・・'Cause you're everywhere to me

 

 

 

 

 彼の携帯の着信は、洋楽だった。

 

 

 「・・・・・お、それいいよなぁ」

 部活の後、更衣室で着替えているとき。

 どうやらオレは、無意識にあの歌のメロディーをくちずさんでいたらしい。

 

 あの合宿中、

 何度かあの曲が流れて、

 持ち主を、彼を呼び続けてた。

 ・・・・・・その度俺は電話の向こうの誰かが気になって、嫉妬して。

 

 その曲は俺以外のほかの誰かを呼び出す、

 憎むべき曲のように思えたが、

 

 ・・・・実際、嫌いになることはなかった。

 ・・・・・・いや、できなかった。

 

 「この曲知ってるんですか?」

 「ああ、なんたって今FMでかかりまくってるもんな。アルバム持ってるぞ」

 
    ラジオなんて、聴いたことないからな。
 池上さんにこういう趣味があったってのはちょっと意外だったが。

 池上さんを、ちょっと妬ましく思った。

(・・・・・だって、彼と同じものを聴いていた)

 

・・・・・借りたCDを聴きながら、柄にもなくそんなことを思ってた。

 

 彼の聴いている、おそらく彼が好きであろう曲。

 それが、俺がこの曲を邪険にあつかえない・・・・・むしろ愛しく感じる理由かもしれない。

 

 

 

 

  

   EVERYWHERE3    

 

 

 

 

 

・・・・・『ね、彰すごく並んでる!!・・・・・やっぱすごい人気あるのね』

 

 

 高校に入学してまもなく、付き合った同い年の学校のコ。

 部活の休みの日に一緒に映画に行ったとき。

 彼女、・・・・・カオリちゃん・・はその日、俺の腕に自分の手を絡ませ、いつもよりよくしゃべって、ゴキゲンだった。

 

 

 

『うわ〜〜これはすごいな〜・・・・!あ、』

 『なに?』

 『あっちのアクションもののほうが、面白そう』

 『・・・面白いかもしれないけど・・・・彰今日、私がこれ観たいから付き合ってくれるってことだったでしょ??

 ・・・・・そうだ、今度のデートは一緒にアレ観ましょうよ、ね?』

 『ん〜〜、でも俺あんま恋愛映画って興味ないし・・・・

  カオリちゃんはこっちみて、俺あっちみて、入り口でまた落ち合えばいいんじゃないの』

 『・・・何それ・・・・彰、本気でいってるわけ??』

 『え・・・・だってもともと上映中にしゃべるわけでもないし、・・・2人で観る意味って・・・・・・あるのかなって・・・』

 『・・・・・・・・・・・・・・』

 『・・・・・・カオリちゃん?』

 『・・・・・もう、いい!!!』

 ・・・・・・・彼女は走って、帰ってしまった。

 

 その夜、彼女から電話があって。

 『もしもし私』の、次のセリフが、『もう別れましょう』だった。

 

俺の、せい?

 今日の映画のときのこと、俺なりに考えて悪かったなとも思ったけど、

 それだけであんなに怒って『別れる』なんて、心外だった。

 

もともと別れるなんて、俺たち『つきあってる』なんて大したことしてたのかな。

 好きっていわれてキスとか、SEXとか、したけど。それって、

 

つきあってたのかな。つきあうって何?定義は?

 

こんなちょっとのことで腹立てられて壊れるもの。

 

・・・・・そんな、すごいことだったのかな。

 謝ってみる?

 別れるなんていわないで、考え直してっていってみる?

 ・・・・・・・でもそんな言葉たちより、

 『面倒くさい』ってひどく怠惰な言葉が、俺の頭をもたげていた。

 

 

 『・・・・いいよ、俺は別にそれでも・・・・・・・』

 『・・・・・・・彰、やっぱり思った通りだわ。引き止めてもくれない』

 

 

・・・・・だって面倒くさいんだ。

 

引き止めて、またもとに戻ったって、また同じこと繰り返すんでしょ。

 そんなのは、経験上わかってる。

 『・・・だって、カオリちゃんから別れたいって言い出したんでしょ・・・?』

 

どうしろってんだ、俺に。とにかく、この時間が早く終わってほしい。

 

 『ねぇ私・・・・・今日の映画のこと、謝ってもらってもないのよ。

・・・・・私のこと、好きだった?私が告白したときはともかく、それから3ヶ月、一瞬でも』

 『え・・・・・そんな・・・確かに俺は悪かったけど、たかが映画観れなかったくらいでそんな大げさな・・・』

 『・・・今日のことだけじゃない!!映画が観れなかったから怒ってるんじゃない!!』

 『じゃあ、なんで・・・・』

 『彰、わかんないの・・・・??私、・・・・ずっとずっと思ってたの。

ねぇ彰、・・・なんで私とつきあってたの?・・・・私のこと、好きなの・・・・?』

 『・・え・・・・・・・・・・』

 

・・・・どうだったのか。

 好きですつき合ってくださいっていわれて、

 可愛いし、いやじゃなかったから「はい」っていって。

 ・・・・・それから、なんとなく欲情したから、SEXして・・。

 それって、好きだったんだろうか・・・・。

 

 

 『・・・・・なんでなの?』

 『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』

 『彰』

 『・・・・・・・・なんとなく・・かな』

 

ぶち。

 

俺の曖昧な思考は、

 それも彼女に電話を一方的に切られたことによって終了した
  ・・・・・それが彼女との最後。

 

 

 

怒らせた。

 思わず吐き出してしまったのは俺の本心。曖昧なままの本心。

 人を傷つけるのは趣味じゃないが、

 結果的にはそれで、彼女に嫌われることで別れることができたのだから構わなかった。
 『面倒くさい』から、解放されたのだから・・・・・。

 

 

 

 

 ・・・・・・・それからしばらくして、そのことがなんでだったか越野に知れた。

 

 越野は真っ赤ですごい形相を見せたあと、急に脱力したようにだらんと、真っ青になった。

 『・・・越野?』

 『・・・・・・仙道おまえって、頭いいかもしんないけど、・・・・・・・・・・ほんっとバカだな!!!!』

 

 

 

・・・・・・・・・・・彼はそう言い放って。

 

オレはワケもわからずきょとんとしていた。

なんで越野はそんなこと言ったんだ、なんで怒ったんだ??って。

 今ならなんとなくわかりそうだ。越野が怒ったワケ。なんとなく・・・・・・・・・・・。

 

 

・・・・・・・・・なんとなく。

 

 

 

「なんとなく」

 口にだしてみた。

 優しく甘く吐いてみれば、

 オブラードに包んだような、

 愛らしくさえ感じることば。

 ・・・・・・その言葉は、今は藤真さんや過去の彼女を傷つけたときのような凄みを失っている。

 

 

 俺は『なんとなく』って表現が嫌いじゃない。

 俺って、自分でもよく自分がわからないときが多いし。

 自分自身、気まぐれで、フワフワしてるって言う人の指摘は結構当たってると思う。

 もともと、曖昧だから。

 『なんとなく』って言葉は、俺自身。

 そんな気さえしてた。

 

 

 でも。

 でも、

 俺の彼に対する、藤真さんに対する感情が、

 もう『なんとなく』で済まないことくらい、もうとっくに自覚してる。

 いや、済ませたくないんだ。

 これが、これがオレの、

 ・・・・・・・初めてのホンキだ。

 

 自分から、『なんとなく』なんていっといて、

 彼のプライドを傷つけることで、初めて自分の本気に気づくなんて。

 

 「・・・・なんとなく、なんかじゃあない」

 

 

 

 

 カオリちゃん、もう直接言うことできないけど、あの時はごめんなさい。

 ・・・・越野には、明日謝ろう。

 おまえがなんで、あの時怒ったのか、呆れてたのか。

 今なら本気でわかる、わかったんだって。

 

 そして、

 

 

 藤真さん。

 

 

 

 

 今すぐ会いたいのに。

 伝えたいことが、ほんとにたくさんできてしまったんですよ。

 

 

 

『〜'Cause you're everywhere to me』

 

「だってあなたはどこにでもいるみたい、

目を閉じると見えるのはいつもあなた・・・か」

 

 

 

 

・・・・・・この歌、ウソつきだなぁ。

目、閉じてみたけど。

 

「・・・目を閉じても、どこにもいないじゃん。藤真さん」

 

 

 

 

・・・・・目を閉じて思い出してみようとしても。

 

あの大きな瞳の色も。

 

林檎みたいなほっぺたも。

 

白くてきれいな、やわらかそうな肌も。

 

潔癖なくらいに高いプライドも。

 

ほんとうは動揺してるのに、必死に虚勢張ってた意地っ張りな可愛い姿も。

 

 

 

「なんでだよ・・・」

 

・・・・・思い出せそうなところで、会えそうなところで霧がかかる。

 

まるで傷ついたディスクみたいな俺の記憶。アタマ。再生していて、突然ノイズが入る。

 

 

 

ただ、

ただ合宿中に何度も聴いたメロディー・・・この歌と、

新たに知った愛しい本気の思いだけが。

今この時も、

俺をどきどき煩わせて。

 

 

 

「ひどいなぁ、藤真さんは・・・・・」

 

 

これは「なんとなく」の仕返しですか?

 

この胸がきゅっとなる苦しさは。

 

けっこう、つらいです。

 

あなたを怒らせると、こわいんですね、

 

覚えておきます。

 

 

俺、反省してます。

 

もう、しませんから。

 

「なんとなく」、なんて言いませんから。

だから、

 

今からちょっと眠りますから、

 

・・・・・せめて、

 

せめて夢で会いにいっていいですか?藤真さん。

 

 

 

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仙道サイドのEVERYWHEREはこれでおしまいです。生涯初めての駄文・・仙藤。