジョが自分たちの 『お付き合い』 という浅くて取るに足らない歴史の自慢をしてる。
嫉妬なんて 『互いをどれだけ信頼してないか』 を。
束縛なんて 『SにもMにもなれる好きモノな性癖』 を、
『縛り合いというアブノーマルな趣味』 を・・露呈しているだけじゃんか?
ケータイ見合う、なんてオレには無理だな。
相手のすべてなんて興味ないから見たくも知りたくもないし、
ましてや知られるのなんてまっぴら。
なんで、教える必要があるわけ??
風呂一緒に入る、なんて絶対無理。
そんなときくらい、ひとりでゆっくりさせて欲しい。
それに、あんまそーいう所帯染みたことやってると、
いざってときにコーフンしなくなるっていうじゃん??
なんていうか・・・馴れ合い?ヤバイと思うんだよね、ソレ。
『なんなのこいつら・・・くだんない、信じらんない。キモち悪い』
お互いのプライバシーは、プライドはどこにあるワケ?
そうまでしてお付き合いゴッコ続けて、なんか意味あんの?そこに意味生まれんの?
夫婦になったら、お互い無事にフツーに生きれりゃあと40年は一緒だよ?
だいたいこんな夫婦から生まれる子どもが可哀相だね。オレが子どもなら、自殺したくなる』
『何もそこまで・・別に当人たちがそれでいいなら、いいんじゃないのか?』
だいたい お互い好きかわからなかった時期、 ってなんなワケ?
おかしいじゃん別れろよ続ける意味ってなんだよ。法律で決められてるワケじゃあるまいし』
『ん?そう、見えるか?』
『明らかに笑ってるじゃんか。何が、おかしいワケ?』
『笑ってないよ』
『いいや、笑ってる!』
『どうしたんだ?今日は・・妙に熱弁振るうし、突っかかってくるのな』
『おまえが意味なく笑ってるからだろ!失礼な!』
『おまえが未だかつてなくムキになってるから、ついな』
『・・はー!?なんなワケ?まじムカつく・・この黒ブチど近眼男!』
・・・そんな風にオレにぼろぼろに言われながらも、
黒ブチ眼鏡のそいつはやっぱり、ちょっと嬉しそうにまだ笑ってた。
そいつの優しい瞳を覗かせる、メガネのレンズには、
『本当は、羨ましいんだろ?』 って書いてある気がして。
オレは、相当ムカついてて。
でも、
今思うと、世間の事も・・自分自身の周りの事でさえもある程度どうでも良かった当時のオレが
ムキになったのって・・・その頃じゃそれが最初で最後で。下らないテレビ相手に。
そしてその滑稽な様子を見届けていたのは・・・
今思うと、そいつが唯一オレの過去の恋人、と呼べるだろう人間で。
だけど、当時そいつにはカノジョがいて。
でも、オレは持ち前の無関心で始めは別にそんなのなんとも思ってなくて。
メガネにカノジョがいようがいよまいが、どっちでも。
バカがつくくらい真面目で不器用でウソもつけなくて一途で、
頭が良さそうな外見(実際勉強はできた)からは
判断できかねるドン臭ささを持ち合わせていたアイツが、
浮気・・オレとそーいう事する仲になってしまったキッカケは、忘れたけど。
ただ、オレといるときはオレのことを考えて、オレとセックスする。
気持ちイイだけ。煩わしいことは、一つもない。
それでいい、と、これ以上はないと、思ってた。
なのに。
ある日、オレは悟ってしまった。
今まで思ったことも、感じたこともないことを。
冴えない黒ブチメガネの、何気なく呟いたひと言で。
『明日の誕生日は、カノジョと会うんだ』
・・・その言葉で。
明日、メガネはカノジョとセックスする、って。
一年に一回来て、今後なんかの書類に記載する年齢が1つ増えてくだけの、
誕生日、なんてどうでもいい日に、かこつけて。
大事な日と、思い込んで、
オレの中にさっきまで入ってた太い棒を、
オレが知りもしない、知りたくもならない下んないオンナに突っ込みに行くって。
だから、明日、
明日、『ゴメンね、今日、アレだからできないの』
そのカノジョとかいう肩書きの下んない女が言えばすげー似合うのに、とか、
メガネがグロテスクに血まみれになって後悔すればいい、とか、オレは思ってたんだ。
あの当時のオレは、まだガキすぎて。
わかんなかったよ。気づかなかった。
そのわけわかんない暗いモヤモヤの気持ちが、恋の一部だって。
逆に、いい刺激剤だと思ってたよ。そういう、入り乱れた関係って。
そんなオレが初めて、
オレを抱いた手が他の誰かを抱くってことに、
ちょっとだけど・・・違和感を、不快感を覚えたんだ。あのとき。
そういえば、
オレと寝たやつらが、オレを抱いたやつらが、自分と会っている時以外、どこで何してたって
・・・誰と会ってるかなんて、まったく気にならなかった。興味がなかった。
おまえのことは、気になってた。
・・いつも、疑ってた。
何でか?
今なら、解る。
「・・ガタ・・・・」
そう、呼んでた。
黒ブチメガネの、こと。
そんで、
ここに来て、オレの話も、聞いてよ・・・
おまえ、信じられる?
縛りすぎで縛られすぎで窒息、
今なら言えるよ。
今なら、解る。
あのときの、どうでもいい時間帯の、くだんない番組。
意味なくついたTVの中では、何組もの男女がインタビューされてる。
付き合ってる、という実はなんの効力ももたない薄っぺらな言葉で縛られた、
カレシ・カノジョが自分たちの 『お付き合い』 という浅く取るに足らない歴史の自慢をしてる。
あのとき突っかかったオレ。
怒ることや否定することさえ、体力や精神力の浪費だ、ってのが座右の銘、
今まで怒ったっていう記憶もこれといって見当たらない当時のオレが、
どーでもいい下んない、知りもしないブラウン管のバカップル相手に、
そう、今なら素直に敗北宣言。
『ああ、おまえらすっごい羨ましいよ』 ってね。
神の愛車に、乗れると思ってた今日。
だからオレは電車で来ていた。
帰りも電車になっちまった・・・と思っていたら、
いつの間にか、降りる駅を通り過ぎてきてしまっていて。
眠ってないのに夢遊病?笑えない。
反対側のホームにもう1度行くのもめんどくさいから、歩いて帰る。
駅3個分。
つーか、歩く方がよっぽどめんどくさいのに。
でも、それでも、1時間も歩けば、帰れるだろう。良い時間潰しになる。
このまま家に帰ってひとりで部屋に閉じこもったって、きっとロクな事を考えない。
今以上に。
家の隣の駅まできたところで、
普段では有り得ない道が渋滞しているのを見た。いつもなら、ガラガラなのに。
理由にすぐに気付く。納得の、工事で片側交互通行。
最近この辺り、多すぎ。なんの工事なのか説明しろよ。わけわかんないもんに税金つぎ込むな。
片側交互通行では・・・気丈そうな若い女の警備員が、
誘導灯で帰宅ラッシュでイラつく車の群れを、止めていた。
あーあ、あの人、何頑張ってんだか。
オレに代わってよ。その誘導係。
今日だけは日当とか、いらないから。
オレだったら。
オレだったら、もう、自由開放しちゃうもんね。
今なら誘導灯振って、踊っちゃう。
早いもの勝ち?
強いものが勝つ?
違うよ、そんな色気のない話じゃなくて。
・・・みんな、ぶつかっちゃえばいいんだ。
何、譲り合いって。
先を争うってのも、何?
お互い一緒に出て、ドッキングしちゃったら素敵じゃん。
一つのものに。
一つの固まりに。
ああ、何このイカれた考え。
オレ、バカでよかったー。
今オレはこよなく楽しいよ。
・・・なのに、
なのに楽しすぎて、バカすぎて、笑いすぎたせいなのか、涙が出る。
恋人の昔の彼女相手に吐き出した、嫉妬いっぱいの幼稚な言葉。
・・・あんなの、強がりにもならなかった。
まるで、ホラーじみたB級のギャグ映画のひとコマだ。
・・考えてみれば、ほんとに神と・・後ろからしたこと、ない。
神、何で?
何で俺とはできないの?
何でもいいから、早く、叱って欲しい。
『泣き止まない悪い子なら、お仕置きですね』 でも、いいから。
神、早くここに来て・・
・・悪いことばっかり考えちゃうオレを、教育して叱ってくれ。
「なるほどね、異常に道が混むわけだ」
意味不明な工事で片側交互通行。
気丈そうな若い女の警備員が、
誘導灯でイラつく車の群れを止めていた。
前の車たちが前後、衝突しそうなくらい次々勢いよく飛び出していく。
俺も踏み込むアクセル。
なのに、
その女性警備員の有無を言わさない誘導灯。
・・・俺の目の前で止められる。
「俺で止めなくてもな〜」
「なんだ今の、行っちゃえばよかったんじゃん?」
「あの警備員、轢くわけにいかないだろ」
「まぁ、女の人だしね」
「性別は、関係ないから」
「行ってたら人は轢くは、おまけに対向車と正面衝突だな」
「いいじゃん。したいんでしょ?正面衝突」
「?何、言って」
・・あの人は・・藤真さんは、後ろから追っかけてくるような大人しい人じゃ、ないでしょ」
彼なら、俺のためになら進入禁止もリスク覚悟で飛び込んでくる・・・そう思いたい。
「そう?」
「ええ、随分と」
「・・・とっととあの人捕まえて、お仕置きだよ今日も。
またきっと小さいこどもみたく泣いてるよ。手がかかるね」
・・・きっと彼は、今夜はバックで俺のモノを強請る(ねだる)。
「あ〜あ、私はこんなバカップル盛り上げる刺激剤に・・
エンジンオイルやら点火装置やらに、なりにきたんじゃないっての〜」
クールでストイックなはずの彼女から、
次々溢れ出す、深読みが必要なブラックジョークと、エロティックで下品な小話。
・・・嬉しさに落ち着かない様子で、今まで黙っていたオーディオの再生ボタンを強く押す。
イントロの、流れるようにフレットを滑るギターリフ。ギターだけの初めの4小節。
・・・・・・・・3・4、1・2・ 3 ・ 4 、そして
バシャーン
1、拍目と同時にベースとドラムが同時に入る。
2・3・4、 1・2・ここで2拍ブレイク(3・4)、
1・2・3・4、 1・2そして、
ブレイク部分に、静かに、誰も音も、何もない部分に、3・4拍目に入るボーカルだけの呟きを、
『ラブリーベイベー ベイベーラブリー』
流れ出したのは、ブランキージェットシティ。
”ガソリンの揺れ方” 。
ボリュームを、さらに上げる。
「ね、今度宗一郎のバンド・・B04、ってこの曲コピるの?」
「いや、予定はないけど?」
「・・さっき、練習室で藤真さんが叩いてたよ、このイントロ。かなり、情熱的にね」
・・・そう言いながら、ダークエンジェルはイタズラっぽく微笑んだ。
藤真さん。
俺、ガソリンになりたい。
それで、あなたをずっと溺れさせていたい。
もう、2度と俺から逃れることのできないくらい、あなたにべとべとに纏わり尽きたい。
そしてもし、火がついたら、あなたごと炎上する。。
俺はガソリン。ゆっくり、香りながら、揺れる飴色の液体。
あなたは、その中に落ちていく人形。
あなたのためだけの油。
あなたを、満たすもの。あなたの中の中まで浸り込んで、くるものに。
唯一、あなたを動かせるものに。
まぶしい、数々の車のテール。
対向車が、距離を保って止められる。
俺に向かって振り上げられる、紅い発光。
進む道を照らしだす、誘導灯。
一方通行を、破る情熱をくれるあなたに。
・・今度は俺の番なのか。
さあ、俺だけの人形・・
・・・あなたを溺れさせに・・窒息させにいかなきゃ。
・・俺は口の端をちょっと吊り上げると、
隣でスピード狂のダークエンジェルが喜び驚くくらいの急発進を、
アクセルを、いつもより強く踏み込んだ。
・・・・・・・『ガソリンの香りがしてる その中に落ちていた人形』・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<<妄想誘発剤>>
参考音源・・・ガソリンの揺れ方(ブランキージェットシティー)
『アルバム・CORK SCREW』(黒夢)
『アルバム・教育』(東京事変)
DESIRE〜情熱〜
飾りじゃないのよ涙は(上記、共に中森明菜)
『アルバム・GAIA』 (Janne Da Arc)
These Walls(TRAPT)
『妄想代理人・サウンドトラック』(平沢進氏HP http://www.chaosunion.com/ で無償配布)
参考文献・・・NANA(著者・矢沢あい)
(2005.02.26)