彼が俺に興味をもっていると気づいたとき
・・・・・・優越感を持った。
彼が他の男に構っているとき
・・・・・・・面白くないどころか、ハラワタが煮えくり返りそうだった。
彼が俺の前で精一杯虚勢をはってみせるとき
・・・・・・・けなげで可愛いと思ったし、それを崩してたいと、虐めてみたいと思った。
そんな感覚にハマったことがないから気づけなかっただけで、
・・・・・・・・・・藤真さんに対して1年前からずっと持っていた感情は、今考えてみればすべて恋という答えに結びつくんだと思う。
EVERYWHERE2
1年で選抜合宿に呼ばれた俺は、彼と同じ部屋になった。
これが彼を直接知る初めての機会だった。
・・・・・・彼は、考えた通りの人物だった。
男、らしい気性の持ち主。
集団行動もできるし協調性もあるが、おそらくそれらが好きではない。静かにしているほうが好き。
プライドが非常に高い。
・・・・・・・それに、純粋でおキレイな人。
・・・・・・・・彼の性格自体にとくに特記事項はない。
でも、俺は彼が今まで俺が出会った誰ともちがうと感じていた。
それは男というのに女以上の美しさを持った容姿でもあったが、
なによりやはり、彼の瞳の色だった。
彼の、海南戦で見せた美しい緑の炎には、残念ながら合宿中1度もお目にかかることができなかった。
それは彼が合宿に対して本気でなかったのではなく、
彼の海南戦での闘志が卓越していたのだろう。
しかし俺は、その炎を見ずとも、面白くないということはなかった。
なぜなら、もうひとつ面白いことに気づいたからだ。
・・・・・どうやら、彼は、俺に気があるということに。
その気が、ライバル意識からなのか、恋愛感情なのかという、どの類の気であるのかは計りかねたが、
好意を含んだものであるのは確かだと思った。
その悟りは、決して俺の思い上がりではないはずだった。
・・・・・だって、あのひとからの練習中の熱視線は溶けるくらい熱く、
部屋に戻って2人きりでいれば彼が俺を意識しまいと努めて、神経をすり減らしていることに気づく。
・・・・・・・そんなわかりやすい人だったから、
さすがの俺でも彼の気持ちに気づいてないふりするほうがホネだった。しかし、
・・・・・・・・・・・・彼の気持ちに気づくわけにはいかない。
気づいてないふりで、通さなきゃなって。
だって一方的に気持ちを押し付けられて、返答を迫られでもしたらたまらないと思う。
まぁ彼はそんなことをするタイプにも見えなかったが、
それでも今まで幾度となくそんな目にあってきた俺だったから。
独占、圧迫、嫉妬、束縛。
どれも俺の嫌いな言葉だった。
家族でも、友達でもコイビトでも、強制されたくなかった。
もちろん、そのかわり相手にも強制しないけどね。
・・・・・でも、この俺のポリシーも崩れ去ることになる。
―――合宿最終日。
彼は俺に気があるにも関らず、一向にどうしようともしない。
それどころか、オレの罠にはまらないためなのかひたすら俺と距離をとる。
全然ダメですよ、これじゃあ。
もっと近くにきてもらわないと。
俺はあなたで遊びたいんですから、ね?
「藤真さんって、恋人とかいるんですか」
「なんだ、唐突だな」
そんな質問を投げかけた俺の心がわからないんだろう。
動揺を必死に隠してるのが、俺の琴線に触れた。
このひとはつくづくいじめがいがある。
こんなとき藤真さんは到底年上には見えない。そんな彼を純粋に可愛いと思う。
彼の白くてキレイなうなじと、ハーフパンツからすらりと伸びた足。締まってるのに柔らかそうな太もも。
きわどいところばかりに視線を落としながら、そういえばここのとこ俺SEXしてないな、なんて思ってた。
「なんとなくですよ。で、どうなんですか??」
「・・・いないよ。そんなヒマない」
ぷくっと頬をふくらましながら彼が答える。
ああ、ほんとにあなたは可愛いよ。
周りからは女王とか美人とか言われているようだが、
俺はこの人は美人より可愛いというほうが合ってると思う。
瞳は大きくて実は微妙にたれ目だし、顔型も丸っこい。
たぶんあのキメ細かい白い頬は、引っ張ったら赤くなってしまうんだと思う。
そして何より、
そんな表現が似合うあんたは男なんだ。でも、
・・・・・・・それでもほんとうにあんたは可愛いよ。
さすがに俺だって男としたことなんてないけど、あんただったらいいかなぁって気になる。
好きモノって思われることの多いオレだけど、実はSEXってなくちゃいけないとかヤらなきゃ死ぬとか、そんなに好きなほうじゃない。
年の割には人より多く経験しているとは思けど、内容はどうでもいいものが多かった。
ほとんどが女のほうから誘われて、なんとなくしてみただけ。
自慰行為のほうがいいときもあるくらい。
・・・・・・・俺ってじつは不感症じゃないかとか思ったくらい、どーでもいいと思っていたのに。
彼はそんな俺をSEXしたいって気にさせる。
彼のこと、可愛いとは思うけど、そんなに色っぽいほうじゃないのに・・・不思議な感覚だった。
・・・・・・・オレは一気に、一種の禁句と思われる言葉を発してみた。
「・・・・・へぇ、じゃあ好きなタイプってどんなんですか」
「・・・・なんでそんなこと」
「男の人でもいけるクチなんですか??」
「!!・・・・・・・はぁ?!・・・・・・」
「いや、ど〜なのかなと思って」
「・・・・・・・なんだよそれ・・・・・・そんなこと聞いてどうすんだよ」
顔、真っ赤ですよ、藤真さん。
声、裏返って掠れてますし。
可愛いなぁ。
素直な反応が、ほんとに可愛くて。
・・・・彼の可愛さに、気を取られていたんだ。
そして、俺は次の言葉を、
そこまで気が回るはずもなく、知る由もなく、
「え、べつになんとなくですよ。いけません??」
・・・・・・・・・彼にとっての禁句を吐いた。
深い意味はない、ほんとにどうでもいいけど、ヒマで話題も見つからないから聞いてみた・・・・・・って感じで尋ねてみる。
もしそれで彼が返答を拒んだとしても、それすら気にしないくらいの軽さで。
この人がプライドが高いってことくらい知っていた。
だから、余計、いじめてみた。どんな可愛い反応が返ってくるのか。
『べつになんとなく』・・・・・・自分に好意を持って、意識している先輩にとってはひどい言葉だ。
あのとき俺は、彼に対しての俺なら、何をしても許されると・・・自分にうぬぼれていたのかもしれない。
藤真さんが形の良い眉を不信さゆえに顰めるのが見てとれた。
・・・・・うわ、その表情超、イイ。
ヤリたいよ。それにもっといじめたい。
ほんっとに可愛いなぁ。
しかし。
愛らしい林檎のようだった彼の頬は熱を失って、冷たい人形のようになっていて。
次の瞬間、俺はいじめているはずだった彼から逆襲を受けることになる。
ほんとうにささやかな、けど、まちがった自意識過剰だった俺にとっては、ひどく残酷な逆襲を。
藤真さんは、視線だけ上を見ながら大きなため息をついた。
まるでひどく呆れたときのようでもあったし、何かに諦めたときのようでもあった。
そして大きくはっきりした声で一気にしゃべり出した。
「そうだな、オレの好みは・・・・・・・・・まず顔がいいのは当たり前だろ。
もちろんオツムも、運動神経もだ。でも何より・・・・・・・男だとか女だとかいうくだらないこと以前に・・・・」
「・・・・・何よりなんです??」
「・・・本気でオレと向き合ってくれる人、かな」
・・・・・・俺をしっかり見据えて、そう言った。
今までは、彼のほうが照れて視線を合わせてこようともしなかったのに。
その瞳は、『俺に本気になってくれ』というような期待を一切含んでいなかった。
逆にいじめられているという悲しみや嫌悪もなかった。
その瞳には、ただ、俺に対しての否定があった。
『曖昧ハ嫌ダ 価値ガ欲シイ』
『替エノキク オレハ イラナイ』
『オレノ恋人ニナレル程 オマエハ強イヤツナノカ??』
・・・・・・『・・・・・オマエデハ、俺ノ恋人ニハナレナイ』
・・・・・・・・・・その瞳は、そういっていた。
「・・・・・・お」
意表をつかれて呆けていたであろう俺を現実に引き戻したのは藤真さんの携帯の着信だった。
合宿中幾度となく聞いた、どこかできいたことのあるメロディ。
「もしもし・・・・・おい、またかよ。ついにそのセリフ3日パーフェクトで聞かされたぜ。
・・・・・・・ああ変わりないよ、無事に終わった。明日戻るから。おまえらこそ・・・・・・・・」
そして、電話の向こうはおそらく同じ相手。
まったく合宿とわかってて何をそんなに電話することがあるのか。
相手の目星はついていた。同じ学校の、同じ部活のでかい黒ブチ眼鏡。
『またかよ』なんていいながらも嬉しそうな彼を見て、俺は体中の血液が沸騰しそうになった。
そのとき、
コンコン。
部屋のドアがノックされて、「俺だ」と声がした。
俺って誰だよ。
・・・・・名乗らないあたりが、彼と声の主との親密さを伺わせる。
来たのは、牧さんだ。
「・・・・・・なんだ藤真、電話中か」
「ごめん、花形もう切るぞ・・・・・・はぁ?!いいって!!
おまえ一体オレをいくつだと思ってんの?・・・・・・はいはい、じゃあな」
「・・・・・すまんな、電話もうよかったのか」
「ああ、花形だよ。アイツほんっとオレを子供扱いすんだよな。
今も、明日の帰り駅まで迎えにいくから帰りの時間教えろって・・あいつはオレの保護者か何かのつもりか?」
「ははは、相変わらずだな」
「まったく呆れるぜ。ところでどうした?」
「ああ、おまえが見たがってた月バスの今月号持ってきてやったぞ」
「うっそ!!マジあんがと!!・・・・今オマエの部屋って先輩いる?」
「いや、社本さんなら他の3年らの部屋に入り浸ってくるようだからな・・・どうした?」
「マジ?なんかまだ寝れそうもないしさ、オマエの部屋いってこれ読んでてもいいかな?
溜まってる学校の課題もやりたいんだ。ここじゃ、仙道ももう寝るとこなのに、メイワクだろ」
「ああ、俺は構わないぞ」
「ラッキー!!じゃあな仙道、おやすみな」
・・・・・・俺、もう寝るなんて一言もいってないですよ。
『じゃあな仙道』
彼に全開の笑顔で言われた。
まるで憑き物が落ちたような、すがすがしい顔で。
「はぁ・・・」
「おお仙道、邪魔したな、おやすみ」
「・・・・・おやすみなさい」
俺はいつも通りに微笑んでそう答えた。
というか、精一杯がんばって、不自然でない対応はそれしか思いつかなかった。
そして藤真さんと牧さんは連れ立って、楽しそうに悪ふざけしながら去っていった。
パタン。
1人残された俺。
なんかバカみてぇ。
・・・・・・・静かな空間特有のキーーンって音が、鼓膜に痛い。
頭がガンガンする。
胸が、胸がちくちくする。
彼は俺といるのを選ぶと思ってた。例え苛められたって、逃げ出したいくらい耐え難いムードだって。
それなのに、彼は出て行った。
それどころか、俺はどうやら彼に見限られたらしかった。
彼にとっては『俺>>>>他の誰か』であっても、あくまで『彼に対して本気の誰か>>>>俺』なのだ。
俺でなければならない理由なんてないのだ。
「ちくしょう」
思わず口をついてでた言葉に、俺ははっとした。
何かがおかしいのだ。
見限られての屈辱だけではない。
誰でもない、彼に、藤真さんにそうされたことが面白くない。面白くないどころか、ひどく苦しい。
俺以外の、他の男についていった藤真さんが憎く、許せない。
毎日電話をかけてくる花形さんが、藤真さんを連れていってしまった牧さんが憎い。
・・・・・・・俺は今までどんな関係の人間に対しても、求めたことはなかったのに・・・・・
去るものを追わず、だったのに。
俺は彼を引き止めたいと思っている・・・・・・・・・?
独占、圧迫、嫉妬、束縛・・・・それらを、
藤真さんに対して行っている・・・・・・・?
俺は自分の内部に沸きあがる初めての感覚に、どうしたらよいかわからずにその場に立ちつくしていた。
色んなことを考えた。ひどく混乱した。
そんなぐちゃぐちゃの頭のなかでも、
この彼への感情が他の男へのライバル意識からのみくるものでないことぐらいはわかった。
彼といると、彼に見つめられると普段の俺じゃなくなってる?
胸の奥が熱くなる。SEXがしたくなる。なにより、オレお得意のはずの余裕がなくなる。
苛めたくなる。触れたくなる。もっと一緒にいたくなる。
・・・・・・・先にハマったのは、どうやら俺のほうだった。
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