嗅覚テレポーテーション第6話  
ブルームーン
 


「ひとまず、Y駅まで出てください」

・・・本当に有り得ない事になった。
牧は、本日何回目になるかわからない溜め息をついた。

酔っぱらって意識をなくした藤真を何とかタクシーに押し込んだ。

引き際を香坂室長に見つかり、『藤真ちゃんなら俺が送って行く!』 と騒いでいたのを聞こえないフリを決め込んで、かっさらうように連れてきた。

タクシーがすぐに捕まって良かった・・。

しかし。
藤真の家がわからない。
Y駅の傍ということしか知らない。牧が車で送っていったときも、藤真はY駅前のコンビニで降りた)

本当にトンデモない一日になったものだ。
一日・・・否、一夜だ。
ほんの数時間前までは、確かにいつものように過ごしていた。

きっと事件事故・・アクシデントと呼ばれるものはこうして突然、思いがけず現れて
無邪気な様子で人々の人生を変えていくのだな・・・
なんて大袈裟な感傷に浸ってしまう。浸っている場合でもないのに。

「藤真っ、藤真・・!おまえ、家どこだ!?」
「・・・・・・・・・・・」
「ダメか・・・」

・・藤真は、相変わらず眠ったままだ。
さすがにこの状態の彼を、先日降ろしたコンビニに放置できるはずもない。

そう・・・だからこれは、不可抗力だ。

牧は、藤真を自分の家に運ぶことに決めた。

「・・すみません、行先変更してください」

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タクシーを降りると、外の空気は冷え切っていた。
特に今年は例年に比べ、もう4月だと言うのにまったく暖かくなる気配がない。

今夜も例外ではなく・・・それどころかここ数日間の中で、特に寒いようだ。

大気は澄みきり、真冬の夜の匂いがする。

牧は、抱え込んでいた藤真の頬をぺちぺちと軽く叩いた。

「藤真、着いたぞ」
「・・・・ん~」
「藤真っっ」
「ん~?ここどこ~?」
「俺の家だ」
「あ~?牧の家・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・こらっ!寝るなっ」

まったく、どうしてこんなことになったのか・・・。
また溜め息をつく。
1日でこんなに溜め息をついたのは、生まれて初めてかもしれない。


・・・その時、
牧がふと気配を感じて顔を上げると・・
なんと・・・
雪が舞っていた。

道理で寒いはずだ・・と思ったがそれは勘違いで。

・・雪だと思ったそれは、街路樹である桜の花びらだと気付く。

・・・桜など、今まで観る余裕がなかった。

当たり前だが、今年も咲いていたのか。

とても、綺麗だ。

・・そうしてしばらく見惚れていると、穏やかに舞っていたはずの桜の花びらが
突然渦を巻くような風で、牧と藤真の2人を包み込んだ。

「・・うわっ!?なんだ・・!?」

息もできない程の疾風に、牧はしっかりと藤真を抱きしめた。

・・・それは間もなく薄れていき・・風が消えて行った方向を、
空を見上げると・・夜空には・・・

・・・まるで、絵に描いた様な幻想的な光景が広がっていた。
まるで、異国に・・・ここではない、別の世界にテレポートしてしまったようだ。

牧は、驚きのあまり言葉を失いかけた。

・・だが、絞り出すようにしてこの事実を藤真に伝える。

「ふ・・藤真っ!」
「・・ん~?」
「見ろっっ!ブルームーンだぞ」
「ん~」
「あれのことを、そう呼ぶんだろ!?青いぞ!見てみろ!!」
「月は・・青・・それは・・いつも・・・」
「・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
「・・ダメか」


・・ブルームーンは、迫力の満月だった。信じられない程、大きかった。

牧の今まで観た満月の中で、それは群を抜いて巨大だった。

それは、今にもぶつかってしまいそうな程。

そして正にそれは。

ヒトの隠したい部分も、潜在意識も、本能も、本音も・・・
全てを暴いて、さらけ出させてしまいそうな強力な引力だった。

・・・この月の意味は、『完全な愛』か『できない相談』か。

はたまた、グレー。パラドックス。その両方―――おそらく、真実はいつも。


その時、牧の鼻腔を懐かしい香りがくすぐった。

そう、牧はその香りを、匂いを

以前に・・遠い昔に・・どこかで知っていた。

この匂いは・・。

周りを見渡せば、いつの間にか

牧と藤真を囲むように、一面に不思議な花が咲き乱れていた。

・・なんとその花は、11つが夜の闇の中で僅(わず)かに発光しているようだった。

まるで、ホタルの光のようで・・しかしそれより白っぽく・・鈍くて優しい光。

何と美しい花だろうか。

乳白色で、淡い紫・・藤色の。透けそうな薄い花びらが4枚の、
牧の大きな手のひらに花の1つがちょうど収まるくらいの。
葉に茎は・・繊細で、ガラス細工のように透明で、混じり気も穢(けが)れもない緑。
触れたら身体も心も全て浄化されそうな、でも触れるのを躊躇(ためら)わせるような
高貴な雰囲気を纏った・・・不思議な花。

・・その花の香りは、簡単には言い表せない。単純ではない。
柑橘系と言えないこともない。だが、もっとオリエンタルな・・妖艶な・・・。
麝香(じゃこう)のような・・薔薇のようなフローラルでもあるような・・・。

その昔あの花は・・・自分を散々陶酔させて、夢中にさせた?

与えられる官能に、何度も溺れた?深く沈んだ?

いつだ?今か?昔か?
夢か?幻か?はたまた現実か?

・・・だが、牧の答えが出るのを待たずに

花は、2人の前から少しづつ、
・・でも確実に遠ざかり、最後は消えて・・なくなった。

もう少しで、記憶から答えを導くことができそうだったのに。

待っていて、ほしかったのに・・・。

・・まるで夢から醒めるように、牧の世界からなくなったあの花。

いつの間にか、夜空に浮かぶ月すらブルームーンではなく・・・
いつもの白い様な、黄色い様な月に戻っていた。

しかも、満月ではなく、三日月に。

そして、雪と見間違えた桜の花びらが、絶え間なく舞っている・・・。

確かに、夢・・・ではなかったはずだ。

・・・牧は相変わらず眠ったままの藤真を抱きかかえたまま、

しばらくその場に立ちつくしていた。


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<BGM>
*嵐のアルバム Popcorn。
中でもFace Down と 迷宮ラブソング でお願いします。

*サカナクション
アイデンティティ
ルーキー
表参道26時

・・突然パラレル入ったのは、書いた本人が1番驚いてます。
でも、牧と藤真ってこんなイメージ。
彼らの歴史はマヤ文明並みに古く、そしてマヤ暦並みに長いに違いない。

2013.04.20


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