3年目のパイナップルケーキぐらい大目にみろよ
 


「ごめん、待った?」
「いや、そうでもない。こんな時間まで残業、お疲れだな」
「疲れてない」
「そうか、それは良かった」
「そっちこそ、出張お疲れ様」
「疲れてないぜ」
「そう、それは良かった」
「ははは」
「何」

・・・牧が車で、藤真を会社まで迎えに来たのだ。
藤真は残業が先ほど終わったようだ。牧は、車内で20分程彼を待っていた。

残業帰りの藤真は、疲れてないと言うが、
こちらに向かって歩いて来る際目に留めた表情は、やはりいつもより少し険しい気がした。
それでも、車に乗り込んでくる時、牧と目が合うと大きな瞳と薄い唇に柔らかい笑みを浮かべた。
牧は、藤真が見せるその表情が好きだった。
実は、自分も少し疲れている。
1週間、台湾に出張に行っていて、数時間前に帰国したばかりだ。
だが、藤真を迎えに来てやはり良かったと思った。
藤真に会うと言うこの行為は、ヘタな栄養ドリンクより即効性も持続性もある。
もっとも、一緒に住んでいるのだから、家で待っていれば必然的に会えるのだが
それでも、牧は藤真に少しでも早く会いたくなってしまっていた。

――藤真が助手席でシートベルトを締めるのを確認してから、牧は車を発進させた。
運転は、好きな方だ。特に、好きな人間を隣に乗せてのドライブは。

「台北は、どうだった?」
「やたらと雨ばかり降っていたな」
「そうだったんだ。大変だったか?」
「移動が少しな。だが、上がった後、虹が抜群に綺麗でな。
日本ではちょっと見られないくらい、そこらじゅうに5つも6つも架かる。2重にかかるものもあったぞ」
「何それ。見てみたい」
「おまえに見せたくて、写真に撮ってきたから後でみせる」
「うん、見せて見せて・・でも、虹の話してる牧って何か笑える」
「何でだ」
「あははは」
「笑うなよ」
「ごめん」
「いや」
「あはは」
「まだ笑ってるじゃないか」
「ははは・・ごめん」
「ふん・・俺がいない間、日本はどうだった?何か変わったことはあったか?」
「ああ、寒気のすごいやつが来て、2回も雪が降った」
「2回も!?」
「ネットでニュースとか、観てないのか?」
「向こうでは、結構バタバタしていたからな」
「きのうの朝まで積ってたな」
「そうだったのか」
「大変だったぜ。通勤に3時間かかった」
「3時間!それはひどいな」
「ああ。おまえ、運いいぜ。
帰国がきのうかおとといだったら、飛行機飛ばなかっただろうから」


・・やっぱり藤真との、他愛のない会話は面白い――と、牧はつくづく思った。
ひょんなことから大学在学中の3年生に一緒に住み始め、間に転居も伴い共に社会人になったが
今、その生活も3年目を迎えて。何だかんだで、恋愛関係で。
こんな慌ただしいような穏やかなような日がずっと続くのが幸せというのではないか、なんて思ってしまう。

「あ、そう言えば・・ホレ」
牧が、後部座席の紙袋を指さして言う。
「ん?」
「開けてみろ」
藤真が、無駄に綺麗に包装されている箱を取り出して目をパチクリさせた。

「牧・・」
「どうした、開けないのか?」
「いや。嬉しいなと思って」
「は?」
「じゃあ・・これは、俺から」
そう言いながら、藤真が牧の膝に綺麗な藤色の紙袋を乗せてきた。
なんだ?藤真もどこかへ行ったのか?その土産か?
にしたって、藤真は少し恥じらうようにそれを渡してきた。何を照れることがある?
牧は、その様子を不思議に思った。

ちょうど信号が赤に変わって車が止まったので、その紙袋の中をちらりと覗いた。
覗いて・・・驚いて顔を上げて、もう1度。2度見した。
何だこれは・・?ただの土産ではなさそうだ。

その綺麗な紙袋の中には、これまた綺麗にリボンをかけられた、
思いのほか小さな箱が上品に入っていた。

突如、触発されたように牧の記憶が、
走馬灯のように駆け巡って何かを引き出そうとする――。それは、とても大事なことだ。
フラッシュバック。
そして・・・思い出した!
自分の腕時計に恐る恐る目をやる・・やっぱり!!
今日の日付は、あらゆる場所で目にしていたはずなのに・・・。
腕時計はもちろん、飛行機のチケットでも・・・。
いや、正確には・・日付は忘れていなかった。
今日の日の、イベント自体を忘れていたのだ。

今日、2月14日は・・・バレンタインデーだ。


今から2年数ヶ月前。
バレンタインにはお互い恥ずかしいけど、お互いチョコを贈り合おうと言い出したのは
牧だったか?藤真だったか??

今となっては、どちらからなのかわからない。
どちらともなく、だったような気がする。いずれにせよ、
去年も一昨年も、チョコを贈り合ったのだった。
楽しかった気がする。少なくとも、悪くはなかった。

そして3年目の今年・・・。
牧が藤真に先ほど渡した紙袋は、無駄に綺麗に包装されたそれは、チョコレートでは否。
それは、牧が出張先の台湾で購入した、土産のパイナップルケーキ6個入りであった。
牧は、すっかりバレンタインの事など忘れていたのだから。

「ふ、藤真っ、あのな!?」
「ん?何?」
嬉しそうに牧が渡した土産の包装紙を解いている。
こいつ――絶対バレンタインのチョコレートだと思っている!!
どうする!?俺はどうすれば良い!?
毎年チョコレートでは面白くないから今年は趣向を変えてこんなものにしてみた!・・
・・なんて言ったら通用するか!?・・恐らくダメだ。
何故なら藤真はチョコレートが好物だからだ。
わざわざ、バレンタインのチョコレートをパイナップルケーキに変えるなど、
嫌がらせ以外のなんでもないのだ!

ここは、正直に言うしかなさそうだ・・・。

と、紙を解いていた藤真の身体が固まった。


「牧・・・これ・・」
「ふ、藤真」
「これが、バレンタインの代わり、なんて言わないよな・・?」
「・・やっぱりダメか」
「てゆーかこれ、ただの台湾土産だよな」
「ただの、って、俺は色々考えたんだぞ。数あるパイナップルケーキの中で一番美味いのを」
「パイナップルケーキの話はいい!チョコレートはどうした!?」
「・・・すまん!!」
「忘れたな」
恐ろしい・・・。
美しい顔の藤真が怒ると、壮絶に恐ろしい。
もっともこんな表情は、付き合って3年目に入るが、もしかしたら初めて見たかもしれない。

「藤真、済まなかった。忙しくて、すっかり忘れていた」
「馬鹿いってんじゃないよ!俺だって忙しかったさ。忙しいを、言い訳にするなよ!
だいたい、おまえがバレンタインにはチョコレートを贈り合おうって言い出したんだぜ!?
俺は、恥ずかしくてもそれを律儀に守ってたっていうのに・・馬鹿みたいじゃないか!!」

もともとは、俺が言い出したことだったのか!
・・その馴れ初め自体を忘れている牧には、
肯定することも否定することもできない。もう、謝ることしか・・・。

「すまん藤真。この通りだ。悪かった・・何なら今から、買いに行こうか」
「はぁ!?そういう問題じゃねえんだよ!・・もういい。俺、歩いて帰るから。ここで下せ」
藤真がそう言いながら、シートベルトを外してドアロックを解除しようとするのを慌てて制止する。
「馬鹿やってんじゃないよ!危ないだろうが!!・・チョコレートごときでそんなに怒るなよ」
「何だって!?ごとき!?よく言うな!そんな勝手な言葉が・・
おまえの口から出てくるなんて心疑うぜ!」
「そっちこそ、よく言うな!馬鹿いってんじゃないぜ。
おまえと俺は、たまにはケンカもしたけど1つ屋根の下暮らしてきたんだぜ!」
「ああ、そうだよ。おまえみたいな自分が言い出した約束事も
忘れちまうような馬鹿と一緒に暮らして、3年目!」
「だから、すまんと謝っているだろうが!チョコレートが何だ!
3年目がパイナップルケーキなくらい、大目にみろよ!」
「馬鹿いってんじゃないよ!パイナップルケーキは代替品じゃなくてただの土産だろ!?
だいたい、それが謝っているやつの態度かよ!?
開き直るその態度が気に入らないんだよ!両手をついて謝ったって許してやらない!!」
「馬鹿いってんじゃないぜ!確かにバレンタインは忘れた・・それは悪かった!
だが!おまえの事だけは 1日たりとも忘れたことなど無かった俺だぜ!!」

・・・牧の本気が伝わったのか、藤真は静かになって、うつむいた。
長いまつげに、隣に走る車のライトが影を落としていく。

「ほんとに済まなかった・・・」
「うん・・・もう良い。俺も言いすぎた。
俺ら、こんな激しいケンカしたの、初めてじゃないか?」
「そう言えば、そうだな」
「俺はただ・・最近、おまえとの時間、働き出してからあんましないだろ?」
「・・ああ」
「ちょっとだけど、擦れ違ってる気がして・・。おまえの気持ちが、俺から離れてる気がして・・。
だから今回のことも、過剰反応してしまったよ。俺って、めんどくさいヤツだったんだな」
「本当にごめんな・・だが、馬鹿いってんじゃないよ。俺の気持ちが、いつおまえから離れたって?
今日だって本当は出張でクタクタなのに、何よりもおまえに会いたくてたまらなくて
こうして車ですっ飛んできたっていうのに?」
「・・そうだよな、ありがとう。
それに・・・さっき言ってくれたこと、嬉しかった。俺のこと、忘れたことないって」
「本音だからな」
「知ってる。おまえは、本音しか言わない」
「チョコレートのことは、どうしたらいい?」
「そうだな、ホワイトデーに3倍返ししろ。忘れた分の刑も加算して、さらに×3倍で、9倍返しだな」
「・・お安い御用さ」

藤真は笑った。牧もつられて笑った。
・・・なんだか、今夜は久しぶりに甘い夜を過ごせそうだ。

そう安堵した牧だったが、さっきから藤真とのやりとりで
『3年目の浮気』の歌が頭でずっと鳴ってしまっていた。

馬鹿いってんじゃないよ
馬鹿いってんじゃないわ

男と女の掛け合いは、この後どう、展開するんだったか。

えーっとえーっと・・・

あっ!思い出した。

「まぁ、今回のことは水に流してやるか」

藤真が、満足そうにそう言ったと同時、

「よく言うよ 惚れたおまえの負けだよ
やきもちやいても可愛くないぜ 大人になりなよ!」

牧は、思い出した歌の続きを嬉しそうに言い放ったのだった。


・・・この後、車内に先ほどより激しい、暴風雨のような滅茶苦茶なやりとりが
吹き荒れたことは想像に難くない・・・。

継続3年目、見た目熟年カップル。
そしていつまでたっても夫婦漫才のような、牧と藤真。

2013年2月14日。
ふたりのバレンタインは、こうして明けてゆく・・・。

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バレンタイン当日に湧きあがった妄想を、取り急ぎ文章に。
牧藤妄想は、懐メロに乗せて。
若者たちには、なんのことやらさっぱりかな~(^^;)
ソフ○バンクの3年タダの学割の元歌です。

牧藤的バレンタインの、おめでとう!!

参考文献およびBGMは、もちろん 3年目の浮気(ヒロシ&キーボー)

2013.02.14




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