「・・そんなことより。おまえ、今日の発表良かったぞ。
特にモチベーション向上活動が斬新だった。
9月の配置転換に、あんなに奥深い意図があったとは」
「そりゃどうも」
「あっさりだな」
「だって、そんなことよりって。牧の結婚話、重要なことなのに」
「もういいだろ俺の話は」
「照れんなよ。もっと色々聞かせろよ。馴れ初めとかさ」
「照れちゃいないさ。話せるくらい特別なことも何もないだけだ」
「別に特別な話なんて求めてないんだけど。
人の出逢いやキッカケを特別か特別じゃないか仕分けする趣味はないぜ」
「そうか」
「うん。単に、知りたいだけ」
「そんなこと、知りたいのか?知ってどうする」
「知ってるだけ、っていうのはダメなのか?」
「あ?」
「知るだけで満足なんだけど。友人のそういうの知りたいってのは、おかしいか?」
友人。その単語を、久しぶりに聞いた気がする。
同僚、より友人、と言ってくれたことがくすぐったい。
言葉というのは、本当に偉大だ。
言葉よりも行動だ、といった声がよく聞かれるが、
”よりも”ということはない。
少なくとも、牧はどちらも大切にしてるつもりだ。
言葉と行動とは、一致しているべきだ。それは牧のポリシーの1つでもある。
ここ数日・・・それが実行できているとは、言い難いが。
「おかしくはないな」
「別に言いふらす趣味とかないし」
「それは、わかってる」
牧が、藤真の様々なことを知りたいように。
他の人間は知らないようなことまで、自分は特別に把握したいように。
2人だけの、関係者外秘。極秘の事項。
そんなことを知ってどうする?と聞かれても困る。
知るだけで、知っているだけで、優越感。特別な関係であると納得できる、自己満足。
「だが・・本当に話せるような大層なことが何も無いんだ。
そんなことより、おまえの発表の事だが」
「・・はいはい、わかったよ。今夜はそういうことにしといてやるさ。
で、俺の発表がどうした?・・あれこそ、特別なことなんて何もないのに」
「・・あれは特別だったろ。発表の間中、驚かされっぱなしだったぜ!
だいたい席替えに深い意味があるとは気付かなかったぞ。その時に教えろよ」
「だって、おまえ大抵バスケでいないじゃないか」
ちょっと、スネたように言うのが可愛い。そして何故か嬉しい。
”いつもバスケなんだもん”・・・・
ちっとも会ってくれないだの、時間が合わないだの・・・
歴代の彼女たちに何度も言われた言葉が甦る。
あの時は、うっとうしいとしか思えなかったのに・・・。
もっとも、藤真もそういう意図で言ったのではないだろうに。
「・・しかも、試験的にやったことが当たったっていうか、成果にこじつけただけだし」
昨年度9月初めに藤真が指揮をとって行ったフロアの配置転換――
その際の席替えで、
牧と藤真は席が隣同士になった。
牧は壁側で、左隣に藤真がいる。2人は机をくっつけて座っている。
その他にも、メンバーが大幅に座席移動した。
今日の発表で、その席替えが心理学に基づいたもので
モチベーション向上・・ひいては生産性向上を狙った移動だと
知らされたときには、思わず唸ってしまった。
本来ならコミュニケーションを活発に取るべき相手だが、実際実行できていない、
またはタイプの違うエンジニア同士を横の位置に座らせ、
同じタイプ、同じ意見のエンジニアは正面、斜め向かいに座らせる。
・・人間は机の位置で、
隣同士に座った方が心を開けて、信頼関係も増すらしい。
ちなみに、逆に縦は対立の角度だが、意見を同じにする者を置くのは良いらしい。
「K電産って、技術的な社員教育はたくさんあるし、
歴史ある会社だけど革新的で、コンプライアンスもよくできてる・・・
ほぼ、すべてに置いて飽和状態なんだよ。優秀だな。
で、もしあと足りないとしたら・・職場環境・・
限られた時間の中でいかにしてコミュニケーションを活発化させるか、だと思ってな。
意識的なことが一通りできているなら、無意識の部分はどうなんだ、って思ってね」
「なるほど。確かにやや一面的な部分もあったが・・目のつけどころが、非常に斬新だった」
「だって、外部へ開発中のプロジェクトの発表なんてできないだろ?うちの現在抱えてる重大な機密事項はこれとこれです~こんな新製品です~何月何日にW自動車に納品します~デビューはいついつ予定です~競合他社さんは気をつけてください~エンドユーザーさんお楽しみに~みたいな」
「アホか」
「だろ?だから、発表たって、何発表すればいいんだよって、
散々迷ったね。だいぶ苦肉の策だったぜ」
「苦肉の策であそこまでできれば上出来だな」
「そりゃ、どうも」
「座席・・・俺たちが隣同士なのにも、意味があったんだな」
「もちろん。さらに、牧と俺に関しては左右どちらに座るかも重要だった」
「と、言うと?」
「男は、利き腕押さえられない方が安心できるんだ。
だからできれば利き腕の方は人がいない状態だと、落ちつける。
故に、お前の右手は壁側。俺の左側は通路1つ分開いている」
「・・そんな発表は、今日なかっただろ」
「今のは、俺の個人的な企みだからな」
「そんなことまで!・・実は最近な・・席替えしてから、どうも居心地が良くて。
今まで部屋の真ん中の席だったから、周り全部に人がいただろう?
移動で隅に移ったから、落ち着いて当然だと思っていたんだが・・
まさか、おまえの企みが功を奏したと?」
「あると思うぜ・・あとは、他でもない、俺の横だからかもな」
「何?」
「俺の横、楽しいだろ。快適だろ?」
「・・寝言は寝てから言えよ」
「えー!?」
「えー!? じゃないだろう。快適とは言わないぜ。
席替えしてから、確実におまえとの厄介事と雑務は増えたからな」
「あっ、そういうこと言うワケ?」
「ああ、言わせてもらおう・・・おかげ様で私めは毎日、
藤真様の飲んだコーヒーの缶をせっせと片付けさせていただいております」
「・・それはそれは、御苦労。牧くん」
「ふん!ズボラめ」
「俺は牧が横で、結構快適だし楽しいけどね」
「おおそうか。そりゃ快適だろうな。
コーヒーの缶も飲んだ傍から勝手に消えていってくれるしな」
「いい清掃員を雇ったものだ」
「おまえ専属のな」
「ははは・・ごめんって。でも、ホントそれだけじゃなくて。
・・実は、生産性向上とかもっともらしいこと言っといて、
ただ俺が牧の横になりたかっただけだったら、どうする?」
「馬鹿馬鹿しい!!そんなことで面倒なLANの配線を床めくってまで、
業者まで入れて、半期のクソ忙しい時期の稼働日1日潰してまで、やる気になる訳ないだろうが!」
「・・わかんないぜ?俺、お前の泣きボクロ好きだし」
「は?ホクロ?」
「目もとの。お前の左側に座れば、ずっと見ていられるだろ」
「・・あんまり人をからかうなよ!」
「からかってないさ。まぁおまえ、大抵席にいないもんな」
「おまえだって出張だ兼任だ何だで、半分も席にいないだろ」
「お互い忙しいのは良いことだな。でもコミュニケーション不足だ。
・・解消のために、今度机の下で手でも繋いだまま仕事するか?
お互い、利き手は空いてるんだから、業務できるだろ」
「バカか!キーボードが、打てんだろうが!」
「え?打てるだろ。片手残ってる」
「・・片手打ちでは、それが例え利き手でも、単純計算で生産性50%ダウンだ!!」
「書類作成の時だったら良いだろ、それかミーティングの時」
「・・・お前、まだ酔ってるのか?」
「もう、随分冷めてるぜ」
「ウソこけ」
「ウソじゃありません~」
「この野郎」
「牧主任、怖ぁい!怒っちゃ嫌」
「怒ってない」
「どの面でゆってんだ」
「ふんっ・・そんなことよりおまえ、今日の発表で一段と注目浴びたな」
「そう?」
「このまま行くと・・」
「このまま行くと?」
「海外行きかもな」
「うーん、遅かれ、早かれな・・」
・・K電産では、優秀な社員程海外に行かせる傾向にある。
さらに海外出向の対象となりやすい年齢、部署から選出できうる人数、
適した役職・・を考えた時、それはエンジン生技部に置いては牧と藤真に当たるのだった。
だが、牧にはバスケがあるので、日本を離れることができない。
そうなると、自動的に・・・。
「・・まぁ清田と伊藤もだいぶ育ったし、それでもいいのかも」
「お前、行きたいのか?」
「あんまり。でも、俺サラリーマンだし、特に拒める権利も理由もないし。
行けって言われたらハイ喜んでって言うしかないだろ」
「めずらしく消極的なこと言うな」
「そんなことない。俺は入社してからずっとこのスタンスでやってるぜ。
当たり前のことを言ったまでだ。消極的なんて思わない。文句なんて、言い出したらキリがない」
「不満、あるのか」
「そうだな例えば・・元々は航空部門希望だったって、知ってたか?」
「・・誰が?」
「もちろん、俺が」
「航空部門?」
「ああ」
「何!?・・初めて聞いたぞ」
「同僚に初めて言ったからな・・俺、飛行機オタクだぜ。
小さい頃から何度も自衛隊の航空ショーを見に行っていたし、
今でも空港の展望デッキで離着陸をずっと観ていたり、写真撮ったりするのも好きだ」
「まったく知らんかった・・航空部門か・・・」
「・・航空部門志望なのはK電産の就職試験の面接の時にも伝えてたし、
入社してすぐの配属先希望調査でも、その後の研修期間でも一貫して言っていたんだ。
・・でも結局、俺が配属されたのは自動車部門だった」
「そうだったのか・・・人事に話はしたか?上に異動の希望は出したのか?」
「ううん。自動車部門に配属が決まってからは、1度も」
「どうしてだ?もういいのか?」
「スタンフォードの監獄実験を知ってるか?」
「・・どうした突然?それは名前くらいなら聞いたことがあるが・・・
確か一般人が被験者で・・・看守役と受刑者役に分かれて・・」
「そうだ。与えられた役割のまま被験者は1週間過ごした。
その結果、時間が経つに連れ、看守役の者はより看守らしく、
受刑者役の者はより受刑者らしい行動をとるようになると証明された」
「・・で、それはつまりどういうことだ?」
「つまり人は与えられた役割に対して、自分自身を変化させていくんだ。
役割や肩書、環境があると、それを触媒に自ら触発され、
それらに順応した人間になっていく」
「ほぉ・・それでお前は与えられた役割である自動車部門に順応したってのか?」
「その通り」
「・・それで良いのか」
「うん。良い・・だって、人に必要にされるって、良くないか?
自動車部門では、俺を必要としてくれる。自分がやりたいことをやるより、
できることを、必要とされているところでやる方を選んだんだ」
「なるほどな・・でも、お前の口からそういう言葉が出るとは思わなかった」
「そうか?おまえの中でどういやつよ、俺って」
「どうかな。自分のやりたいことをやりたいようにやるイメージかな」
「やりたいことやりたいようにやるんだったら、人の下についた時点でダメだろ。
K電産は、それなりに下の意見を吸い上げてくれる会社だとは思うけど。
それでも、会社に組み込まれてたらダメだ。それこそ、起業するしかない」
「おまえだったら、成功しそうだな」
「起業、興味ない」
「そうか。あっさりだな」
「だって・・俺さ、人に使われてみたかったんだ。
高校では部活で監督やってただろ?嫌でたまらなかったワケではないけど・・・
それでも、普通の選手としてプレーできたら・・って、ずっとどっかで思ってた」
「・・・まったく、お前ってやつは・・」
「ん?」
「聞きわけが良すぎるんだ。どうせ監督をやることになった後、
文句や弱音なんて吐いたことないんだろう?」
「だって・・弱音吐いたところで監督業がどこかに消えてなくなるわけでもないだろう?
だから、やるしかなかった。弱音吐く暇あったら、やるしか」
「まだ、高校生だったんだ・・年相応に、甘ったれれば良かったんだ。
周りを困らせるくらい、駄々こねてみれば良かったんだ」
「・・俺さ、あの頃から甘え方って良く分からなかったんだよね。
甘えるつもりが妙に命令口調になっちゃって反感買ったことも多々あった。
甘える時の台詞、ドラマで観たり本で読んだり・・頭では理解してるんだけど、
口に出そうとすると何でかすげー気持ち悪いんだよ。舌がもつれんの。
身体の拒否反応、ハンパなくて。笑えるよな。
そんなこんなで・・自分が甘え下手だって結構早い段階で気付いてからは、
甘えることそのものを封印したけど。
ま、それでも最近ちっとは甘えられるようになってきたかな」
「・・確かにおまえが他人に甘えるのがうまいとは思ったこと、ねえな」
・・人を甘えさせたり鼓舞したりするのはうまいが。
「うるせえ・・でも、ご明察。清田とか見てると、甘えるのホントうまいなって思う。
ちょっとうらやましい。いつだって俺はつい乗せられて、助けてやってしまう。
気付かないうちに。あんまし手だししないようにと、いつも気をつけているのに」
「・・清田のあれは、計算でやってるんじゃない。天性の感覚でやっている」
「知ってるさ。俺には逆立ちしても身に着かない感覚と技だ。
俺は・・学校生活では気付けば指揮を取らされていた。
だから、就職は大企業を選んだ・・歯車の一部に組み込まれてみたかったんだ。
指揮棒1つで、操られたかった。誰かが自分専用のレールを引いてくれるって、
特性や今後を決めてくれるって、すごい楽なことだと思わないか?
人事や上司から、君の特性はこれこれだよ
だから将来のためにもっとこれこれした方が良いよ ってお膳立てされる」
「お膳立てか・・」
「ああ、そうだ・・される側の俺も、あんたらに決めつけられるなんて、
簡単に理解した気になられてるなんてまっぴらだ と思いながらも
どこかで自分の知ってる自己や、さらに自分が知らない自己や可能性を
もっと暴いて欲しいと・・そして認めて、伸ばして欲しいといつも思っている」
「・・皆、少しはそういうところがあるのかな」
「皆そうさ。まぁおまえのようなやつは・・
どこでもなぎ倒して、切り開ける力があるから、そんなこと微塵も思わないかもしれないがな」
「・・おまえでもそう思うか?」
「え?」
「・・・そうでもないんだがな」
本当に。
牧は周りから何でも持っているように見られているし、
実際、他の人間より手にしている名声や経済的豊かさは多い。
そして・・これから望むものも、何でも手に入れられる様に見えるようだ。
牧にはそれをできるだけの、力も、強さもあると。
・・だが、実際そんなことはない。
否、昔はある程度そうやってやってきたが、
最近はそのようなことも目に見えるように減ってきた。
牧だって一介の会社員なのだし、
それこそ、親戚の重役勢からの圧力や監視の目もある。
周りからは、 出世して当然、サラブレッドだから と嫌みも言われる。
バスケチームにしたって、言わずもがな完全な縦割り社会の体育会系だ。
(それでも・・やはりそういうイメージなんだな。俺は。おまえにとっても)
牧は、何だか少し寂しくなる。
自分自身でも曖昧になりつつある最近の身の振り方を
藤真に悟れという方が、難しいとわかってはいても・・・。
どうやら牧自身も、認めて欲しいと渇望しているらしい。特に、藤真には。
「そうでもないって?」
「まぁ、それは良いとして」
「おまえ、婚約話といい、今日棚上げが多いな」
「今夜くらいは、上げさせてくれ」
「良いよ。だけど今度酒飲む時は、今回の棚卸からだぜ」
「・・それでも良い。今はおまえの話をしよう。続きを聞かせろ」
「続き?・・何の話をしてたっけ?」
「だから、航空部門だろ。それに、人に決められたい」
「うん・・まぁ、色々思うところはあるけど
会社が決めたことに文句言うのはちょっと違うかなって。
・・航空部門への夢をあきらめたワケじゃないけど、でも、自動車でも
どちらも大層な電子回路が搭載されていることに変わりはないしな。
こういう発見も、ひとりでこだわって突っ走ってたら、きっとなかっただろ?
・・・それに、自動車部門のエンジン生技に来て・・・おまえにも、会えたしな」
そう言って、小首を傾げて、柔らかく微笑む。
・・今夜、藤真はやけに簡単に反則技を連発してくる。
反則だ。何だそのツラは!牧には、とても直視できない。
照れと同時に、微かな怒りすら感じる。
時折、会社でも見せるそのあどけない仕草。
美しいと形容するにふさわしい笑顔。
・・・周りの奴は、男も女も老いも若きも
いとも簡単に次々と撃ち落とされていったが・・
牧は、少し前まではそれを半ば呆れながら観ている、言わば第三者だったはずだ。
なのに。今夜は。まさか。自分が。
そうで、なるものか。
自分は・・10年も一緒にいて、何もなかったのだ(大学4年間は完全に離れていたけど)。
なのに・・今さら。こんなに時差があってなるものか。
バスケで牧は、スロースターターと散々言われている。
バスケ以外のことも、どうやらそうであるらしいと、自覚もある。
だが・・いくらなんでも。これはない。
・・自らの中で渦巻く、変な対抗心のおかげで牧は突拍子もない事を口走しる。
「・・では、車を空に走らせれるか」
「は?」
「空飛ぶ車。そうすれば、おまえの当初の希望も叶って、一石二鳥ではないか?」
「・・だったら車じゃなくて、飛行機が飛べば済む話だろ。今すでにそうなように」
「・・・それもそうだな」
「にしたって、おまえがそういうこと言うとは思わなかったな」
「そういうこととは?」
「夢のような話のこと」
「何も夢ではあるまい。実際に、海外ではすでに何社か空飛ぶ車を作っている」
「・・確かにそうだな。羽が折りたたみ式のやつな」
「こんなの、遅いくらいだ。全然追いつけてない」
「追いつけてない?」
「だって、鉄腕アトムは21世紀の話だろ。現実はまだ、この通りだ」
「・・おまえがそういう話できるやつとは思わなかったぜ・・」
「俺だって、アニメや漫画くらい人並みに観てきたぜ。
ドラえもんは・・あれは22世紀の話だっけか。2101年。それくらいには何とかなるか?」
「どうかな・・・自家用飛行機もとい自動車が空を飛び交う時代まで
・・量産までに、少なくともあと50年。値段はマンション1戸分。おまえみたいな金持ちしか買えない」
「道路交通法も大幅に改定だな。航空法もか?」
「おい、突っ込めよ。俺のボケは無視か?あ、牧が金持ちなのはボケでも何でもなく事実か」
「それに、操縦に大層なテクニックも必要だ。
免許は今みたいに誰でも簡単には取れなくなるぞ」
「・・無視を貫くわけね、はいはい・・俺としては、それよか滑走路の心配がデカい。
離着陸に、800メートルくらいは必要だ。これは厳しいぜ」
「渋滞から抜け出すために飛ぶのとか、無理だな」
「全然無理。前後何十台かが大炎上間違いなしだ。
滑走路・・外国みたいに土地があるとこならともかく。日本では難しい」
「・・・まずいな。できない理由ばかり探して夢を壊すのは、大人と会社員の悪い癖だ」
「確かに。どんな無謀な夢でも、見ないよりずっとマシなのに」
「夢が叶うまで・・おまえお得意の飛行機の話でも聞きながら、気長にやるか?」
「ならば、ボーイング777と747の違いについて話そうか?これ、60分コース。
それとも零式艦上戦闘機、略して零戦の21型、52型、54型の違いについてが良いか?これは90分ね。さらにこれに対グラマン戦闘機との交戦の歴史を加えると120分。どれが良い?」
「・・すまん。どれも俺では立ち向かえそうにない」
「だろうな」
「思ったよりも、随分マニアックだな」
「だから、飛行機オタクってゆったろ。旅客機も戦闘機も、今も昔もひっくるめて・・。
こういう話は、今度メガネと飲んだ時にやるよ」
藤真は、現在はK電産のシステム開発部で働いている、
T大・航空宇宙工学修士の花形の名前を上げた。
・・高校バスケで彼らは良いコンビだった。
それはプライベートでも変わらないと思ってはいたが・・
こんなところまで呼応し合っていたとは。
牧は高校時代のように、花形に少しジェラシーを感じた。
「にしたっておまえが飛行機マニアとは・・人間、わからんものだな」
「何、おまえ俺のこと、もうほとんどわかったつもりでいたとか?」
「だって・・もう何年付き合ってると思っている?」
「んーと、10年?」
「だろ?」
「・・たった10年で、俺のことわかった気になられちゃ困んだけど」
「おお、たった10年ときたか」
「ああ。10年なんて、一生のうちで考えたらホント短いね」
「・・いくつまで生きるかにもよるが、まぁ、そうかもな」
「だからおまえ、10年じゃまだまだ甘いんだよ」
・・・それは。それは、今後も側にいろと言う事か。
もちろん、牧はそのつもりでいる。
おかしなことに牧は最近・・仕事でもプライベートでも、この先を想像した時、
そこに藤真がいないという状況が、思い浮かばないのだった。
本当にこれはおかしな話だった。
家族や、婚約者よりも・・
目の前のこの男が、妙にでしゃばってくる事実。
牧は、照れと動揺を隠すために、藤真に皮肉をぶつける。
「・・おまえ、さっきまで入社してまだわずかの会社に自分の特性を決められたい、
上司に自分の方向性を決めてほしいって連呼してたくせに。
10年来の、この俺におまえの人格を定義されるのは嫌だってのか?」
「・・・ああ、嫌だね。おまえだけには、俺の定義を決めて欲しくない」
「何故だ。理由を言え」
「理由はわからん。理屈じゃない。とにかくおまえだけには嫌!」
「理由がわからんなんてことがあるか!
感情にはすべてそう思うに足りる原因があるだろ」
「・・そういう、おまえの頭固いところが、嫌い!!
仕事じゃないんだから、原因と結果の法則から離れろよ。
そんなものは、どうでもいい!いいじゃねえか!よくわからなくたって上等じゃねえか!」
「いーや、よくないだろ!はっきりさせないと、気持ちが悪いだろ」
「それに気持ち悪さを感じてるのはおまえだけだ!グレーだって良いんだよ。
白黒はっきりさせることだけが良いとは限らない」
「いや、この世には白か、黒かしかない!!」
「・・白だって簡単に黒になるし、黒だって何かの拍子に白に成りえる!
オセロと一緒だよ、表裏一体なんだ。だから結局、全部グレーなんだよ!
白と黒しかないって、パンダかてめーはよ」
「何だと!?だいたいおまえのさっきの発言だが・・
会社や人事部や上司に適性や将来を決めてもらいたい、歯車になりたい、だっけか?」
「ああ、それがどうした!」
「・・それはまるで、寂しがり屋で自分ひとりで生きていけない、面倒くさい女みたいじゃないか!」
「何!?」
「相手に染められたいとか暴かれたいとか、終いには加護のもとに生きたいとか、言い出すんだろ。いいとこに嫁ぐ専業主婦願望みたいだな!」
「・・馬鹿にすんなよ!!俺に謝れ!そして専業主婦に謝れ!!世界中の女に謝れ!!」
「ふん、やなこった」
「・・あー!牧と言い高野と言い、どうしてこんなやつのとこに嫁がくんの?
ホント世の中全然わかんない!女たち、見る目なさすぎ!!」
「うるせえ!余計なお世話だ」
「あっ、嫁といえば、おまえの嫁さんってどんな人?」
「・・だから、今夜はその話はもういいだろ」
「またそうやって話そらすー・・実は、そんなのいないんじゃないの?」
「何?」
「全部牧くんの、妄想か願望でしたー、みたいなオチ」
「・・なんだソレは。俺は精神異常者か」
「おまえみたいなやつって、絶対思いつめてストーカーになるタイプだよなぁ」
「俺みたいなやつって、どんなだ!?」
「おまえは、おまえだろ。定義述べてやろうか?」
「勝手に人を定義するな!!」
「おまえだってさっき、俺のことをそうしただろ!」
「・・・勝手に人に定義されるのって、ムカつくな」
「だろ?」
・・実は、話の流れで言ってはみたものの、対抗心からそう言っただけで・・
牧は自分を藤真に定義されるのが、全く嫌ではなかった。
むしろ、知りたい。藤真が、自分をどう定義しているのか。
藤真の口から、藤真の目に映る牧自身の事を、語ってほしい。
・・でも、もし藤真以外の人間にこれをされたら、恐らく虫唾が走ると思う。
何故、藤真なら良いのか?何故。
「人間って、本当に厄介な生き物だな。
他人に見抜いて欲しいけど、そう簡単には見抜いて欲しくもない」
「どうしようもなく面倒くさい生き物だな」
「そう。みんなかまってちゃん」
「そして寂しがり屋・・か」
「で、話は変わるけどおまえの嫁ってさ」
「・・だから、その話はもういいだろ」
牧は立ちあがって、冷蔵庫からミネラルウォーターを取ってきた。
2つのコップに注ぐ。
今夜は、まだまだ、話したい。
これで喉を、潤して。
*******************************
<BGM>
*WANDSのアルバム 色々。
>WANDSはもう!牧藤のテーマっていうよりはSD全部通してのテーマだし!!
*capsule の Can I Have A Word。
>これは牧藤祭りの嗅覚テレポーテーション全部通してのテーマ曲(勝手に)でもあります。
この曲の世界観を牧藤で表現できたら最高なんだけど!!
自分は最近、頭を牧藤モードにしたいときはこの曲を導入剤に切り替えてます。
*Vanessa Carlton の A Thousand Miles。
>で、これは、牧藤ー!!仙藤でもいいけど。
って、こんなとこで仙藤出て来ちゃダメー><
せっかく牧と藤真ふたりでいるところを邪魔しないであげてー><
(おまえがな)
・・・つーか長すぎだろこれ。
読んで下さった方ありがとうございます。
牧と藤真には、こうして未来の話をたくさんしてほしい。
過去や前世や、世代交代なんてどこ吹く風。
彼らは、いつの時代も1番将来性のあるカップリングだと思う。
さあ!!それを証明するためにたくさんくちづけをするんだ!!(何)
2013.04.20
(お手数ですが、ブラウザでお戻り願います)
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